ブリュアン散乱

   一言で言えば、光の音波による非弾性散乱です。要はレーザーのように単色性の高い光を透明物質中に入射すると、物質中を伝搬する音波(音響フォノン)の振動数(刄ヒ)によって、入射光の振動数(ν0)が周波数変調を受ける現象のことを言います。したがって、散乱光のスペクトルはレイリー散乱光と呼ばれる入射光の振動数(ν0)に等しい弾性散乱光と、変調を受けた非弾性散乱光が入射光の信号に対して対称に振動数ν0-刄ヒ,ν0+刄ヒの位置に観測されます。この非弾性散乱のことをブリュアン散乱と呼び、その信号と入射光の信号の周波数の差(刄ヒ)のことをブリュアン周波数シフトといい、勿論音波の振動数に対応しています。


 また、固体中の音波には1つの縦波(疎密波)と2つの横波があるので実際に測定したブリュアン散乱スペクトルは下図のように3本対称(3対)に現われます。ちなみに液体中では縦波しか存在しませんからスペクトルは1対しか観測されません

H2S プラスチック相のスペクトルの例。圧力は3万7千気圧、温度は240K、60度散乱配置での測定。中心が入射光のスペクトル。LA, TA1, TA2がそれぞれ縦波、低周波数側の横波、高周波数側の横波のブリュアン散乱光。


どうやって測定するのか

 ブリュアン散乱による周波数シフトは、入射光の周波数(〜THz)に比べて非常に小さい(〜GHz)ため回折格子を用いた通常の分光器では観測できません。そこで、ファブリ・ペロー干渉分光計と呼ばれる高分解能の分光装置を使用してスペクトルを観測します。下図はファブリ・ペロー干渉分光計を含む我々のブリュアン散乱測定装置の概略図です。

ブリュアン散乱測定装置(60度散乱配置)

ブリュアン散乱分光測定装置(上記概略図とは別の装置)


ブリュアン散乱からわかること

 ブリュアン散乱によって得られる周波数シフトは音波の周波数に対応しています。音波の波長は散乱配置から幾何学的に求めることができるので、周波数から音波の音速がわかります。また、音速がわかるとそれを詳細に解析することによって、弾性定数、断熱体積弾性率などの物理定数を決定でき、更に屈折率、分子の分極率、比熱比なども計算することができます。


何を研究しているのか

 不活性ガスなどの単純物質は電子が閉殻構造をとり、物理的性質が比較的単純です。従って、その高圧力下における弾性的性質の決定は格子力学や分子動力学シュミレーションのための多体的効果を含む原子間ポテンシャルの構築に大きく貢献することが期待されています。このような観点から、我々は固体Kr,固体Arなどの弾性的性質の圧力依存性を決定しています。

 分子性物質の中にはプラスチック相と呼ばれる液体と固体の中間相をもつものがあります。この中間相では分子は結晶の格子を形成してはいますが、一つ一つの分子は各格子点で自由に回転しています。このような中間状態において音波は普通の固体とは異なった伝搬をすることがわかっています。我々は圧力を加えることによってこのような性質かどのように変化するのかブリュアン散乱測定によって調べています。

 近年,日本近海の海底化に大量に埋蔵しているメタンハイドレートが,石油に替わるエネルギー資源として大変注目されています。このメタンハイドレートは水分子によって作られた籠状の構造の中にメタン分子が閉じ込められた特殊な構造をしています。
 海底からのメタンハイドレートの有効利用に関する開発は着々と進んでいますが,一方で,海底におけるメタンハイドレートの構造安定性に関する研究があまり進んでいません。これがわからないとせっかく海底のメタンハイドレートからメタンガスを抽出しようとしても,海底の地盤が不安定になり大量のメタンハイドレートが一気に地上に吹き出し,地球温暖化ガスでもあるメタンガスによって,地球温暖化が加速してしまうかもしれません。そこで我々はこのメタンハイドレートを任意の温度・圧力環境下でブリュアン散乱測定を行うことにより,様々な環境下での弾性的性質の決定を行い,メタンハイドレートの安全な利用に貢献していきたいと考えています。
同様な観点からメタン,エタン,プロパン混合ガスハイドレートやその他のガスハイドレートの研究も行っています。