「音楽+映像」


「回転の音楽」 

第20回幻聴音楽会「回転の音楽」  野村幸弘(幻想工房主宰)

2004年5月16日(日)午後2時〜3時20分
岐阜県美術館 多目的ホール およびハイビジョンホール




















演奏:松井奈都子(鉄琴・木琴) 坂野嘉彦(マンドリン) 片岡祐介(トイピアノ)片岡由紀(大正琴)



















演奏:片岡由紀(マリンバ・トイピアノ) 片岡祐介(ヴィブラフォン) 松井奈都子(マリンバ) 坂野嘉彦(指揮・クラリネット) 
映像:野村幸弘


20回幻聴音楽会―回転の音楽 プログラム

1部 回転の音楽

「準備の音楽」
「カノン」
「レコード・プレーヤーのための音楽」
「回転テーブルのための音楽」
「あと片付けの音楽」

2 音楽+映像

「アウトサイド」
「踏切」
「窓」

「誰もいない部屋」

作曲 坂野嘉彦
演奏 片岡祐介 片岡由紀 松井奈都子 坂野嘉彦
映像・演出 野村幸弘


「回転の音楽」開催のいきさつ

Version 1.

 回転の音楽」は、最初のひとつの偶然から始まった。
 去年のちょうど今ごろ、私はフィレンツェ空港に夜中の11時半ごろ到着した。中心街へ向かうリムジンバスの停留所のベンチに座っていると、ひとりの女 性が私の横に近いとも遠いとも言えない、微妙な距離に腰をかけた。ほかに人は誰もいなかった。しばらくの沈黙のあと、私は彼女に話し掛けた。すると偶然 にも彼女と私に共通の友人のいることが分かった。
 バスの中で私はここ10年ほど訪れることのなかったフィレンツェについて彼女からいろいろと話を聞き、とりあえず必要となるパソコン通信のため、イン ターネット・ポイントの場所を教えてもらう。翌日アルノ川沿いのその店を訪れると、そこで同居人求むというアパート情報を提供してくれる。さっそく電話 して部屋を見に行き、次の日にはもうホテルから荷物を運び込んでいた。同居人は東京大学の博士課程に在籍する日本人男性で、彼は数日後、私をフィレン ツェにある東大教育研究センターへ案内してくれた。
 こうして3つの偶然が重なって、それから数カ月後、そこで第18回幻聴音楽会「影の音楽」を開催することになった。会場内の照明を消し、聴衆はろうそくを手に、暗闇の中で演奏する音楽家の音楽を探しに行く、というコンサートだ。
 公演の後、近くの中華レストランで打ち上げをしている時に、誰かが、料理皿を分け合うための回転テーブルは、じつは日本人の考案によるものだという話をした。それを聞いてすぐさま、私は音楽家たちが回転テーブルの上に楽譜を載せ、それを回しながら演奏するようすが目に浮かんだ。鍋をつつくように、あるいは麻雀をするように、音楽家が身を寄せ合いながら奏でる音楽。
 弦楽四重奏のように聴衆に向かって扇状に開かれた形ではなく、演奏家の輪が閉じられ完結したひとつのかたまりとしての音楽。
 聴衆は音楽家たちの座るテーブルを取り囲み、彼らの肩越しに音楽を聴く。聴衆は演奏家と対面するのではなく、彼らと同じ方向を向き、テーブルの上に生じては消えていく音楽に立ち会う、という求心的な聴取形式。そんなコンサートがこの冬、やはり東大教育研究センターで、第19回幻聴音楽会「回転の音 楽」として実現した。作曲は坂野嘉彦。いたるところに彼の創意が溢れている。
 今回の岐阜県美術館での第20回幻聴音楽会「回転の音楽」は再演になるわけだが、、フィレンツェ公演とはちがって、演奏に片岡祐介、片岡由紀、松井奈都子を迎え、若干、楽器の編成も変わっている。そしてあらたに「踏切」というタイトルの「音楽+映像」作品を初演する。(幻想工房主宰 野村幸弘)

Version 2.

 「回転の音楽」の実現にはこんな経緯があった。
 突然決まった長期の海外研修で、ほとんど何の用意もなくフィレンツェ空港に降り立った私は、多少の迷いはあったものの、同じバスを待つ日本人の女性に 声を掛けた。勝手のちがう異国で、見知らぬ同国人どうしが情報交換のため、話をするのはよくあることだ。彼女はE-メールの設定をしてくれる日本人経営 のインターネット・ポイントを私に教えてくれた。その経営者は白水社からフィレンツェ案内記を出している人で、知人が同居人を探しているからと、連絡先を私にくれた。
 アパートを訪ねると、その知人は私の名前を知っていた。彼は東京国立劇場のプロデューサーで、演劇誌『シアターアーツ』に載っている私の論文を読んで いたのだった。映像編集のために必要な機材が足りないので困っていると、東大教育研究センターに行けば揃うのではないかと、彼は私にそこの助手を紹介し てくれた。センターの助手はイタリア文学の専門家だったが、音楽にも詳しく、私は「幻聴音楽会」のコンセプトやビデオ作品「場所の音楽」シリーズのこと などを彼に話したのである。
 私はセンターの会場を舞台にどんな形式の「幻聴音楽会」が可能かを考えた。ヨーロッパの室内空間は、いわゆるホワイト・キューブで、それは音と光が純粋培養できるように設計された空間だ。これまでの「幻聴音楽会」の選択肢にはまったくなかったコンサート会場である。
 そこで考えたのが「影の音楽」だ。音楽家の片岡祐介・由紀夫妻が、暗闇の中で即興演奏を行い、聴衆はろうそくの光を通して音楽を聴くというコンサート である。由紀さんがコンサートの直前に素早く書き上げたわずか数小節の超小曲(私はそれを俳句にならって、「俳曲」と名づけている)の演奏もそのとき行われた。
 「影の音楽」は好評だったようで、私はもうひとつコンサートを企画することになった。東大センターの向かいにある中華レストランから回転テーブルを運 び、フィエーゾレ音楽学校から楽器を、そして友人からレコードプレーヤーを借り受け、準備を整えた。レコードでもCDでも、音を再生するときには回転さ せることが必要だ。それなら楽譜から音楽を再生するときにも、それを回転させたらどうなるのか。カノン形式の曲とは、まさにそんな回転の音楽のひとつで はないだろうか。
 すでに「窓」と題した「音楽+映像」作品を共同制作し、第17回幻聴音楽会「以前の音楽」でコラボレートした坂野嘉彦さんに「回転の音楽」の作曲を委 嘱することは自然の成り行きだった。そして私が書いた短編小説「額縁職人ヨハン」に登場する映画監督カルロ・ヴェヌーティの「誰もいない部屋」という架空の映画に坂野さんが音楽をつけるというおまけまでついた。(幻想工房主宰 野村幸弘)


「回転の音楽」を聴かれた方から、感想をいただきましたので、ご紹介します。

先日は幻聴音楽会、楽しんで聴かせていただきました。第1部の「回転の音楽」
で、テーブルをまわして楽譜を順番にまわして弾き、途中で
4つの音がぴったり
同じになるところに、とてもびっくりしました。前から、パッヘルベルのカノ
ンがとても好きで、聴きやすいメロディーという点もその理由なのですが、くり
返される
4小節が、どこから始めてもきれいに合うということが、おもしろいと
思っていました。興味深く聴かせていただきました。第
2部も風景と演奏が、イ
メージも時間もぴったり合っていて驚きました。とてもきれいでした。
(田口万友美さん)

今日、遅れて到着してしまいましたが、「回転の音楽」を聴きに伺いました。
岐阜大学で聴いたときの印象とはもちろん違ったもので、本当にいろいろな考え
が浮かんできました。

レコードプレイヤーのための音楽では、レコードのプチプチ・・・という音が、
外の雨音と重なるように思えたり、「
あと片づけの音楽」では、パイプオルガンの
音が非常に心地よかったです。

メロディから、ドラクエのようなゲーム音楽が思い浮かんだのですが、生音である
こと、一つ一つの音がまるで人間の呼吸のように思われ、
ずうっと聴いていたいと
いう気持ちになりました。

また、野村幸弘さんの映像を初めて拝見しましたが、対象へのまなざしを非常に意
識するきっかけとなりました。
映像にたまに音が挿入されていましたが、イメージ
であった映像が、
その瞬間に現実にふと戻ってきたように思われました。というの
テレビCMでは車の走行する音が入っておらず、それはイメージを伝えるためと
いうことをどこかで読んだのですが、
そのことがふと頭をよぎったのです。
しかし、また無音になったり、音が入ったりしながら、イメージと現実の間を浮遊
している感覚・・・に襲われました。
現実、と言いますが、あくまでイメージの中
の現実、なのですが。
その浮遊した感覚が、音楽に合わせてゆらりゆらりと・・・
心地よくもあり、とっても不思議なものでした。
(山田綾
さん)