2001年度私の担当は、7月2,9日の2日間でした。
このとき話した内容のサマリーをPDFファイルにしておきましたので、ここをご覧ください。
2回目に、出席チェックがてら小さな用紙を配って、またまたアンケートを取りました。今回はアンケートといっても、この授業に対してだけではなく、「生命工学」や「現代テクノロジー」に対する疑問質問感想を、ということで書いてもらったものです。
この授業は、工学部応用精密化学学科と生命工学科、および農学部の一部の学生さんが受講していて、総勢185名(2回目は回答用紙の数からして178名でした)ということで、マスプロ授業でした。座れない学生もいましたし、広い会場なので後ろの方の学生さんにはどれほど伝わったかは、疑問です。OHPも後ろの学生には少し見難かったかもしれません。アンケートにも、「人数が多すぎる」ということを書いた学生もいました。学生の「私語」が増えると、このような状況ではそうとううるさく聞こえるもので、やはりアンケートにも「後ろの学生がしゃべっていたので教官の話が聞き取りにくかった」ということがありました。ただし、この2回目には最初に、「途中話したくなったら教室を出て行ってやってくれ」と念を押したせいか、授業の半ばまではかなり「静かな雰囲気で」講義ができたように思います。アンケートにも、「先生の最初の一言があったので、前回よりは聞きやすかったです」と感想を書いていた学生さんもいました。でも後半まで持たせるのは、やはり困難!びっしり詰まった教室なので、学生間の距離が近すぎてちょっとしたことで私語がはじまってしまうようです。この規模の教室だと、やはり、受講者数は90人以下が最適ですね。そうしたら、学生間の距離が広がりますから、私語を防ぐことはある程度できるでしょう。
この授業は、担当になった教官が、自分の研究領域の話から「現代テクノロジー」の一端を紹介する、という趣旨であったと思っていますが、学生からのアンケートでは、ころころ先生が変わってしまって、担当教官の分野中心の話になってしまい、「いま生命工学はどういう段階にあって今後どういうところが課題としてあるのか、という系統的な話」が聞けなかった、という意見もあり、その意味とやり方を再考すべきかもしれません(私は初めての担当でしたが)。
今回提出してもらった「アンケート」の中に、「疑問・質問」がかなりあったので、いくつかピックアップして紹介し、答えられる範囲で応えたいと思います。なお、この授業では、1回目は高脂血症、2回目は糖尿病の話を引きながら、それを非侵襲的に測定し診断していく新しい技術の開発状況とその意味、および意義を紹介したものでした。
(以下の質問事項は、何人かの共通の質問もあるので私が若干書き換えています。順番はまったくでたらめで、意味はありません。授業のすぐ後のアンケートだけに、糖尿病に関する意見や感想が多くありました。)
Ans1. 自分の体以外に胎児の分までグルコースを提供しないといけないから、普通よりは自分の血液中の糖の量をふやす必要がある、と考えると考えやすいよね。糖尿病の素因を持っている人だと、そこで糖尿病に転化して、出産後も血糖値が低下しないことになってしまうらしい。詳しいメカニズムは私もまだ勉強していません。(岐阜大学医学部第3内科に問い合わせてください)
Q2. アルデヒド(還元糖)は生体内ではなぜ酸化性があるのか?
Ans2. これは、講義の中で、高血糖になるとLDLの酸化が進み動脈硬化に繋がると考えられている、という話をしたときに、還元糖(グルコースなど)が過剰だと酸化LDLが増えるというメカニズムに関する質問です。授業後にも、質問がありました。詳しい話をする時間はなかったので、このような質問があったというのは嬉しいことです。高校までの知識では、たぶん「アルデヒド構造は還元糖の部分構造であるから、銀鏡反応などでも判るように、還元糖は電子供与体(つまり還元剤)として働く(アルカリで)」ということがあるので、(還元糖が酸化剤として働いているように見えたので)不思議な感じになったはずです。一方、逆に、アルデヒドはアルコールの酸化によって作られるということは、アルデヒド(−CHO)を還元してアルコールに変える(−CH2OH)反応もあるということですね(M-P-V還元;http://www.chem-station.com/odoos.htm 参照)。今回は、「還元糖にあるアルデヒド基は水素を引きつけることができる」、というような若干簡単すぎる説明をしておきましたが、実は、もっと詳しい説明をしないといけないと思いますので、ここで説明しちゃいましょう。
実際、高血糖で酸化LDLが増えるという報告があります。現在、このメカニズムは完全には解明されているとは思えませんが、今のところもっともらしい説明としては、還元糖のアルデヒド基と蛋白のアミノ基とがシッフ塩基によって結合し(脱水反応;アミノ基の水素が引き抜かれることにはなっている)糖化蛋白ができ(Maillard反応;メイラード反応とかメイヤー反応とか呼ばれる、フランス語ならメィヤール反応がより正確でしょう)、様々な中間生成物を経て最終的にAGEとよばれる産物(ピロールアルデヒドなど)になり、その過程でスーパーオキシドアニオンが生成され(どうしてかは分からないが…)、微量に存在する鉄や銅イオンによってヒドロキシラジカルが発生し、脂質を過酸化する(LDLに結合してるリン脂質中の不飽和脂肪酸が酸化されたり酸化コレステロールが生成したりそれらがさらに分解したものができてきたりと、これがすなわちLDLの酸化ということ)ことが促進される、という説明がなされています。他にもリン酸化酵素関与説などいくつかの説明がなされているようです。
このようにまだメカニズムははっきりしませんが、「還元糖が増えると酸化LDLが増える」ことに繋がるようなのです。
Q3. 実際のところ、遺伝子組換え食品の肉体的有害性はあるのでしょうか?
Ans3. チェック項目がクリアされて、実際安全であることが確認されたものだけが、市場にでることになっています。日本でまだ安全が確認できていない組換え作物からの食品が混ざっていた、ということで問題になったのです(スターリンクなど)。組換え食品では、有害昆虫を殺す目的で作られる作物もあり、人への予想外の危険性が否定できない現在、神経質に安全性を確認する作業が必要になります。
Q4. 食生活が危機。野菜はほとんど食べてないけど、野菜ジュースでも大丈夫ですか?
Ans4. 野菜食べてないなら、野菜ジュースを飲むのがまだましでしょうね。色んな形態の野菜料理を味わうのを薦めますが、ほんとに野菜ジュースだけで大丈夫かって聞かれても、私は大丈夫だとは言えない。
Q5. 糖尿病になると、どうして体の色んなところに影響が出るのか?
Ans5. 体の色んなところの細胞に、血液から糖分を補給してその糖を使って細胞代謝が行われるので、あらゆるところに影響が出たって不思議じゃないよね。
Q6. 新しい物質の構造とかはどうやるとわかるのですか?
Ans6. 化学・生物化学的には、構造は、NMRや質量分析計や赤外分光光度計などといった分析装置を用いて決定します。蛋白質の3次構造などはX線結晶解析を用いて決定するのが普通です。構造を決めるには、色んな知識を動員しないといけません。
Q7. クローン牛とか作っているけど、クローン人間を作ったらいったいどうなるの?何か得なことはあるの?(類似の意見:人間のクローンを作ってみたい(女性)、というものや、なぜ人間のクローンを作ってみようとしないのだろうか(男性)、という意見もあった)
Ans7. このような問題に、この小さなスペースで議論できるほど軽い問題ではないので、省略。既に色んなところで議論(作るという意見と、だめだという意見)がある。自分の感覚だけで議論しないで、想像力をたくましくして、どんな場合にクローン人間を作りたいと思っているのか、どんな問題が出てくるのか、を考えてみてください。あと、体細胞クローン動物(牛など)では、作られた個体やその細胞に色んな障害があるのが分かってきています(受精卵から作るよりはるかに障害が多い)。
Q8. 生命工学をより深く勉強したければ、法律etcの問題で、海外に行った方が良いですか?
Ans8. 「法律の問題で」という意図が分からないので、何ともいえないねぇ。勉強するのなら、日本でやってもさほど障害があるとは思えないけど。法律で、あることは勉強しちゃいけない、なんてものは無いからね。もちろん、実験で、「これをしてはいけない」という規制のある実験はあるから、そういう規制が無い国へ行ってやったほうがいいか、という質問なら、やめとけ、って言いますけど、私としては。科学者は、結果を出すだけではなくて、その結果がどうなっていくのか、という想像力をもって自己規制をする必要もあるのです。
Q9. 糖尿病の原因で、暴飲暴食がありましたが、夜食をとるのもよくないですか?
Ans9. 夜食は、質と程度によるけど、普通、暴飲暴食の範疇には入れないと思うけど。でも、夜9時を過ぎたら、あまり沢山食べない方がいいとは言われていますね。脂肪が付きやすいって言われていますよ。貴方のはどんな夜食?
Q10. ストレスが、糖尿病の原因の一つだっていうのは、どうやって調べてわかったのですか?
Ans10. これも、ストレスが危険因子の可能性が高い、というような意味で、ストレスになれば必ず糖尿病になるというような意味ではありません。ストレスには定義の仕方でいろいろありますが、様々な細胞の代謝変化を伴うことは分かっています。中でも、「炎症」を促進する傾向があるようで、これがインスリンの代謝に影響するのかもしれません。実験としては、糖尿病ウサギのような実験動物も開発されており、それだけではなく様々な動物と糖尿病を引き起こす薬剤等を使って、色んな面から検討されて、そのような結論が得られているわけです。
Q11. 遺伝的な高血糖はありますが、病気が発症する前に調べることできるでしょうか?
Ans11. 血糖値を健康なときから慎重に調べていったら、いい対応はできると思いますが、遺伝子レベルでの検討は始まってきているという状況でしょう。日本でも糖尿病合併症の遺伝子診断をうたっている会社も出てきています。発症する前から遺伝子レベルで検査するのは、保険の問題とか様々な社会的な問題を提起していますので、技術的に可能な段階になっても(今はまだその段階にもなっていないと思いますが)、簡単に実施されるかどうかは議論のあるところでしょう。
Q12. 現在のテクノロジーで体細胞を使った完全なクローンはできるのだろうか?
Ans12. できるようになったのですよ。羊でも、マウスでも、牛でも。完全な、という意味では、DNAの傷つきやすさだとか、テロメアの長さだとか、まだ色々技術的な問題もあるようですが、完全に近い体細胞クローンは可能になったといった方が良いかもしれませんね。
Q13. 人工神経を作りたいけど、具体的に何をしたらいいのだろうか?
Ans13. どのレベルの人工神経なのか、分からないのでなんとも。コンピュータ上での人工ニューラルネット、ということなら、ソフトでもハードでも作るのはできます。生体から神経細胞をとってきて、人工的に培養して、活動を見るということで「人工神経」のシステムを考えているなら、これも可能です。また、ES細胞(胚性幹細胞)を使うと、神経細胞を「作り出す」ことも可能ですが、これも人工神経と呼びますか?
Q14. 細胞を培養して人工心臓を作ることはできるのか?またDNAが100%解明されたらすべての病気が治るのでしょうか?
Ans14. ES細胞を使って心臓や神経などの臓器・細胞を作り出す研究が進んでいます。そういうのを人工**という風に呼ぶなら、それは可能な段階になったというべきでしょう。人のゲノムの構造はほぼ100%解明されていますが、「すべての病気」を治すなどという事は不可能です。ごく一部の遺伝子が大きく関与する病気は、治す手段が見つかりつつある、という段階で、それでも完全に治せるような病気の割合はまだ少ないといっていいでしょう。遺伝子の情報が解明されて、新しい治療の時代に入ったということは言えるでしょうが、病気を治すには多くは、まだまだ相当に複雑な生体の現象を解明しないといけないのです。
Q15. バイオインフォマティックスといわれるこれからの時代に工学は何をもとめられるのか?
Ans15. なかなか高尚な質問ですね。いっぱいあって書ききれないほどのことが求められて来るでしょう。バイオインフォーマティクス(生命情報学)というのは、狭義にはコンピュータ技術ですから、情報工学とのつながりが大きいわけですが、広くは機械工学だって電気電子工学だって、ほとんどの既存の分野と繋がりをもってくるはずです。しかし、生命活動の持つ相当に複雑な仕組みに、今後も真正面からぶつかっていくことが必要で、モデル化・単純化して終わりにしてはいけませんね。
Q16. 現在の技術ではどのくらい効率の良いエネルギーが作れるのか?
Ans16. 生命工学の分野でそれを考えると、細胞の中にある蛋白質でできた回転モーターデバイスやATP産生デバイスは、エネルギー効率は、ほぼ100%です。そいうこともあって、今ナノテクノロジーの分野が注目を浴びているわけです。細胞の中でエネルギーを産生している器官はどこか、知っていますか?
Q17. 体を構成するアミノ酸が違ったら、まったく違う生物になるのだろうか?
Ans17. 質問の意図がよく分からないが、ヒトとネズミ(あるいはバクテリア)では「まったく違う生物」と考えるのなら、「体を構成するアミノ酸」はそれらではほとんど同じです。したがって、地球上の生物であるならその体を構成するアミノ酸はほぼ同じものをつかっています。アミノ酸の組成が違ったら、異なる蛋白質(酵素など)ができますが、それらの生物ではいくらか異なるアミノ酸成分を持っているが、同じような機能を持つ蛋白質が存在します。それよりも、炭素の代わりに珪素でできた「アミノ酸」様のものを持つものができたらどんな生物になるのだろう、という質問ならば、面白いと思う。が、分からない。
Q18. 赤外線による診断法は本当に人体に無害なのだろうか?
Ans18. 光、とくに赤外領域の光はエネルギーが小さく、生体への透過もよいので、X線のようにDNAや膜を傷つけたりはしません。そのため、測定に使う程度の赤外線の強度では生体に害を及ぼすことは考えられません。もちろん、赤外線ですから、強くなれば「暖かく」感じますし、強烈な赤外線なら熱くなって火傷もできるでしょうが、そのような強い赤外線は測定には使いませんので、とても安全な方法です。
Q19. ナノテクノロジーは、非侵襲的診断方法の一部と考えていいのですか?
Ans19. 違う分野と考えた方が良いでしょう。将来、ナノテクノロジー(定義とか実際の分野の紹介は省きますが)を使った非侵襲的診断装置が開発されるかもしれませんが、ナノテクはすごく広い領域に関わる基盤的技術になるでしょう。何か面白そうな技術を考えてみませんか?
Q20. 糖尿病自体の病気は、治療することですぐに直るものなんですか?
Ans20. 食事や運動などの「治療」でよくなる場合もあるわけですが、それ以外は「すぐに直る」ことは期待できないので、大変なんですね。インスリン療法だけでなく、様々な薬も開発され、治療法も進展しているようですが、詳しく知りたいときは、岐阜大医学部第3内科に尋ねていってください。
Q21. DNAの働きも重要だけど、それ以上に細胞質の働きの方が大切だと思うのに、なぜかそれについてはあまり触れられていないのはなぜだろう?
Ans21. どうして「細胞質の働きの方が大切」だと思うのかな?両方大切だって、思いませんか?細胞の働き、というのは、遺伝情報が詰まっている核とそれをとりまく細胞質の働きと、それを囲む細胞膜の働き、いうことになるわけだけど、細胞質にはエネルギーを作る器官だとか蛋白質や脂質、糖質を合成する器官だとか、使用済みの蛋白などを分解する器官だとか、細胞の形を制御する細胞骨格などがあるので、細胞が生きていくには核も細胞質にある器官も、どちらも重要です。少なくとも、この授業では脂質や糖の代謝に関した話をしたので、細胞質にある器官の働きに触れていた、ことになりますね。
Q22. 環境問題にマイナスな要素を出さずにモノを生み出したり、開発を進めたりすることはできるのだろうか?
Ans22. とっても重要な視点だね。そういうことを考えて研究や開発を進める必要があるんだよね。たぶん、できる場合とできない場合がある、という風にしか応えられないと思うけど、開発や生産は、これからは環境問題を抜きにしてはやっていけなくなるのは当然という事でしょう。よく考えて、想像力豊かに、仕事をしていかないといけないね。
Q23. バイト先のスーパーで、果物の置いてあった場所にエタノールをかけていたのですが、これはなんででしょう?
Ans23. へぇ〜、そうなんだ。知りませんでした。生物化学的な実験でも、殺菌のために70%エタノールを霧吹きで吹きかける、ということはしますので、もしかしたら、カビとか雑菌が付かないように、という配慮なのかな? 水を吹きかけて、みずみずしく見せるというのは聞いたことはあるけど、やはりナマモノを扱うスーパーでカビなどを出しちゃいけないから清潔さには気を使うんでしょうね。店長さんにでも聞いてみて、又分かったら教えてください。
Q24. 病気を治すのに薬を使わない日が来るのか?
Ans24. 薬の定義にもよるけど、体の免疫力だけで自然治癒できるような「病気」も確かにあるが、どういう病気も自然治癒できるようになるとは思えないなぁ。ただ、人工合成薬が何でも効くようにできるとは思えないから、漢方薬・生薬などをつかったり、薬のような栄養成分を入れた食事を重視するようになるかもしれません。機能性食品などという分類がなされます。これも広い意味で薬と言えなくもない。
Q25. 人工の生命がなぜできないのか?
Ans25. これも生命の定義によりますね。実際、Artificial Life (人工生命)を作る研究をしている人もたくさんいますよ。但し、コンピュータの中でですけどね。本当の生命ということなら、なぜできないか、ということには、まだ人間には生命の複雑性を理解し扱える知識も技能もないから、と応えるしかないですね。究極のロボット、映画「A.I.」のディビッド君は、「人工の生命」と考えて良いですか?
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(終わりに)他にも色んな多くの質問意見がありましたが、おおよそ上のどれかに近いもののようなので、これくらいにしておきます。それほど、突拍子もない質問や意見は無かったですね。いずれにせよ、皆さん、できるだけ自分の問題として取り組まれるよう希望します、特に生命工学科の学生さんは。