まず 私自身の履歴を説明することから始めたいと思います。(前任部署でも一部同様に書いています)
3X年前に大学(京大理)に入り、卒業までに物理学教室で生物物理学のはしりのようなラボでプロテアーゼの実験と活性中心の四面体中間体の理論的研究を
させていただきました(福留秀雄先生(元々素粒子理論の先生)の御指導のもと)。大学院では工学部的な学部ですが理学部的な内容もやる阪大「基礎工学」部
で、生物工学科なる学科で大学院生として研究活動に入りました。大学院の前半では飯塚哲太郎先生のご指導のもとヘム蛋白質の物理化学的な研究(主に極低温
スペクトル)を中心に行い、後半では折井 豊先生のご指導のもとシトクロム酸化酵素という膜蛋白質の生化学的(主に膜への再構成実験)、物理化学的研究
(NOのフラッシュフォトリシスなど)を始めました。これが、今に至る脳の生体膜を中心とした分子群の研究の端緒でした。
もともと物理学教室で生物を対象にした研究をしたいと思ったのは、生命体の持っている生きるための「賢い」戦略を理解したいと思う気持ちが最初で、今も
変わっていません。特に、昆虫等の生物が環境に適応して(と人間が考えるのですが)自らの形態や機能を変化させる(とこれも人間が考えるのですが)機構
は、そのころの私にとってはまさに驚異で、物理学では分かるわけがない、という気持ちから、今の研究のモチベーションが出ていると思っています。(因み
に、岐阜では名和昆虫博物館でその不思議な生態を垣間見ることができます)
その「適応」では、自己が(即ち、脳と体が)他者である環境を認識(学習)するのが出発点である、と思い、脳でも「学習をする」というは脳細胞の「適応
現象」の一つの現れなのではないかと感じ、そのおもしろさを自己流に理解して神経系の研究に入ろうとしたのが、三年間のポスドク生活に別れを告げアメリ
カ・ニューヨーク州立大学(Albany校)から大分医大に赴任して来る頃でした。
以来、生化学や神経化学の領域を研究活動の主たるフィールドとして、脳の生体膜の構成成分をもっと理解しようとして、脂質化学や脂質合成に関わる膜酵素
系の研究(主に脂肪酸伸長酵素系の解析)をしていました。これらはまさに基礎医学というかbasic
scienceをしていたのですが、もともとが工学部的な仕事を志向していたので医学に役に立つ研究や技術開発もしなくては、という考えにとり憑かれ、そ
れまで使っていた赤外分析装置の臨床診断への応用という領域へも入っていきました。それまで、赤外分析装置を使って脂質化学の研究をしていて、脂質と人の
様々な疾患との関係を知る中で、今の臨床検査よりもっと簡単に人の中の脂質の動態(変動)を測定できたら、患者が痛い思いをしないで済むのに、という動機
も働いていたのも事実です。
それで、ベーシックな研究と技術開発という応用的な研究の二本立てで研究活動を始めたのが、実験実習機器センターの専任教官として移動した頃からでし
た。それまでも質量分析装置や電子顕微鏡など機器センターにあるほとんどの装置に触りながら自分たちの研究に使って来ましたし、技術開発など装置・道具作
り自体も私の好きな領域なので、機器センターの中で優れた才能を持つ技術職員と一緒に影響しあいながら活動できることは、楽しみでもありました。
話は変わりますが、医学も工学も根は一緒の「応用科学」ですから、役に立つ技術はどんどん取り入れ、無い技術はどんどん開発して作っていくべきもので
す。人間など生物という一つの生命体を対象に研究しているわけですから、もともと医学に生化学や生理学や形態学などの「専門分野」の「境界」があるはずも
なく、専門を超えて総合的に研究に当たらなければならないですし、現在の世界の趨勢がそうなっています。まさに、医学には「総合科学」としての工学的発想
での取り組みが必要なのだ、と考えていました。
さて、このような流れの中で今の研究のスタイルができて来ましたが、私自身、元来歴史的に「由緒ある学問分野」にはあんまり相性が良く無く(大学の時から
そうでしたが、伝統ある物理にいて生物物理に引かれ、生物工学科では泥臭い生化学に引かれ、さらに医学に引かれてもさらに医用工学的分野に引かれ…)、新
しく起こって来ているフレッシュな、そして小さな分野にいつも心引かれるのです。しかし、研究の基盤としては、今は生体膜の分子レベルの研究を軸に、脳神
経系の理解と言う大きな領域と関わりをもっているのですが、脂質栄養学という名古屋市立大学の奥山治美先生らが設立した学会には、そのような新しく
Vividで、小さな分野と言う魅力があり、当初から関わりを持たせていただいています。脂質という分子を基軸に、栄養学と言う生物個体の振る舞い全体に
関係する領域に切り込んでいく学問は、今後も大いに可能性を秘めた分野だと思っています。
このような流れで、いま「医用分子工学」を表に出したいのは、分子生物学や(狭い意味の)分子医学というDNA-RNA-
Proteinというセ
ントラルドグマのラインの上で展開している分野(映画で言えば主演男優、主演女優にあたるかな?)とは違って、そのあとに豊かに発現している脂質や糖、生
理活性分子といった、言わば脇役、衣装、舞台装置、視覚効果などにあたるものを表に出して、神経活動などの生命現象という「舞台」を全体としてシステマ
ティックに理解することをしたい(生命現象と言うBest Pictureを鑑賞するのに似ている)、という思い
があるからで
す。(映画の面白さは主演男優女優やすじだけではでてきませんよね。名脇役や舞台装置など目に入るすべてのものの上手い使われ方も映画を面白くしているす
ごく重要な要素でしょう。あの「タイタニック」に視覚効果・演出効果が無かったらBest Pictureには選
ばれなかったでしょうね!)
すなわちこの研究室は、工学的側面から医療や医学に役に立つことを目標とし、様々な分子の理解を基本にした工学的発想によるシステマ
ティックな研究をする(神経系を対象にした)研究室ということなのです。
そして、ここでの分子というのは、DNA, RNAや蛋白質だけではなく、脂質や糖という相当に複雑な役割をしているものをむしろ主体にして研究し、脳
神経系の複雑な仕組みと振る舞いを理解するために、また人の体の状態を非侵襲的に計測するために、新しい技術を取り入れて切り込んでいくことをしたいと
思っています。また、技術自体の開発と発展も大事にしたい。当然、技術のブレークスルーがなければ、研究の大きな発展はありませんから。技術の発展の基本
にあるのは、人々の欲求です。人々の健康に生きるという欲求に積極的に「引かれながら」、また技術の持つ社会的問題や環境の問題にも関心を持ちながら、技
術のブレークスルーも目指したいと思いますし、そういう技術を育て上げられる環境づくりも目指したいと思います。
それが私が工学部へ来た理由でもあります。
学歴昭和48 . 3 京都大学理学部物理学科卒業昭和48 . 4 大阪大学大学院基礎工学研究科生物工学専攻修士課程入学 昭和50 . 4 大阪大学大学院基礎工学研究科生物工学専攻博士後期課程入学 昭和53 . 3 同上修了、工学博士(大阪大学) 職歴昭和54 . 4 米国ニューヨーク州立大学 (Albany校、Research Associate)昭和57 . 3 大分医科大学助手 医学部生化学 昭和62 . 8 大分医科大学助教授 医学部附属実験実習機器センター 平成 2 . 9 日本学術振興会特定国派遣研究員(フランス国INSERM U.26)短期 平成12 . 4 岐阜大学教授 工学部生命工学科(現在に至る) |
学生さんへ(2010年度)これまでの研究では、卒研生のテーマとして、非侵襲的にからだの成分を測定するシステムの開発の基礎研究として、ヒトの毛髪や唾液の 脂質や抗酸化酵素などの成分を調べ、興味ある結果を得ました。今後もさらに、これらの研究を深めていきます。脳神経や細胞の研究では、神経活動や食事の油によって変化する脳の多様な糖蛋白質の研究も行なっていき、応用研 究へ繋いでいきたいと思います。 赤外線を使った非侵襲的にからだの成分を測定できる新しい可搬型の装置(小さな医療機関や在宅医療にも役に立て るような)の開発も、引き続き企業研究者の協力を得ながら、すすめます。 学生さんは、このような経験を通じて様々にチャレンジしてい る企業活動に参加したり、自分で起業家を目指せるように、できるだけ援助を惜しまないつもり です。 そして、さらに経験を積みたい人は是非大学院へ進んでください。生命工学専攻(博士前期課程)に進んで、修士を とってください。博士後期課程では、2007年度より開講する連 合創薬医療情報研究科で工学博士の学位をとることができます(または医科学博士や薬科学博士も場合によっては可能)。2010年3月 にこの第1号の博士(工学)を企業社会人の方に授与されました。 一緒に面白い研究を進めていきましょう。 |
一般の方へ私の研究室では、医学と工学の橋渡しの一部を担うべく活動を行なっていきます。その中で得られたことは、できるだけ平易に研究活動の項で公開してご理解 を頂けるように努力していきたいと思っています。また、関連領域の他の研究の有用な情報もできるだけリンクさせ、頻繁にアップデートできるようにしたいと 心がけたいと思っています。お気軽に疑問質問・コメントを頂ければ幸いです。 |
企業の方へ医学部から工学部へ本格的に移動してきたことから、これまで開発を続けてきた臨床用の非侵襲的赤外分析装置(特許公開:平6-27019; あるいは特開平7-184883、特開2003-42952)などを実用的なものへさらに発展させようと思っています。そのためにも、実働的に開発製品化 をして下さる企業の方のご協力がどうしても必要になります。またそれ以外でも様々な簡便で高感度選択的計測システムおよび方法原理を開発し臨床応用をめざ していきます。また、そのような技術を使って、皮膚や唾液など人体の成分の応用的研究を進めていきます。今後、提案できる情報はできるだけ学会研究会など で発表してまいりますが、関心がございましたら是非ご連絡を頂きたいと思います。また、企業の研究者で博士の学位を希望される方は、是非連 合創薬医療情報研究科をお考え下さい。社会人に相応しいカリキュラムを組んでお待ちしています。 |
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吉田 敏
岐阜大学工学部生命工学科
〒501-1193 岐阜市柳戸1−1
Tel&Fax:058-293-2655
Email: xyosida##gifu-u.ac.jp (##を@に置き換えて下さい)