若井研の提供するエネルギー・環境問題入門


目次 1.エネルギー事情 2.大気汚染 3.乗り切る 4.温暖化 5.原子力・核融合 6.新エネルギー 7.車技術 8.COP3 9.私たち 10.文献,WebSite



6.新エネルギー技術のいろいろ


|太陽光| |太陽熱| |バイオマス| |風力| |波力| |潮汐力| |海洋温度差| |地熱| |ごみ| |核融合| |コージェネ| |コンバインド| |燃料電池| |蓄電| |気になるデータ| |結局|

 化石燃料や原子力の他に、太陽光、太陽熱、風力、波力、潮汐力、海洋温度・濃度差、地熱など、自然エネルギーとか新エネルギーと言われるエネルギー源はいろいろあります。別に、今まで知られていなかったわけでもないし、全く使われていなかったわけでもなく、使い方もわかっていたのです。ただ、全て石油や石炭など現在利用されている限りあるエネルギーと較べてエネルギー密度が薄いのです。だからこそ、特殊な目的以外には今まで使われなかったわけです。化石燃料の枯渇が危ぶまれ、しかも地球温暖化の元凶と言われる状態では、その利用を抑制するために薄いエネルギーでも最大限使える技術を確立しなくては、ということで、その利用技術が新しいという表現と思って下さい。唯一、海水中の重水素の「核融合」エネルギーは化石燃料と比べ、格段にエネルギー密度が高いので、逆に使える技術がまだ確立されていません。この核融合については、第5章の核融合 の項で説明しましたね。メタンハイドレートも、見方によっては新エネルギーの範疇ですが、これを利用するとなれば天然ガスと同じですから、 1 章程度の記述でご了解下さい。
 コンバインドサイクル、コージェネレーションは、化石燃料を使います。でも、今までより非常に高効率に化石燃料のエネルギーを使うことをめざしているという立場から、この章に含めました。燃料電池も、水素そのものであったりメタンを改質したりしますので、燃料として新しいわけではありませんが、技術としては新しいのでこの章で述べます。
 環境を汚さない、エネルギーを使いすぎないという意味で車の技術革新も見逃せませんね。なにせ、陸送のためのエネルギー消費は総エネルギー消費量の1/3も有るのです。その最新技術については、次章で紹介します。

1.太陽光

 太陽電池として直接太陽エネルギーを電気に変換する技術です。現在の技術レベルでは、アモルファスシリコンが最も廉価ですが、変換効率は初期の条件の良い時を経た後は 8〜9%程度です。金属の多結晶だとこれが15〜17%程度になりますが製造コストはアモルファスより相当高くなるようです。金属の単結晶を用いると、25%以上のものが作れます (ジャパンエナジーは世界最高と誇る 30%以上の効率のものが作れるとのこと)。宇宙船や人工衛星などで使われる太陽電池は、値段のことは気にしていられないので非常に高価な単結晶が使われます。重ければ打ち上げコストがそれの比較にならないほど高価になってしまうのです。現在、35% 以上のものを目指した開発が進められています。なお、家庭用あるいは公共施設用に普及を目指した「太陽光発電システム導入マニュアルによれば、サイズにもよりますが、企業の発表しているデータを引用して概ね、単結晶シリコンで 14.5%〜11.9%、多結晶シリコンで 11.9〜10.2%、アモルファスシリコンは相当低く 5.3〜2.8% と述べています。ですから、これらの電力供給目的には多結晶シリコンを使うと述べています。

太陽電池はどれぐらい面積を必要とするのですか?

 家庭用に普及させようとすると、価格が問題ですから10%程度の変換効率のものを使ったとしましょう。すると、太陽が真上に有るとき 1kW程度のエネルギーが降り注ぎますから、1メートル四方では 100Wとなります。日本の年間発電量は 1兆kWh ですから、国民一人当たりでは約 8000kWh/年です。つまり 900W 程度を常に使っていることになります。この半分が民生用、そのうち40%程度が家庭用です(ここでのデータは エネルギー '97 および 1998データブックから計算)から、家庭での平均使用量は 180W/人 となります。ということは、真夏の真昼の状態を保つ太陽電池が 2平方メートルあれば、電気については発電所からの供給は不要という計算になります。家庭で使うガスを含めた全エネルギーを太陽電池で、となれば、この3倍の 6m2が必要です。4人家族では 電気だけをあがなうとしても 8または 24m2必要です。

定格出力の1/6〜1/10 が実行出力と考えましょう

さらに、正午以外は太陽が傾き、夏以外は太陽は低い、夜は全く発電できない、雨の日も発電できないなどの状況を考慮すれば、面積はさらに一桁余分に見積もっておかなければならないでしょう。実際、日照量の平均値は、ここ 20年間の平均値として130W/m2(もちろん、北海道と沖縄では相当差がありますが、この値は日本の真ん中あたりのもの) とされています。概算なのでここでは 100W 平均とします。

4人家族で現在並の消費を続けるためには、1戸建ての敷地全部!!

すると10倍面積を必要としますから、電気だけを賄うのに 1家族あたり 80m2、つまりたたみ48畳が必要という計算です。南側のほとんど屋根瓦を太陽電池で覆う必要が出てきます。アパートではその可能性は低いですし、高層建築になっているマンションでは一人当たりの屋根は狭くなるばかりなので、全く不可能ですね。1戸建ての持ち家の家族だけが実質可能な話になります。
 現在、すでに設置して売電している人が居るとも思いますが、こういう設備を整えると多分、節約の精神が働き無駄な電力を消費しないようになるからというのが結構大きいと考えられますし、実際設置した人たちのコメント(設備を整えた後は、こまめに電気を消す習慣になってしまったなど)からそんな様子がうかがえます。自家用車の燃料は別として、電気だけではなくガスを含むエネルギーを電気で賄うとしたら、この 3倍必要です(平均値として144畳=72坪=240m2)から、1戸建ちの敷地面積全部を使っても足らない家が続出することになります。現在、多結晶の太陽電池が 10万円/m2程度ですから、これだけで2,400万円投資しなくてはなりません(通常はですから、電気の消費分だけをまかなうものが普及しています、ただし、この計算は不利な部分もあります。すなわち自動車はガソリンの発熱量の 1/3あれば十分かもしれないのです。熱の質と電気の質は同じエネルギー量でも利用効率が大きく異なるからです)。

岐阜大学はどうですか?

 岐阜大学柳戸キャンパス(医学部、医療技術短期大学部以外)のピーク電力は 2,500kW程度です。実際平均としてどれだけ使われているか知らないのですが、この五〜十分の一程度と考えられます(実際家庭用電力は平均とピークとの比はその程度と思われます)。一方、前述のように日照の確率を考慮すると平均必要量の十倍程度の面積を確保しなくてはならないので、結局 2,500kW分必要となり、これを多結晶で賄うとすれば、25,000m2となります。実はさらに問題なのは、埃や鳥の糞などで汚れて効率が落ちてくるのを掃除して回復させなくてはならないのですが、家庭用程度ならびっしり敷き詰めてもそれは可能です。ところがこれだけ大きくなると、隙間を作って人が入って行って掃除などメインテナンスができるようにしておく必要があり、面積効率は一層落ちます(これは杞憂かもしれません、有る程度の効率ダウンを覚悟してびっしり敷き詰め掃除はあきらめた方が、隙間を作るより面積あたりの出力は稼げるかもしれません)。これが結構馬鹿にならない面積になりますが、ここでは結局 30,000m2(170m四方)必要とします。柳戸キャンパスの面積は、500,000(東西500mx南北1km)m2ですから敷地面積の6%に太陽電池を敷き詰めなくてはなりません。

校舎の屋上だけでは全く役に立たない !!

これはもちろん、校舎の屋上を全部使い切っても全く不足します。



三洋電機が世界最大規模のものを岐阜工場に建設したのですよね !!

 そうです。建設段階では「メガソーラー」と名付けられ、定格出力は約130x約90cmのパネル約18,800枚を使って延べ面積約2万平方メートルで 3.4メガワット。岐阜大学の必要量より少々大きい規模です。上で示したものより効率が良い(上記の電池は効率10%以下、メガソーラーは恐らく当初は15%程度のものを計画)であろうこと、面積はメインテナンスなどの余裕分を考慮していない値であることから、岐阜大学の敷地の6%という上記計算より少なく 4%程度の面積を使うとしています。建設費用は60億円と言います。岐阜大学の教育・研究用の年間予算すべてを使っても、何年もかかる仕事です。

建設進むメガソーラー

メガソーラー1

メガソーラー2

写真は、サンヨー岐阜工場のメガソーラー建設現場(2001年8月末)。新幹線の岐阜羽島駅西1-2kmではもっとよく
見えます。この二枚を横に並べた左から右までがほぼ工場の幅いっぱい。工場の前は正門まで広い庭が有りましたが、
この庭が相当犠牲になると思われます。さらに工場の南面(玄関が有る)は、全て陰になっています。

一期工事完了・ニックネームはメガソーラーからノアの箱船、そしてソーラーアークに落ち着いた

ノアの箱船

一期工事が完成。建設費は当初予定の半分ながら、なぜか出力は半分以下の630kW。02.2.1 オープンとされていた「太陽電池科学館」は、 4/1にオープンした。詳細はこの新聞記事を。新聞記事では、第二期工事が有るのか無いのか不明であったが、当時入り口に居た守衛さんの話でも、知らないとのこと。誰に聞けば良いかと訊いたところ、太陽電池科学館ができてから聞けばわかるでしょうとのこと。その後1年経過したが、私は聞いていない。

日本全体ではどれだけ必要なのですか ?

 上述のように日本の発電量は 10,000億kWh/年です。電気だけの話です。ガスも止める石油も止める、車も電気自動車にする、ともかく全てを太陽電池の発電で賄おう、などとなると、この2〜4倍程度(正確な数字は計算が難しいのでおおざっぱな数字で妥協します)となります。2倍という低めの数字を使うとすれば、20,000億kWh/年ですから、上述の保守用のスペースを2割として、必要な太陽電池の面積は 280億m2=280万haとなります。

太陽パネルで田畑半分以上が隠れてしまう!!

日本の耕地面積は442万ha(全面積の 11.7%) ですから、耕地面積の半分以上を太陽電池で覆い尽くすことになります。単結晶で効率を良くしても(莫大な投資が必要です)、その3分の1程度は必要なのです。可能な話ではありませんね。これらの太陽電池を設置するにはそれなりの骨組みが必要なことは理解していただいているでしょうが、広大な面積に設置したとなると、大電力をそれらのパネルから集めるため無数の電線を蜘蛛の巣のように張り巡らせなくてはなりません。これもまた大変なことです。
 太陽エネルギーを使えばバラ色、と思っている人が多いですが、こういう事態なのです。言い換えれば、日本人はこれほどまでに無茶にエネルギーを使っているということですね。太陽電池はこの10分の1でも良いからと言っても、日本の稲作用耕地面積の10分の1を覆い尽くす太陽電池を設置できる場所と経費が有るとはとても考えられません(通産省が、1987年の
長期一次エネルギー供給見通しにおいて、2005年には新エネルギーで7%分をまかなうと期待していましたが、それを全て太陽電池でと考えてはいなかったとしても、太陽電池に勝る候補は無かっただろうし、できるはずが無かったのです、よほどのことがおこらない限り、6年後も相変わらず1%台でしょうね。さすがに最近='98.6の長期見通しでは環境とエネルギーに最大限努力を講じた対策ケースで 3.1%、成り行きに任せた場合は 1.3%と控え目になっています)。
 2002年、太陽エネルギーの解説記事に、「新エネルギー導入大綱で目指している 2010年5GWとしているが、年間120万戸の新築家屋が建てられているので、そのうち1/6をソーラーハウスにし、5kWのモジュールを備えるいうのが根拠。条件によりその後の普及の伸び率は変わるであろうが、中間的なシナリオでも、2025年65GW、2030年には150GWに達し、・・」とある。5GWが新築家屋の1/6であったのだから、2030年、150GW達成のときには、そのモジュールは新築家屋の5倍に取り付けなくてはならない。簡単のため効率10%とすれば、150GWの太陽電池の必要とする面積は、1500万haとなり、日本の耕地面積の4倍ほどになってしまう。そんなことはできないと考えるのが自然であろう。私から見ると、この不可能な値を使って、2010年の石炭、重油火力発電のほとんどをカバーできるというのは、夢であっても、全く現実味に欠けると言わざるを得ない(私の勘違いならお許しください。なお、通常発電量の35%が原発だと言われている。天然ガス発電と石油発電がほぼ同程度になってきた昨今を考えると、いきなり150GWの日照率を考えた発電能力 18GWが石炭、重油発電と同程度発電できるという表現も気にはなる)。
 私は太陽電池の威力を否定しようというのではありません。この研究開発に携わる方たちにはおおいにがんばって高効率のものを安く供給できるようにしていただきたいのは当然の思いです。言いたいのは、いずれ太陽電池ですべてのエネルギーをクリーンにまかない、今までの贅沢を満喫しつつ環境は悪化させないで済むなどというバラ色の夢は見ない方が良いと言いたいのです。日本だけでなく、世界中の人が同じ贅沢を満喫しようとする前に、日本ですらすでにそれは無理だということです。太陽電池も、原子力も、ありとあらゆる可能性を追求して行ったとしても、ここ数十年の間は多分今の贅沢の持続はとても許されない話であることを理解していただきたいのです。
 世の中に、というより各種の学会に「持続可能な・・・」という言葉が流行していますが、「持続するためには贅沢は止めなくてはならない」ということです。太陽電池は贅沢を満喫させるためには面積を食い過ぎるというだけではなく、まだまだ問題は山積しているのです。

こうなったら、ついでに世界ではどうなるか聞きたいです

 世界は、毎年石油換算で8500百万トンを使っています。50万トンタンカーといえば非常に大きいですが、これを1万7千隻分ですね。これと同じ熱を効率10%程度の太陽電池でまかなおうとすると、計算は省略しますが、3千8百万km2になります。一辺が約 2000kmの正方形です。


日本の国土の5〜10倍程度は必要です

 日本の国土のほぼ 10倍必要です。もっとも、発電所で燃したエネルギーはとれる電気と比べると40%程度という話を覚えていると思いますが、そういうことを考えるとこの計算は太陽電池に不利です。それを考慮して、この半分としても日本の国土面積 (378千km2) の5倍(2000千km2)。これは、日本ではなく晴天率が高く日本の倍も日照エネルギーが確保できるところ(ここでは、昼夜通して一年の1/3 は太陽が真上から照らしているという仮定で計算しています)で、しかも隙間無くびっしりと敷き詰めた場合の話です。
 日照率が圧倒的に高い砂漠の総面積の、わずか数パーセントにこれを敷き詰めれば、世界中のエネルギーがまかなえるという話も有ります。そうです。サハラ砂漠は世界最大の面積を誇る砂漠ですが、8600千km2もありますから、そこの25%に太陽電池を敷き詰めれば良いのです。それが日本の5倍の面積であることは、変わりません。第一章で示したように、世界の全人口がアメリカや日本並みの贅沢をしようとしたら、その4倍、さらにその贅沢が可能になる頃には人口が100億に達していると考えると、6倍必要です。すなわち、サハラ砂漠を埋め尽くす太陽電池が必要となります。


太陽電池だけで少なくとも日本は400兆円かかる!!

 さて、話を戻して現在の生産コストが、多結晶の大量生産で 10分の1 に下がった場合(5000円/m2)でも、その費用はなんと、日本の年間国家予算の2倍(もう少しで現在の累積赤字に達する)かかるのです。国民一人あたりで車一台分(約100万円)になります。先ほどの三洋電機の太陽電池「メガソーラー」については、当初計画は30万円/m2となります。これは太陽電池だけでなく、システム全体としての価格でしょうし、変換効率も良いもの(15%)を使い、価格も高いものと思われます。ともかく自然エネルギーを利用するのは高いのだと言うことを理解していただけたものと思います。「自然エネルギーはただでふりそそぐいでいるのに、高いとは?」という疑問が湧くでしょう?本来は高いはずの化石燃料などを、無謀と言えるほどの安さでこの100年間に生まれた人類だけで独占的に使い尽くしているということに他なりません。

太陽電池だけで機能するのですか?

 設備としては、夜は電気も何も無しで過ごすことはできませんので、蓄電しなくてはならない、また電力需要がピークに達する夏の昼間に合わせるとなると、いくら太陽が真上に居ようとも、やはり大幅に不足です。ましてや、梅雨時にでもなるとほとんど日が照らないので発電してくれない。太陽が出ないときは学校も休み、会社も休み、ともかく全て休み、今ある水力発電と揚水式発電所で蓄えたエネルギーで生活面だけは保証する、という生活様式に変えるなら、今の状態で可能です。それはいくら何でも無理だとすると、長期にわたる(数ヶ月分)エネルギー需要分を蓄電しなくてはならないのです。太陽電池に大容量蓄電設備は不可欠なのです。そういう電池が研究開発されていますが、なかでも NaS 電池が有望のようです。文字通り、Na(ナトリウム)と S(硫黄)の間でイオン交換し、充放電を行うタイプの電池で、その体積当たりの充電量は自動車のスターターを動かすために搭載されている鉛蓄電池の鉛蓄電池の 3倍ぐらいになったと言われている。日本ガイシが積極的に開発している。


膨大な揚水式発電所や NaS 電池のような充電設備が必要になる!!

 しかし、電池で賄える量は知れています。たとえば、今水力発電所の形をした揚水式発電所というのがあります。あれは、水を使った蓄電池です。電力を必要としないときに発電所の出力を下げると効率が落ちるので発電しっぱなしにしてそのエネルギーで水車をポンプとして回し、水を高いところへ上げておくのです。そして必要なとき、つまり電力が不足するときに今度は水車を本来の水車として回して発電機を回し、電気を作って送るのです。このような発電所がどれだけ電気を蓄えられるか、計算しても良いのですが、類推でお茶を濁させて下さい。現在水力発電所が発電する電気は火力・原子力などによる全発電量の20%程度です。揚水発電所はしたがってそれよりずっと少ないですから、蓄電できる量はあまり無いと考えた方が良いでしょう。揚水式発電所を、雨季の発電が全くないときに対応できるように準備するとなれば、今の水力発電所の発電量の5倍程度は揚水式発電所を作らなくてはならないことになります。揚水式は水をあげたり降ろしたりして蓄電したり発電したりするので、普通の発電所のようにともかく水が落ちるというのとは違い、降雨量はゼロでも良いのですが、上と下に二つの池が必要でしかも両池の高度はできたら千m程度欲しい、またそれぞれに十分な貯水量が確保できてはじめて一つの揚水式発電所なのですから、なかなか立地条件が叶わない、それが全エネルギーを太陽電池と揚水式発電所で賄おうとなると、とてもできる話では無いですね。あまり、想像の話ばかりでは具体性に欠けるので、ここで計算をしてみます。頭が痛い人は色つきで囲った見出しだけ見て下さい。1ヶ月分の現在の電気エネルギー消費量を500mの高さの差がある揚水式発電所で蓄えるとしましょう。その水の量を計算しますと 600億トンです。一辺が4km の立方体に相当します。

琵琶湖の面積で深さ91m の池が二ついる!!

 琵琶湖が669km2 ですから、深さは91m 必要です(ちなみに、琵琶湖の最深部は103mですから、全ての深さを最深部と同じとする湖に相当します)。この大きさの上池と下池が必要になるのです。全てのエネルギーを太陽電池で賄おうとすると、この大きさの池がペアーでふたつか三つ必要なのです。上池と下池の高さは500m以上必要ですから、日本にそんな場所はあり得ません。世界を見ると、実は隣の中国に作られつつある有名な三峡ダムの貯水量が400億トン弱です。この 1.5個分の湖が 2つ必要なのです。大きさはその程度としても、三峡ダムの落差は170m 程度に対し、上記計算は 500m ですから、これでも全く不足です(実際、三峡ダムの発電能力は1050万kW程度ですから、原子力発電所10〜15基分程度)。12億の民をかかえた国・中国の威信をかけて世界最長の長江に作るダムをもってしても、日本の蓄電容量としては不足なのです(くどいようですが、長江の川の流量は蓄電として問題ではありません)。1ヶ月も雨が降り続けることは考えない、1週間で良い、としても、この4分の1は必要なのです。ともかく、大変なことなのです。 NaSのような化学的な電池でも同じです。車のバッテリーに使われているのが鉛蓄電池ですが、 NaS 電池は同じ体積で 3倍ぐらい蓄電が多くできます。それでもそれを少しぐらい作ったとしても、日本全体の需要を満たすには力が及びません。
 世界を対象としたサハラ砂漠の話に戻ると、砂埃の話を解決しても、サハラ砂漠が夕方から夜になったらやはり世界中電気供給ストップになるという問題がおこります。アメリカでは、夜の内から電気が供給されはじめ、昼頃になるとほとんど来なくなるのです。日本では、夕方から夜の内だけ供給されます。これを避けるには、サハラだけではなく、オーストラリア、インドネシアの砂漠や山岳地帯、さらに中南米のしかるべきところにも分散させなくてはなりません。それを巨大な電線か、超伝導を用いて世界へ供給することになります。そういう分散配置ができないとなると、琵琶湖というスケールではないとてつもない巨大な蓄電設備が必要になります。  結局、太陽電池の寿命(15〜20年程度と言われている)、メインテナンス(日本の家屋の屋根ならあまり必要ないでしょうが、表面についた埃や鳥の糞などの掃除を怠れば、変換効率はどんどん下がると思われる、とくに砂漠では頻繁に必要でしょう)、附属設備(100V交流への変換器、蓄電器)などを総合して、経済的にではなくエネルギー消費+資源消費の観点から効率的かどうかを判断して太陽電池をどうするかを決めて行くことになるでしょう。ともかく、太陽電池を世の中に敷き詰めれば火力発電も原子力発電も要らないということはとても無理なことだと言うことは理解していただけたと思います。

現在どの程度普及しているのですか?



 上のグラフは、1980年ごろから2002年までの導入量(IEA調べ)で、現在の発電能力です。最大普及量を誇る日本でさえ、まだまだの状況です。たとえば火力発電や原子力発電の一基あたりの発電能力はだいたい1000MW (100万kW=1GW) ですが、普及の最も進んでいる日本でやっと0.5基分程度に達しました。二位三位のドイツアメリカはほぼ0.2基分に達したところです。ただし、このグラフに惑わされないようにしたいものです。前述のように、日本では日照率がほぼ1/6ですから、この値を 1/6で考えなければ実効出力にはなりません。原発は稼働率が80%を越えていますから、原発との比較で表現するなら、日本は0.1基分、独・米は0.05基分程度です。現状では比較しない方が良いです。米日独の最近の伸びは高いので、これからしばらくはどんどん増える状況が続くと想像されます。日本では、NEDO (New Energy Development Organization : 新エネルギー開発機構) の補助が有りますから、相当設置意欲をそそられているのが利用増大に効果を上げていると思われます。補助金は結局、税金から拠出されているのですから、利用者が少ないから成り立つのであって、この恩恵を被る人が多くなれば補助はストップします(実際2000年は途中で予算の底を尽き、補助ストップになったこともあるし、2004年、普及が相当進んだのでそろそろ補助は止めようという動きもあると聞いています)。 COP3 の数値目標を達成するために2010年に向けて日本初め各国の精力的な取り組みが始まっていますが、総電力供給量の数パーセントにすることだけでも大変なことがわかりますね。当然、できる限り努力すべきことです。

生産のためのエネルギーの方が、生涯発電量より多いという話は本当?

 確かにそういう話が沢山有ります。たとえば、東北大学元学長・西澤潤一先生も最近の著書で明確にそのことを述べて居られます。しかし、西澤先生の本意はわかりませんが、今の生産技術では 2〜3年で元(エネルギーベースで)がとれるということになっています。

今の生産技術でなら 2〜3年でペイバック

少なくとも自分を作るためのエネルギーが自分で発生したエネルギーより多かったら、全く意味が無いので普及も何もあったものでは無いはずです。 根拠を持っていませんが、両者の主張の溝は意外と熱力学の初歩でわかるミスマッチから来ているかもしれません。
 すなわち、「エネルギー的にペイしない」という意見の方は、投入エネルギーは実は熱ですが、それをそのままカウントし、出力である電気もそのままエネルギーとしてカウントすると、非常に不利なことになります。もう少し具体的に例で説明しましょう。今までにも述べてきたように、従来の火力発電所の効率は、40%程度、末端では 35%程度です。100Jを投入して35J取り出せるだけです。100J の熱でシリコン原石を太陽電池に変えたとし、それで作られるエネルギーは電気ですから本来比較されるべき対象は 35J でなくては不公平です。熱力学的には、熱より電気の方が同じエネルギー量でも質が高いということです。ということで、100J の熱で作った太陽電池がその寿命の間に たとえば 90J 発電したとすると、「10J 不足だ、もとが引けない」というグループと、「そのエネルギーで発電しても 35J しか出てこないのだから 90J も発電した太陽電池は約 2倍の55Jも得だ」というグループに分かれることになります。電気代は当然質をも含んだ結果として算出されることになりますから、おそらくエネルギーベースで計算されたであろう上記著名な方の数値と合わないわけです。
 これは、私の邪推かもしれませんし、それだけではまだ説明がつかないほどに両者の数値の開きが有ります。でも、間を埋める一つの根拠にはなりそうです。
 これは、私の邪推かもしれませんし、それだけではまだ説明がつかないほどに両者の数値の開きが有ります。でも、間を埋める一つの根拠にはなりそうです。
 企業の情報として、京セラの Q&A に30MW/年の生産体制でのエネルギーベースでのぺイバック時間は 2.2年と出ています。メーカーなので確かな情報だと思います(上記のようにエネルギーベースなので、控えめの値と解釈できます)。
 一方、最近(2000.11.6)出た情報では、現在の発電単価は 100円/kWh で電力料金の 4倍。そうなると、本当にペイバック時間は 2.2年かという疑問がまたまた出てきます。4倍という料金は実は会社としての人件費や維持管理費を含んでかけられる料金であって、実際の発電単価は 10円を切っています。すると、現在 10倍以上の発電単価とも言えるわけです。

これから普及はどのように進みますか?

 もっとも進んでいる日本でも、上述のとおり化石・核エネルギーと比べると、なかなか進みません。NEDO も普及のため上述のように家庭用太陽電池をかなり補助して来ましたが、普及規模が大きくなってくると予算が持たないことが問題となるのは当然で、一方では補助がパンクするほど購入意欲が増すなら、普及という目的は達したという理由で補助打ち切りがそろそろ実行される状況です。今後の普及は補助が無くても、自然エネルギーを使うという皆さんの意識にかかわることです。そういう意識の表現として、あえて太陽電池を屋根に載せなくても、電力10社はグリーン料金制度を導入しようとしています。電力料金を余分に払うことで、その上乗せ分をこのような自然エネルギー開発資金や導入資金に充ててもらう、ユーザーの意志が生きる制度で、政府も上述補助金カットの代替というわけではないでしょう(こちらの案は政府は只乗り、つまり税金から有無を言わさずでは無く、理解のある人に求めることになる)が、後押しするようです。
 普及への補助だけでなく、通産省は太陽電池素子そのものの改良に 2000年から5年計画で取り組むとしています。なんと、その効率アップは 2倍、すなわち現在10%程度の変換効率を 20%に引き上げ、生産性と合わせて発電コストを 25円/kWと、電力料金並にしたいと打ち出しました。でも、今までサンシャイン計画、ニューサンシャイン計画で相当生産コストを下げ、だんだん頭打ちの様相を呈するようになってきていました。それがわずか5年で4倍のコスト引き下げが果たしてできるものかどうか、疑問でもあります。原子力行政が躓いている状況で、COP3 に早急に対策しなくてはならない状況では新エネルギーの旗頭としての太陽光発電に期待が集まるということかもしれません。あるいは、原子力にかけていた莫大な予算の数分の一の予算を太陽光発電に投入して何らかのブレークスルーが得られるのではないか、という期待かもしれません。さらには、そういう期待に応えるべきアピールに1/4 という数字が大きなインパクトを与えたのかもしれません。
 一方、世界的にはとくにまだ土地が充分広い、エネルギー使用料もそれほど多くないという途上国では、小規模でも始められる太陽電池は魅力的でしょう。かなり普及する可能性は有ります。こうなると、日本は責められそうです。全エネルギー使用量の中の再生可能エネルギーの割合が少ないではないか、と。現在、ヨーロッパでは風力発電が相当の勢いで伸びていますし、廃棄物発電やバイオマス発電に結構取り組んでいます。ドイツでは原発廃止を決めたこともあって、太陽電池に力を入れ始めています。原子力に頼る日本は駄目だという非難も聞こえて来ています。そういう非難が出ると、政府もNEDO を通じてまた補助策継続を行うかもしれません。でも、上述の理由により、主役にはなれないでしょう。
 もちろん、最初に述べたように変換効率が30%に達するような電池が安く供給できるようになれば、主役になれないことは変わりませんが、事情は大きく変わる可能性を秘めています。
 岐阜大学には、工学部電気電子工学科に仁田先生というアモルファス半導体の権威者とそのグループ が居られます。その仁田先生の努力で工学部 E棟屋上には25m2の初期のアモルファス太陽電池が設置され、データを収集しています。この太陽電池はアモルファス製です。寄付されたメーカーの弁では、仁田教授の指導で最初に作った記念すべきものだから、効率は非常に良いというわけではないが、それでも上述のような低い効率ではなく、8% は有るとのことです。最大 1kW の出力とのことですが、インバータを使って工学部の電気室を通して工学部の送電線に供給されています。1kW程度では何ができる、と思われるかも知れませんが、博物館的な意味合いのものが現役で働いているとお考え下さい。

 以上おわかりのように、私の研究室は太陽電池を専門としてはおりません。結構いい加減なことを書いているかもしれません。かと言って、なかなか良い web.page が公開されていないのが現状です。今後も探し、良い web.site を探しあてたらリンクさせてもらうつもりです。


2.太陽熱

昔からあった太陽熱利用

 今は見ることがありませんが、今のように贅沢な生活を送るようになる以前の30年から40年前には、とくに庭の広い田舎でバケツや桶をいっぱい出してきて水をたくわえてお日様に当てて、夕方行水や風呂水に使うという光景がありました。これも立派な自然エネルギー利用のうちの太陽熱利用です。現在の太陽温水器とねらいは全く同じです。太陽温水器はそれでも、水温が沸騰近くまで上がり、昔の方法と比べるとずいぶん利用率が高くなっていますね。人間が見ることのできる光の色はまさに虹の色の端から端まで、つまり赤 (約650nm)からすみれ色(約400nm)までです。太陽の表面温度は 6000K で、その光のエネルギーの最も強い光は緑色 (510nm付近) をしています。なんと、人類は太陽光の最も強いところでものを見るようにできていたのですね。蝶などは紫外線にも感ずるということですから、かなりエネルギーが低くなっているから感度が高くないと見えないということにもなりそうです。実際にはセンサーとしての目は、光子に感ずる限界があり、エネルギーの総量が多くても見えないこともあるわけで、単純ではありませんが。話がずれましたが、ともかく太陽からのふく射エネルギーの多くは可視域にあるのです。人間の目で見て黒いというのは、可視域の光を吸収してしまうということです。だから、太陽熱温水器の水を循環させたり蓄えたりしているパイプは、黒い色を塗っておくと良いのです。一方、太陽が沈む頃、太陽からのエネルギーを受けることができなくなってからは、暖かい水から今度は宇宙(実際は宇宙だけでなく、水や水を蓄えた管の温度より低い物体)に向かって熱が逃げようとします。このとき放熱エネルギーの最も強い光は人間の目では全く見えない赤外線 (10ミクロン付近) です。水管が赤外域で黒い色であれば、せっかく吸収した太陽熱を逃がしやすくなり、白色なら熱を棄てにくくなります。結局、可視域で黒くて赤外域で白いような塗料(こういう性質のものを傾斜塗料と言います)を水管に塗り、水管を覆うカバーとしては可視域で透明で太陽光線を招きやすく赤外域で不透明にして水管からの熱を反射して逃がしにくくすると、非常に高温にすることができます。

なんだか似た話が有ったようだけど?


 地球の温暖化はまさにこの理屈によって起こります。水管が地球で、可視域では透明だけど赤外線では不透明なカバーが炭酸ガスの雲です。でも、こうして外に単に置くだけの加熱では 100度C以上にするのは相当難しいことです。ましてや卵焼きを作ろう、料理をしようなどと、太陽熱だけでがんばろうとすると、失敗が多いでしょう。皆さんもご自身やお子さんの夏休みの理科の研究などで試されたことがあると思います。


太陽熱で高温は作れないの?

 ところが、これがあっという間に温度を上げる方法があります。単位面積に降り注ぐ太陽エネルギーの量を高めるのです。つまり、鏡を使います。単に鏡一枚ではうまく行って集光量を二倍にできるだけです。二倍にしたからといって、100度になったものを 200度にすることはできません。いたる方向に太陽を作って一点を加熱するとするなら、6000度も夢ではありません。そのためには、鏡を無数に集めるのではなく、凹面鏡(放物面鏡)を使います。大きなレンズでも結構です。たとえば直径 6cm の虫眼鏡があれば、マッチの先を黒く塗って火をつけることができますね。私は、コンピュータで輪郭を計算して、ボール紙にプロットし、それを型紙として切り抜いてステンレスの薄板に何枚も輪郭を写し取って境界を張り合わせて放物面鏡まがいを作り、光を集めたことがあります。その鏡の直径は 45cm です。36枚のステンレス箔の花びらが放物面を形成するのですが、結局一枚一枚は一方向に曲げられるものの三次元的(専門的で恐縮ですが、極座標系では二次元でよい)な局面にはできないので、光を一点に集めることはできないのですが、加熱する物体の大きさが点ではないので、目的によってはこれで十分です。それで、あっという間にゆで卵が中で沸騰爆発する温度になります。それもその筈、それで黒く塗った紙に火を付けることができたのですから、表面温度は紙(熱伝導率が低いから温度が上がりやすい)なら1000度C 近くになっているのです。
 こんなまがい物ではなく、きちんと磨いた直径 1mの鏡を用いれば、あっという間に直径数センチの鉄をも解かすことができることを名古屋市工業試験所の野口さんがやはり第一次・第二次石油ショックの頃、示していました。本当に焦点に鉄棒を持って行くとあっという間にぼたぼたと鉄が溶けて落ちてくるのです。


利用価値の高い熱は温度を高い必要が有る
それができれば太陽光発電より効率はかなり高い

 話が長くなりましたが、温度が低いと大量に熱があってもなかなか利用価値が無いのですが、温度が高ければ、量が少なくても利用価値が上がります。まず、必要とする十分高い温度の熱を集められるかどうかが、太陽熱利用の可否に関係します。風呂水程度なら、屋根に載せた集熱器で十分なわけです。ところがこの太陽熱を、とくに熱としても光としても動力としても取り出せる電気として発生させるためには、前述のように光を集中して集める必要が出てくるのです。たとえば、光を集めた場所に蒸気発電所のボイラーの様なものを置いて 600度Cを越える熱源として利用できるなら、単結晶素子を使った太陽光発電の場合の1.5倍、アモルファスシリコンの場合の実に4倍で発電できるのです。


結局、太陽熱利用の研究は挫折してしまった !!

 すると、大きな鏡をしかも単なる平面鏡ではなく、望遠鏡ほどの精度は必要としないものの一応凹面鏡が必要になる。しかも、地球の自転とともにその鏡の作る太陽の像の位置が動いて行くので、追尾装置が必要になる。ということで、十分価値のある高温を作ろうとするとどうしても設備が複雑で高価になります。 結局石油ショックの頃、たとえば四国でヘリオスタット方式の鏡による大がかりな集光設備が実験的とはいいながら建造されたものの、とても投資と維持費が回収できそうにないということでその実験は中止されたままです。
 もっと小さな設備ではうまく行かないか、という例としては、オーストラリアのソーラーカーレースが有ります。これはオーストラリアの北から南までほぼ一週間で縦断するレースで、今も続けられていますが、初期にオーソドックスな太陽電池に対向して太陽熱エンジンを搭載した車が出場しました。これは屋根に集光鏡をつけてその焦点に
スターリングエンジンを搭載して動かし、その動力で走ろうというもくろみの車でした。日本のメーカ所属のチームだったと思います。その狙いは、熱効率の良さです。前述のように、太陽光発電はシリコンを使った場合でやっと 25%程度、ところが、スターリングエンジンはうまく作れば30%程度にはなる、ということ。ところが、途中まではうまく走行したものの途中で何かのトラブルでリタイヤ、その次の大会からは全てが太陽光発電になってしまったようです。もし、このエンジン搭載車が出ても、今のソーラーカーは軽量で CD(風に対する抵抗係数)も小さいまま、受光面積を大きく確保できる設計が充実しているのに対し、変換効率の比程度の大きさの受光鏡の重さと形 (CD) からはとても勝ち目は無いでしょう(ちなみに、優勝するほどのソーラーカーは億円単位の製作費を使っています、もちろん太陽電池は単結晶)。
 このように、太陽熱はあまり利用に当たってうまみが無いと思うでしょうが、通産省が統計をとるときのエネルギー源として、自然エネルギーが全体の 1%というような表現をするときには、れっきとしてこの太陽熱利用量が加算されています。それでいてトータル 1% なのですが。
 今でも、北欧など太陽光が弱いところでは太陽の恵みへの愛着が強いせいか、太陽光を集めるパラボラ(放物面鏡)をどう安く作るかなどの研究が行われているようです。

3.バイオマス

バイオマスエネギーは新エネルギー?

 人類が他の動物と区別される条件の一つが火を使えるかどうか、でしたね。この火はもちろん植物すなわちバイオマス。
 この形態すなわち、料理と暖房。どちらが早いか知りませんが、熱機関の一種の蒸気タービンがヘロンにより発明されたのが紀元前200年のこと。これは、ご存知スプリンクラーの水の代りに蒸気を噴出させるもので、その蒸気ジェットの反動で動くおもちゃであって、今の蒸気タービンのように仕事をさせるにはパワーが全く不足するものでした。ですから、下から加熱されるフラスコの中に水を入れ、上部は閉じていて横にガラス管が枝のように伸び、スプリンクラーのようにジェットが円周方向に飛ぶように先端が曲げられたものだったようです。一種の反動タービンですが、動力を取り出すことまでは考えられていなかったし、技術もなかったでしょう。
 人に代って仕事をする形態の用途、料理・調理あるいは暖房など以外に、すなわち熱を仕事に変換するという形態は、まず中国で火薬の発明があってからといえましょう。これは黒色火薬で、その材料の中の炭素分はやはり植物からの炭すなわちバイオマス。これは狼煙などの合図としてロケットのように打ち上げる方式に使われたのですが、これが遊びに発展して花火、武器に発展して鉄砲となったのはご存じの通り。これらは1100年頃からの話です。産業革命で生まれたのはご存知の通りです。仕事は仕事ですが、遊びに近い形の利用で今はやりの熱気球もこのころ生まれていました。たき火の上昇気流を利用したようなものです。それと同じく上昇気流を利用したものに、日本のまわり灯籠、中国の走馬燈があります。ローソクを使います。 今は原料は石油ですが、昔は植物のハゼの木の実を蒸して圧縮機で絞った汁を乾燥させて作る中国伝来の蝋ですから、れっきとしたバイオマスが燃料です(岐阜県では今も古川町に和蝋燭を作る店がありますし、多分各地方にも伝統的な製造法で作っているところが有るでしょう)。イギリスでは同じ気流の利用で串刺しを回転させてまんべんなく肉を焼く動力としても使われていたようですから、すでに仕事として使っていたことになります。燃料はしかし定かではありません。さて、その西洋で熱気球が飛び始めたころには、石油や石炭が使われるようになっており、だからこそ爆発的に熱機関が利用できるようになってきました。しかし、このころであっても、植物から取るガスが使われてはいました。ちょっとバイオマスの話から熱機関の話に逸れた感がありますが、そちらに興味がある人は、富塚清先生の
著書aまたはbを参考になさって下さい。


50年前の戦争中には
バイオマス利用
エンジンが使われていた!!

 日本でも、戦時中ガソリンが不足して木炭自動車が走っていたということを知っている人、実際利用した人もあると思います。どうしてもにわかづくりのものなので、単純なガス発生器から取り出したガスでは発熱量が少なくエンジンのパワーが不足し、坂道を登り切れないなどの不便があったようです。


岐阜大学でも20年前
バイオマスエンジン
を研究する先生が居た!!

 岐阜大学にも、竹内教授という農学部の動力工学の専門家が菜種油など植物油を利用したエンジンを研究しておられた。その後神戸大学へ移られてしまったのですが、共同研究をしておられた石井教授も2003年3月、定年退官された。そのころは、岐阜大学だけではなく、方々でバイオマスの利用が考えられていました。そうです、石油ショックの頃の話です。現在新しいことと考えられている、エネルギー源やエンジンの多くが、石油ショックの頃に考えられ実際に研究されているのです。たとえば、植物ばかりか動物も考えられサンマの脂はどうか、というように。サンマの油は戦争中も考えられ試されたという話があります。こういう燃料はディーゼルエンジンが対象です。あるいは焼き玉エンジン(圧縮だけでは着火しにくいとき、エンジンの中に熱源を置いておきそれにより着火を助ける、典型的なのは模型用のエンジンです)が。

20年前に豚小屋発電も有った!!

 やはり、動物を使いますが、動物の体内というより排泄物を使うもので、名古屋にある名城大学教授の二サイクルエンジンの権威者・石原教授も確か、安城の酪農家の豚小屋の排泄物から発生するメタンガスを利用したエネルギー利用を研究されていたと思います。天然ガスとかメタンハイドレートとしてメタンガス利用が新エネルギーとして話題になる一方で、最近豚小屋からのメタンガスの利用技術が再びクローズアップされはじめていますが、そのころに遡ればやはりすでに研究されていたのです。思い起こせば、1970年代に二度の石油ショックを受け、とくに資源のない日本はエネルギーセキュリティーの視点から、石油から石炭(石炭の液化)、天然ガスへ、そして原子力へ、さらには新エネルギーへという政策を打ち出し、積極的にそれらの研究を支援しました。だからと思われますが、その新エネルギーとして、バイオマスが有り、当時さかんに研究されたようです。その結果はしかし、とくにバイオマスは相手が何年もかかって育つ植物ですから、すぐには結果が出なかったのでしょう、1980年代初頭に一斉に多くのバイオマスエネルギーの著書が発行されています(たとえば、参1,参2,参3,参4)。

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立っている人の背丈は1.75m
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5月初め植えたものの8月の幹、スコップと比較してください
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 さて、メタンを燃すとエネルギーをセーブし、温暖化速度を緩めるという二重の得があります。棄てていたメタンを燃して発電するのだから、得するのはわかるけれど、温暖化とどうして関係するのでしょう?温暖化に炭酸ガスと比べものにならないほどメタンは強烈に寄与するからです。それを炭酸ガスに変えるのですから、炭酸ガスは出しても温暖化速度を低減するための貢献をすることになります。若干疑問点を挙げて煩わせることになる事実も有ります。メタンも炭酸ガスも永久に地上に残るわけではなく、いずれ何かに吸収されたり分解されたりして消えて行きます。今炭酸ガスが問題になっているのは、海や植物に自然に吸収され、固定化される速度と比べ、せっかく固定化されたものをふたたび大気中に人為的に燃焼という形で放出しているからですね。もし、メタンがそのように自然に吸収されたり、温暖化に無関係な物質に転換されるなら、炭酸ガスにした方が悪いことになります。実際には COP3 の温暖化ガスにはメタンが登録されており、燃した方が良いわけです。
 この植物や動物の持つエネルギーを見直して利用しようというのが新エネルギーと言いながら古い発想に立ち返る「バイオマス」利用技術です。もともと石油が動物の腐敗し醸成されたものとするなら、動物は最終的には植物を食べて育ったのだから、石油も石炭もバイオマスのようなもの。気候変動が問題にされているのは、何億年もかけて地球上に金星並みに有ったかもしれない炭酸ガスを地下に閉じ込めつつ酸素を供給し、今の美しい地球に人類を始めとした生命が生活を営めるようになったのに、たった200年程度の産業革命以後の人類の歴史を残すために、一気に再びそれらの炭素分を吐き出させてしまったから問題が生じたのです(全ての炭素分が石油・石炭の形で閉じ込められているわけではなく、他には珊瑚のような甲殻の形で蓄積され、石灰化して石の形すなわち石灰岩として閉じ込められています、だから珊瑚礁の破壊は一方で炭酸ガスの固定化に現在進行形で寄与していたものを壊すので、やはり地球の温暖化につながるという説もあります)。


バイオマス燃焼は、炭酸ガス発生と吸収がキャンセルする

 動物が炭酸ガスを炭素化したものを食べた結果としての排泄物から出るメタンは、温暖化に炭酸ガス以上に寄与しますから、それを燃してしまって、炭酸ガスが出たとしても温暖化防止に積極的に貢献することになります。つまり、動物が生きていることがメタンを生成して温暖化に貢献しているのです。草食動物のげっぷなどにもメタンが含まれていますが、これを回収するのは容易ではありませんね。
 一方、炭酸ガスを吸収して成長する植物としてのバイオマス利用は、炭酸ガスを増やしも減らしもしません。何故なら、植林で炭酸ガスを吸収させて育てたものを再び燃焼あるいは酸化させて炭酸ガスにする、これを繰り返す単なるエネルギー蓄積媒体として使おうというだけです。炭酸ガスや酸素は循環するだけです。エネルギーだけが流れて行きます。入り口は太陽です。出口は宇宙です。入り口では質の高いエネルギーだったものを質を落さずに一度植物に貯え、それを欲しい時に取り出そうという訳です。取り出した後は質の低いエネルギーになり、宇宙へと捨てられるのです。捨てることは敢えて人類がする必要はなく、自然に放出されます。宇宙の平均温度はマイナス270度という極寒の世界ですから、自然に冷やされるのです。バイオマスを燃しても、石炭を燃してもそれは同じ事です。
 これが可能なら、石油・石炭が無くなるからというのではなく、炭酸ガスを増やさないという立場から今からでもやれば良いのですが、問題は持続的にそれが可能かということです。ただでさえ森林の伐採により、森林面積が減少しつつあるのに、単に燃やしてしまったら地球は砂漠化し、炭酸ガス吸収源の森林が無くなっては意味がありません。つまり、伐採して燃焼させた量を植林して生育させてバランスできるかどうかにかかわります。この計算には、

  1. 地球上での全発熱量がどれだけあるか、
  2. その植物を燃したり酸化させるときにどれほどの効率で電気や仕事に変換できるか、
  3. それだけを木材でまかなったらどれだけの量が必要か、
  4. その量の木材を育てるに必要な面積はどれだけか、
  5. さらに燃すのにほどよい成長に何年かかるか、
  6. これらをシステムとして成立させるには、栽培、伐採、運搬などのエネルギー消費量は、発電量のどれだけを消費するか、

というデータが必要です。これについては、私は知識が無いので、 機械学会誌の横山氏の記事 を参照して説明を進めることにしたいのですが、その前に。 最近(1999年頃から2001年頃のこと)、草の一種ケナフも炭酸ガス吸収植物として強力な候補として考えられていますので、立ち入ってみたいと思います。方々で環境に優しい植物として歓迎され、一種のブームのようになっています。が、杉や松の5〜6倍炭酸ガス吸収能力が有るという話は全く眉唾と思います。若井研でも栽培して観察していますが、生育の最も早いときだけをとればまんざらではないものの、一年草であることから発芽からかなり長い時間は地面を隠す面積は圧倒的に少なく、太陽光は地面ばかりを照らします。夏になってやっと葉が地面を隠し、太陽光を精一杯取り込むことが可能になります。晩秋になればまた枯れて太陽が地面を照らすようになると、吸収能力が無くなります。松、杉が植林の初期段階では小さくて有効に太陽光を受ける面積が少ないのはケナフと同じですが、これらは数年かけて成長中のそれらの木の脇で苗床のように狭い場所でたくさん育てることが可能です。そしてある程度成長したら移植し、間隔を広げます。最終的に本来の樹間にするという方法が取られています。ですから一年を通して、一年草として成長段階および枯死後の期間のケナフの宿命の「無駄な面積」は、松・すぎは圧倒的に少なくすることができるのです。またケナフは生命力が強いので、生態系を狂わすという理由で否定的な見解を示している著書も有ります。私は、むしろ生命力を繁殖力と読み替えればしっかりしているのかもしれないけれど、成長してからはあまりよろしくないという印象も持っています。根が浅いわりに背が高く、風に全く弱いのです。生命力が強いという表現は実はこのことから来ているのかもしれません。草のくせに、太い茎でまるで木のようです。これで根がしっかりしていたら、風で茎が折れてしまいます。だから根を浅くしておいて風で倒されても、茎は折れないよう根が土からむき出しに簡単になるのかもしれません。どこかの小学校の生徒さんたちが植木鉢で育ててゆく記録がホームページに連載されていましたが、やはり倒れやすいと書いてあり、また成長もそれほど早くないと書いてありました。私の研究室までの土地に植えたケナフは、田圃に植えたものと比較すると全くひ弱で葉数も少なければ茎も痩せ細く、背も低いのです。つまり、土壌への依存度が高く、どこでも育つということではありません。
 さて横山氏の記事に入りましょう。上記の成長速度の観点から、横山氏はユーカリまたはポプラが良いとしておられます。これらは6年周期で伐採でき、トータルとして9万ha(日本の耕地面積の50分の1 程度)で 20万kWの発電所程度になります。2001年2月に、岐阜大学流域環境センターの秋山教授による、二酸化炭素のバイオマス吸収に関する新聞記事が出ましたが、それによれば、1ha で 2tonとなっています。炭は 40MJ/kg程度の発熱量があります。これを燃焼させて効率20%で電気に変換できるとすると、2.5kW/haになります。この計算はしかし、二酸化炭素の固定量のみを考えていますが、木質はセルロースなど水素分も含んでいますから、4kW/ha程度になると考えられます。秋山教授の見解は、それでも意外に少ないとなっています。非常に成長の良い樹木は25〜30ton/ha/year というデータもあります。この場合の発熱量は20MJ/kg程度です。それで計算すると、25-30kW/haとなります。少ないとの見解の秋山教授の結果でも横山氏の計算(2.2kW/ha)よりかなりよく、生長の早い樹木ならもっと良くなります。横山氏は成長の早い樹木を念頭に計算しているのですが、伐採から運搬までに要するであろうエネルギーロスを考慮している分も考慮すべきでしょう。その横山氏の結果では、一年では10億kWh になるのですが、日本の総発電量は10,000億kwh だったのを覚えていますか? 太陽光発電の項で述べたことを思い出してください。
 一方、普及段階の太陽電池の変換効率は 10%程度で日照率を考えると、17W/uでしたね。つまり、170kW/haです。バイオマスは太陽光発電の1/40〜1/6程度ということです。


日本の総エネルギー需要をバイオマスで賄うためには国土面積の4倍に植林が必要 !!

(用いるデータによっては、この半分、つまり国土面積の2倍という計算にもなりえます)
 日本全体の電力需要をバイオマスだけであがなおうとすると、この千倍つまり9000万ha の植林が必要です。日本の林野面積は、2500万ha ですからその 4倍、総面積でも3370万ha ですから、3分の 1にしかならないということです。ましてや、ほかのエネルギー源をもバイオマスで賄おうなどという話は全く通らないということです。
 それなら、中国は国土が広いから、これからエネルギーが不足するのだから今からバイオマスで準備したら良いのでは、と思うかも知れませんね。中国は人口も多いので、その通りには行きません。人口密度128人/km2 は、日本の337人/km2 の3倍あるので全ての土地を利用すれば、日本の現在と同じ電気利用ができる計算です。ところが、中国の土地の1/3 は砂漠などの不毛の地です。

中国も日本並の生活をするなら、国土の半分に植林が必要 !!

だから、植林・伐採面積は半分使ってしまいます。日本もそうですが、14%しかないとはいえ中国の山脈は非常に険しく、前人未踏の地もまだまだ広大に残っているわけですから、そういうところに植林・伐採地を求めるというバイオマスの夢は見られないわけです。40%も有る牧場・牧草地で育ち、採算の合う種類があれば、可能な話ですね。
 もう一つの人口大国インドはどうでしょう。285人/km2 ですから、日本とあまり変わりません。農地と森林で75% を占め、とくに農地が50%以上有るから、ここを植林すれば良いと考えたいですね。

インドも耕地に植林しないと、日本並にはなれない !! 農業従事者は職を失う !!

でも、現在の農民一人当たりの耕地面積は上記3国で最も少なく0.7ha(狭い日本の場合1.3haですが、それ以上に農業従事者が少ないことによります)ですから、エネルギーは生産できたけれど飢えが残ったということになります。この点中国は大丈夫かというと、中国は上述のように牧場・牧草地が多く、耕地面積は10%(1人当たりの耕地面積は1ha)ですから、食料に不足することにはなりにくいでしょう。


いえいえ、遺伝子操作による光合成効率抜群の植物を作れば良いのでは?

 そうですね。怖い話ですね。一つ間違えば、それが単体ではちょっとだけ人類や環境に悪い、あるいは良い影響を与えても、大量に出回ると想像だにしなかったことが起こり得ます。この「光合成工場」では、大量のバクテリアのようなものが光合成をするとします。それが閉じた空間に閉じこめられているなら、問題は起こらないでしょう。コントロールが利きますから。これがたとえ少々でも漏れたとします。最初は誰も気づきませんね、それが少々外で繁殖しても人類に影響を与え、漏れたことが検知されるまでは。しかし、風に乗り、水に流されて拡散し、それぞれのところで繁殖を始めたとするとこれは制御できそうにありません。エネルギーとして使うためには、光合成したものを燃すなり化学反応で別の物質に変えるわけだから、あっという間に成長する遺伝子操作もされた生物のはずです。効率よい光合成で栄養とエネルギーを吸収しつつ、まわりにある植物の何倍もの速さで生育すれば、ほかの植物はあっという間に栄養をそちらに奪われ、また光も取られて成長できないわけです。食物のための稲・麦とて同じ運命にさらされるわけです。この話は、そんな植物が遺伝子操作などで作ることができてしかも管理ができずに漏れたとき、そういう繁殖力が有る、という想像の話です。どこかで聞いたような話だと思いませんか?原子力発電のようですね。原子力と違って、植物単体では何の危険性も無さそうなのに、その生命力、繁殖力が強くなければバイオエナジーとして価値がない、だからそれを与えるとなると、漏れた場合にはそれ自体が増殖するため非常に危険なわけです。閉じこめておけば良いのですが、人間のやることですから、JCO のようなことがもっともっと圧倒的に高い確率で発生する。なぜなら、植物である以上、空気(この中に炭酸ガスが含まれているのだから)と水を与えなくてはならない、光は窓ガラスを通すとしても。その圧倒的に大量の空気と水をどうやってフィルタリングするか、とてもできそうも無い話です。すくなくとも、環境保護団体の圧倒的な反対運動が起きそうです。
 上記、太陽電池の項で述べたように、それ一つで全てを賄おうとすると無理が有るのですが、種々の可能性のあるものを総合して行けば、全体としては満足する量になる可能性はあります。
 さて、このバイオマスは同じ太陽エネルギーを源とする、面積を必要とするということで太陽電池と似ていますが、決定的に違うことがあります。バイオマスはエネルギー蓄積型だし、太陽電池は直接発電型です。だからバイオマスは太陽電池で大問題であった、夜間とか雨季に強いのです。揚水発電所や電気化学的な蓄電池を用意する必要はありません。ということは、昼は直接発電型を使い、太陽が照らないときにバイオマスを使うという双補的な使い方ができるのです。必要な蓄電設備を減らすことができるわけです。


動物由来のバイオマスエネルギーの可能性は?

 日本で、家畜として飼育されている牛、豚、鶏の排泄物がその対象でしょう。それらの排泄物から1m3のメタンを取り出すには、以下のような数が必要です。

 
乳用牛肉用牛採卵鶏ブロイラー
メタン1m3発生に必要な数,排泄物量1頭 :30kg 4頭 : 30kg120羽 : 12kg15〜30人
国内飼育数1,765,0002,823,0009,805,000187,379,00010,879,000125,000,000
発熱量(TJ/day)78.5125.6121.669.540.3370〜185
発電量(GW)0.30.490.470.270.161.43〜0.71
飼育数は農林水産省「畜産物流統計」より引用

 上記計算で、発電効率は 33%としました。ガスエンジンで発電とする場合は、非常にひいき目の効率になります。これを燃料電池に入れても似たような発電になるでしょう。
 さて、この表を見て驚くことが有りませんか??

人間の排泄物は原発一基分の能力が有るのです

 バイオマスとして人間も十分役立つのですよ。最近の原発一基分です。現在の太陽光発電設備容量を大きく上回りますし、ましてや日照率を考えたら、人間の排泄物の賦損量は多いに期待できますね。何よりも、数がものを言うわけです。そうはいえ、いくらバイオマス時代であっても、いくら原発一基棄てることができるとしても、水洗トイレを棄てる覚悟はできませんね。
 動物に限ってみると、牛で0.79GW、豚で0.47GW、鶏で0.43GW、合計 1.69GWとなります。原発 1.5基分です。酪農の盛んなのは、北海道、茨城、千葉、鹿児島などです。北海道では、乳牛の排泄物で発電するプロジェクトが開始しています。


4.風力

風力発電に関する国際組織 WWEAのデータ参照。

 風力も、人類としては随分昔から利用していましたね。まず舟を動かすのに使ったと思われます。日本でも帆掛け舟として有名ですが、蒸気機関が発明される前は世界でも、帆船が7つの海を駆け巡っていました。岐阜大学の近くを流れる長良川でも第二次世界大戦が終わってしばらく後(昭和30年代後半)でも見られました。もちろん、スポーツ競技としてあるいは趣味としてのヨットも風力利用。実は、最近あまり話題にならなくなってしまいましたが、最新鋭の船に帆をかけて風の良い条件では火力を使うエンジンの補助とし、燃費を節約するタイプの船(タンカー)が建造されたこともあります。1980年代前半のことだったと思います(この話が 02年、ある企業でこの研究を始めるというので、80年代にやっていたのに何が変わるのかと問うと、良く知らないから担当者に聞いて返事するということになった、しかし、その後その連絡を受けていない、造船だから大企業の話)。日本ではあまり陸上で安定して強い風が吹かないせいか、風車が古い昔から使われていたことは無いようですが、風車の絵を見ればオランダと思うほどオランダの風車は有名ですね。これの使用目的は、粉ひき (Wind Mill) でした。今、風力・・といえば発電のことを言うと思っても良いほどですね。その発電に
風力がはじめて使われたのは、1891年、デンマークでのことのようです。この風車の形は、効率的にみると完成品からは程遠く、現代の風車は空気力学や計算機によるシミュレーション技術を駆使して、せっかくの風のエネルギーを最大限引き出せる設計がされるようになってきています。そのおかげで、安定して強い風が吹くカリフォルニア州では、総発電量の2%までが風力に依存するようになっています。そのほか、デンマークやドイツでも風力発電技術が進んでおり、日本でもその取り組みが進められ、北海道東北や、 三重県久居市 など風が強い地域では大出力の風車が発電を始めています。

SailShip
オーストリアにて 鹿児島県・錦江ホテル向かい 鹿児島県・アグリパーク(左は開聞岳)


 残念ながら、日本のメーカーは欧米のメーカーにこの分野で大きく立ち後れました。一方、これらの発電はそのまま発電したものを個人やその団体で使おうとしても、余剰電力を蓄える設備まで用意していては採算が合わないので、電力会社に売電することになる。電力自由化で、売電が認められるようになったことが風力発電(太陽光発電もある程度恩恵があるが、一般に太陽光発電は蓄電設備を備えている)を設置する意欲を高めました。99年の前半にはブームのように地方自治体や企業が設置したり計画したりしました。
 ところが、99年は不景気感が長期化している中にあり、企業の生産活動が低迷、夏の暑さも例年より低かったこともあり、電気消費量は自ずと昨年より減少、結局北電では買電契約を途中でやめることとなったのです。これは北海道での風力発電意欲を削ぐ形になったであろうと思われます。他も同様の電気余り状態に陥り、電力小売りが可能となった 2000年では各電力会社は設備投資を控える状況になり、原発すら新規立地は努力する意欲が削がれてしまった。ましてや風力をや、という状況にある。もちろん欧米では風力への意欲は衰えていないばかりか 加速気味でもあるのです。EU では、それでも10%そこそこをねらい所としており、風力は主力には当然なり得ないです。日本でも、土地問題、騒音問題を度外視すれば現在の電力消費量の7%ぐらいは賄えるという試算があります。それらが電力供給源の主力になる可能性が全く無いというわけではありません、それは人々の生活レベルを1/5から一桁下げたときです。これは皮肉で言っているのではありません。太陽電池の項でも力説したとおり、化石燃料は何億年とかけて太陽エネルギー+CO2→植物→枯死→炭化→石炭、あるいは太陽エネルギー+CO2→植物→動物→腐敗→自然醸成→石油という形で蓄積された尊い化石燃料を、いかに暴若無人にわずか 100年程度で使い果たそうとしているかということの警鐘だ、ということを認識すべきだと主張したいのです。
 詳しくは、もう少し時間をかけてまとめてみたいと思います。なお、21世紀の幕開けの 2001年時点での風力発電の最近について、セミナーが開催予定されています。
 これも、結局は太陽電池以上にあなたまかせ、風任せになります。したがって、これだけで賄おうとすれば蓄電設備が必要になるのです。 時間を見て、今どの地方に風力発電が設置され、計画されているか、まとめてみたいと思います。ぐんぐん伸びては居ます。これも太陽光発電のように、ぐんぐん伸びるときは有るけれど、いずれ頭打ちになります。その限界が化石や核エネルギーに対しどのレベルに落ち着くかが問題です。私自身はそれはあまり高いレベルにはなり得ないと残念ながら思っています。

5.波力

 波力発電も、石油ショックの頃は多くの研究者が予算をもらって研究しましたが、今はその数は減りました。結局波力のエネルギーは世界中を見渡せば膨大であっても、いざ日本の沿岸で取り出そうとすると採算が合うような場所がそれほどには無いのです。でも、今でも研究はされています。むしろ、代替エネルギーとしてというより、洋上だから電力の供給は難しいが波は十分にあるというところで小型の波力発電をさせ、電力を供給しようというもので、前述のオランダフィリップス社がリバイバルさせたスターリングエンジン復活の動機とよく似ています。ただ、洋上ということでは太陽エネルギーがふんだんに降り注ぎそうで、それなら太陽電池の方が効率が良いと思われます。波力は水の力ですが、水の中で水車を回すと言うより、波の上下を利用した空気の力に変えて風車を動かして動力を発生させる方式が採用されていますが、いずれにしても回転する機械を使います。それと比べ、太陽光発電は機械部分が無いので、海のようなところでは故障が少なく、メインテナンスフリーを期待する場所だけに、太陽光発電が有利かな、というわけです。しかし、潮を被れば太陽電池も性能が落ちるでしょうし、メインテナンスフリーとは言えませんね。どちらが有利かは、しばらくは設置する人が判断する以外に無いのかも知れません。

6.潮汐力

 鳴門の渦潮で有名ですが、太陽と月と地球の位置関係で発生する相互の引力の方向に海水が移動しようとする時、流れが発生する、その流れを利用して水車を回そうということで、波力発電より非常に周期が長いけれど、水の流れる方向が水車を固定して置いた時には変化する、時には流れが止まるということで、それに見合うような水車すなわち羽根の形状を設計することが重点です。そういう意味では、風力発電用のプロペラと条件は似ています。もちろん、空気と水では密度が全く違うので形状も相当に違います。これは石油ショック以前からすでにそのエネルギーの大きさに目を付けられて、そういう水車が開発されていましたから、日本というよりむしろその潮汐による海水の高さの差が大きく出るところですでに実用化はされています。


7.海洋温度・濃度差



熱機関は理論的にはわずかな温度差の熱源間を移動する熱を利用して実現可能

 熱を利用したエンジンは、どれも温度の高いところから低いところへ熱を移動させる時に上手に仕事に変換させ、ときには発電機を回して変換させるものです。理屈の上では、だから1度でも温度差があれば熱機関は動きます。最も巧妙なのは、日本人の町の発明家による、平和の鳥(水飲み鳥とも言われている)があります。

平和の鳥(水のみ鳥)は、最も温度差が低くて動く奇跡の熱機関
本当はしかし仕事をしないので熱機関とは言えない

これは、乾湿球の温度差で動く実に効率の良いエンジンです。ただ、エンジンといっても、摩擦に打ち勝つだけで仕事を使い果たすので外に有効に仕事を取り出しているわけではないので、正確にはエンジンとはいえません。でも、晴れた湿度の低い日には非常に良く動くので、仕掛けを考えれば結構な仕事を取り出せると思います(話は逸れますが、この鳥が動く理由について解説した本がガモフ全集などいくつか出ていますが、いずれもエーテルあるいは代替品の作動流体の蒸気圧を巧みに利用していると述べています、でも実はそれだけでは無いのです、もう一つ物理学的な液体の重要な性質を巧みに利用して動いているのです)。


赤道近くでの海表面温度と深海の間には数十度の温度差

 海の底は温度が南北でそれほど変わりませんが、海面は赤道と極地方では大きな差があります。これも、石油ショックの頃から研究されているテーマですが、赤道近くの海面と深海の間での数十度の温度差で発電を使用というプロジェクトがあります。日本では佐賀大学の上原先生が長い年月件キュを重ねて来られ、世界的な権威者です。冷凍機やエアコンの逆を行くと考えてもらえば良いのですが、エアコンは数十度の温度差のある室外と室内の間を熱移動させるのに電気エネルギーを使っていたのですが、その逆が全く完全に行えるとすれば、わずか数十度の温度差を使って電気を起こすことができるはずです。

温度差が低いので取り出せるエネルギーが少なく、逆に莫大な量の水を必要とする

ただ、持っているエネルギーは温度差に質量をかけたものですから、数百度から千数百度の温度差を利用する通常の熱機関と比べて、水の流量、熱機関の中で作動しているガスの流量は十倍から百倍を必要とすることになります。だからと言ってパイプラインを太くすると不経済だし、流速を上げると圧力損失が増えます。熱源である冷水を大量に海底から汲み上げて、作動流体であるアンモニアなどに熱を受け渡す面積も、蒸気タービン発電所のボイラーに相当するのですが、圧倒的に大きな面積を必要とします。つまり、同じ発電量を得るには、設備が数十倍から数百倍の大きさになりかねないということになります。ということで、エネルギー源は大量にある(結局もとは太陽エネルギー)のですが、やはり質が低いわけでそれを回収するには並大抵の技術ではないわけです。発電したとして、それは赤道近くですから、どうやってその電力を遠隔の人口密集地まで運ぶかも問題として残ります。海水温はそこに只で落ちているのですから、建設費と維持費がどれだけかかるかという計算でこれが採算に合うか合わないかということになります。上述、佐賀大学上原教授のグループが実証実験を進めている。



濃度差発電って何ですか ?

 濃度差発電は、前東工大教授の一色先生が考えられたのが最初だと思います。濃硫酸に水を混ぜれると温度が上がって危険だから、水に濃硫酸を混ぜるようにしなさいという話を、中学か高校の理科の実験で習ったと思います。この原理を利用します。

結局、温度差を利用した熱機関を使います

このように混合すると発熱する二種の溶液を徐々に混合して、その発熱量をとりだしてエンジンを回すというものです。このときの到達温度は水の沸点にもなりうるので、海洋温度差発電より温度差は高く、技術的には楽なのです。一度混ざった二種の溶液はたとえば、濃硫酸に混ぜた水なら、日に干して水分を蒸発させて濃硫酸に戻せるということで、太陽エネルギー利用になります。一色先生はこのようにして実際エンジンが動くことを石油ショックの頃、東工大のキャンパスを使って模型を走らせ、テレビでデモンストレーションしておられました。これを大きくすれば、発電所が確かにできます。


8.地熱

山川地熱発電所
鹿児島県山川町地熱発電所






 これは、既に実用化されています。もともとのエネルギー源は、地球ができるとき、もととなる物質が相互に引力を及ぼして一つになった、つまり宇宙にあった根元物質の位置エネルギー。また、潮汐エネルギーと同じく、
太陽と月の位置エネルギーにより暖められている という説もあります。地中にある、核分裂により暖まりつつあるという説もあります。ともかく、日本やイタリアは工業先進国でありながら、火山国ですから、地熱には恵まれているはずです。技術もあるのだから地熱発電所はふんだんに有って良いはずです。ところが実はそうではなく、日本は火山国・地震国と言う割に地熱発電量は少ないのです。採算に合う発電所を作るには、600度程度以上の蒸気が必要ですが、そういう蒸気を継続的に作れる熱源がそれほど立地条件の良いところに無いのです。良いところは、温泉や国立公園がすでに占めていて、開発が制限されているから本来の賦存量を利用できないと言う話も聞きます。これについても、今後きちんとまとめる予定です。


9.核融合

  これについて知りたい人は、 5章 2.核融合発電 に戻って下さい。





10.ごみ発電

 ごみも一種の立派な新エネルギーですね。以下は雑誌エネルギーのデータを表にしたものです。



 この表から、すべてのごみ発電量がまだ一基の火力、あるいは原発の発電量に達していないことがわかります。やはり、ごみ発電も他の新エネルギー同様に薄いということがわかりますね。ごみ発電はしかし、ごみの容量を少なくするためにも価値有るものですから、これからも増え続けるでしょう。これも徐々にまとめる予定です。

11.コージェネ
(若井研も関係した研究実施中)


棄てていた熱を有効に使う技術です 自動車では大昔からコージェネ !!

 熱併給発電のこと。第1章で示したように、発電所で使われている蒸気タービンは熱効率が今まではほぼ 40%止まり、これから出てくるものも40〜50% 程度、下記のコンバインドサイクルが相当研究開発が進んで、50〜55% 程度と思われる。ということは、残りのほぼ半分以上は原子力(これは常識的にはコンバインドサイクルは無理なこと、さらに現在使われている軽水炉では蒸気温度の限界が低いので効率は 30%台と火力よりずっと低い)にせよ火力にせよ、発熱しただけで棄てられる。この熱がもったいないし、機械エネルギー(車を走らせたり、ジェット機を飛ばしたり)や電気エネルギーにはこれだけしか変えられないとするなら、棄てる部分は熱として使えば良いではないか、という発想。これは、数十年前からすでにロシア(旧ソ連)やヨーロッパの北国では進められていたこと。日本でも札幌オリンピックあたりに「地域暖房」ということで発電所の排熱を使うシステムが構築され始めた。東京のど真ん中でも新しいビルは、採算が合うので導入するようになっていました。発電所のような立派なおおがかりな施設ではやっていなかったけれど、実はもっとこじんまりした設備ではあたりまえのようにやっていたことです。そう、自動車の暖房。まぎれもなくエンジンの排熱利用です。

電気は送りやすいが、熱は送りにくく、普及しなかった

でも、発電所は一般に都市部から遠いため、熱を輸送する配管を敷設するのが不経済、しかも湯温が下がっては意味が無い、ということで今までは棄てられていたのです。たとえば、


ガスエンジンの性能が上がったのも、一役買っている

 メタンガス自動車(天然ガス自動車)が話題になっていますが、排気がガソリン車より清浄であること、同じ出力では炭酸ガス放出量が少ないということが環境保全が叫ばれる時代にマッチするといううたい文句だからです。自動車用より少し大きな規模の場合、最近はガスエンジンをミラーサイクル化脚注することで熱効率が40%を超え、50%近くになってきて、火力発電所の熱効率を上回る上に、火力発電所から送電されてくる場合は送電ロスが発生するけれど、コージェネは発電してそこで使うのだから送電ロスがありません。コンパクトで安定でメインテナンスはほとんどフリーになり、しかも負荷応答(電気をたくさん欲しいときと少しで良いときにエンジンが対応すること)には蒸気タービンよりうまく対応できます(小回りが利く、これは自動車技術で完全に確立されている)。また、余剰電力は電力会社に売ることができるようになってきました。そのうえ、排熱利用のための配管を延々と引かなくても、その施設の中で済む、ということでだんだん企業単位や病院あるいは図書館などの公共施設でも使われるようになってきました。ディーゼルエンジンも大きいものは熱効率が 50%を超えています。排気問題が大きいですが、これはとくに自動車用で発生します。負荷変動(要求される回転数、また平地をゆっくり走るときは力が少しで良いのに対し、坂道を上ったり、急に加速したりするときは大変大きな力を要求されます、こういう力の大小変化を負荷変動と言います)範囲が広く、すべてに良い燃焼をさせることが難しいのです。詳細は7章の環境対策型エンジンのディーゼルエンジンの項をご覧ください。コージェネレーションのように回転数は一定という条件ではそうした問題は楽になりますし、燃料は灯油がほとんど軽油と同じである一方軽油にかけられている軽油引き取り税はかからないので燃料代が安いし、灯油は家庭用暖房燃料としてインフラも十分整っているし、燃費はガソリンエンジンより良いなどの条件から今でもかなりコージェネエンジンとして普及しています。が、街で使うことが多いので、車より煤と NOx 量はずっと少ないとはいえ、それらの排出量が減少すれば、さらに優位に立てます。オットー式(火花点火式)ガスエンジンは、スパークプラグはどうしても寿命が短く、メインテナンスフリーではないのです。
 若井研でもガスエンジンの効率を高めつつ排気を汚しにくい方法を研究しています。


ガスパイプラインの容量は、すでに十分

そのうえ、ガス供給のための配管は既にあるというのがガス会社の宣伝文句。つまり、ガスの配管容量は冬の暖房時に合わせてあります。現在、夏の冷房の時期は圧倒的に配管に余裕があります。このガス管を利用して冷房してもらえば、夏のピーク時電力カットで企業も強制的に休みを作る必要が無くなります。ガス会社も、夏も十分収入が上がる計算なのです。もちろん、これからコージェネが圧倒的に普及して、家庭も企業も電力会社から電気を買わないほどにガスを使うようになれば、ガス管を増設しなくてはならないのは当然です。でも、それほどガスを使ってくれれば、ガス会社は喜んでそうすると思います。

さらに、ガスヒーポン、吸収式ガス冷凍機の高性能化が拍車をかける

 上述の計算は、ガスによる冷房装置が使えるようになると、一層効果的です。つまり、夏は熱湯より冷たい空気が欲しい。普通に考えると、冷房には電気が必要。電力会社がピーク時カットで電気を供給してくれない分、ガスエンジンで自家発電し、エアコンを動かすというのでもコージェネの恩恵には浴したことになります。天然ガス(都市ガス)ばかりでなく、プロパンガス(LPG)でもそういうものを作る会社が出てきています。プロパンガスはもともと多くのタクシーが燃料として使っていましたからエンジン技術としては確立していたのですが、これをコージェネとして使おうというわけです。やはりガソリンにかかる揮発油税がかかりませんから燃料代を安くすることができます。いずれもガスエンジンで発電してその電力で電動ヒートポンプ式エアコンを動かし、一方排熱では風呂の湯が只同然に使えるというわけです。
 天然ガス、LPGは税金がかからないから、安いから、という表現は実はこのページにふさわしい表現ではありません。本来必要なのは、エネルギーをどう使うかであって、お金をどう使うかではないからです。でも、普及ということを考えるとどうしても、経済的な視点が支配的ですから、説明としてはどうしても出てきてしまうのでお許し下さい。
 一方、吸収式ガス冷凍機という大変にありがたいものがあって、これはガスを燃すことで物を冷やすことのできる、ちょっと考えると不思議な装置です。熱したら、冷めるというのですから。「北風と太陽」みたいな話です。大規模なものなら今までも有ったのですが、自家用となるとなかなか経済的に見合わなかった。ところが最近はガス機器メーカもガスを使ってもらうために開発に乗り出して、小型で安いものを作ることができるようになったのです。今は、ご飯を炊くガス炊飯器同様に、わざわざガスを燃して冷房するのですが、ガスエンジンの排熱を使っても同じことができるので、エンジンの出力で発電し、排気管からは熱を取ってそれでガスエアコンを動かして冷房することが可能になってきたのです。こうなれば、冷房・暖房は今まではケチって使っていたのが、どうせ余って棄てる熱で冷暖房するのだから、遠慮はいらなくなるのです。'94,'95年の夏は堪えられない暑さでした。'98年の夏は比較的楽とは言え、やはり蒸し暑い我慢できない日がたくさんありました。こういう日も、別に電気代がかかるから、冷房は無しとか、夜寝苦しいけど我慢我慢、とかいうことは必要なくなるのです。ということで、冬の暖房・夏の冷房が排熱でできるようになり、余った熱を生かすための設備投資分をあとで取り返して有り余る時代が来たのです。

ガスエンジンに負けず、ガスタービンもコジェネ用に開発競争時代

 ガスエンジンがそんなに儲けることができるならと、ガスタービンも高効率化が図られています。ガスタービンは今までは熱効率が悪い、負荷応答が遅い (非常に高速回転しているため、回転が落ちるのに時間がかかる) ということで、小型で高出力を売り物にするジェット機やヘリコプターなどに積極的に使われていたのですが、自動車などには不向きでした。たとえば、昭和 40〜50年代の公害問題がクローズアップされた頃、ガスタービンの排気は自動車エンジンと比較にならないほど清浄だったため自動車積載用として考えられたにもかかわらず、負荷応答が難しいからということで、高速道路でその長所を生かそうと試験的には走行したのですが、結局本格的に採用されることはありませんでした(岐阜大学機械科の皆さんだけに話したいのですが、先代の高橋和先生の卒業生である大先輩にガスタービンを利用する技術にとりつかれた方が有って、卒業してしばらくしたら日本では駄目だとアメリカに渡り、十分勉強してから日本に戻られた、その方がその昭和50年代に高橋先生に自分の会社の見学に誘われたそうです、高橋先生が駅に着くと迎えの乗用車らしきものがない、それで何で会社に案内してくれるのかと思ったら、そこに止まっているバスに乗れとのこと、乗ってみたらそれはその会社が開発したガスタービンをエンジンに備えたものであった、高橋先生にわざわざそれに乗ってもらいたくてガスタービンバスで駅まで迎えに来たという話です、これは高橋先生から直に聞いた話です、この方は今もマイクロスタービン開発に従事されているはずです、そしてその息子さんもマイクロガスタービン利用のコージェネ発電の研究が大学院でのテーマだったそうです)。自動車用として、動力そのものの発生にはほとんど使われていないのですが、その技術は実はご存じのターボチャージャーとして生きています。さて話を元に戻して、最近は熱効率を左右する燃焼温度を、ガスタービンの羽根(ブレードと言います)を冷却する技術が進み、相当高くすることができるようになり、また計算機による流体力学的な検討が詳細にできるようになってきたため、熱効率が飛躍的に上がってきています。実はそういうガスタービンは高価ですから、航空用や発電所などに使われるものに採用されています。もう少し規模の小さいものはマイクロガスタービンとして開発されています。小型でいわゆるブレードタイプではなく、インペラーと呼んでいる回転翼を用いるガスタービン(ターボチャージャーはこのタイプ、大型の場合、ガスは軸方向に流れるのですが、小型は半径方向に流れます)も、一層形状が難しいのですがコンピュータによる流体解析が精度良くできるようになり、効率が上がってきています。種々のガスタービンが作られ、ガスエンジンより相当にコンパクトでメインテナンスもガスエンジン以上に不要なため、大きな工場から図書館とか、会社のビル程度の規模など向けに開発が進められています。やはり、ガスタービンも排熱を出す(熱効率が 100% でないかぎり当然のことです)ので、コージェネに使えます。だからこそ、商品価値が有るのです。メーカはそれをうたい文句にしています。ガスタービンがたとえガスエンジンより熱効率が悪くても、したがって電気に変換する能力が落ちても、結局ガスタービンの排熱を考慮すれば総合熱利用率は落ちないから、いかに熱を使ってもらうかということに、コージェネ用ガスタービンの商品価値は依存することになるのです。ガスタービンは熱効率が良くないというのが常識でしたが、最近は 35%を上回る商品も出ています。

燃料電池もコージェネ向き

 燃料電池は、後ろの方の燃料電池の節で述べますが、温度が高いところで発電します(PEM タイプはそれほど高温とは言えませんが)し、熱効率は現在のガスエンジンや上記発電所より高いものが作れるようになってきていますが、当然 100% より相当低いですから、結局熱を棄てなくてはなりません。ということで、排熱をコージェネに使えば総合熱利用率は上昇することになります。そこから出てくるガスは1000度に迫るタイプもありますし、相当量になります。でも、その高温をそのまま使うというわけには行かないので、結局温度を下げて使うことになるでしょう。コージェネと言っても、普通は工場とかビルとかある規模の集団の熱・電併給システムですから、熱を供給するためには温度を下げなくてはならない、結局はお湯の温度で供給することになるでしょう。

総合熱利用率=80%程度とは 熱機関の熱効率の 2.5倍>エネルギー資源の寿命は100年大丈夫!!?

 さて、その(本稿すなわち第6章を書き上げたころの) 98年頃、総合熱効率 = 80%という広告がエネルギー関係の雑誌などによく見られました。とすると、今までの発電所では 35%程度だったのだから、総合熱効率だの総合熱利用率だのが 80%になったと言うのだから、2-2.5倍寿命が延びたと思いたいですね。化石燃料の寿命が 2.5倍伸びるとも書いてはあるわけでありませんが、ちょっと知っている人だと、石炭を除く化石燃料の資源の寿命は 100年になるに相当すると計算したくなるような記述なのです。そういう誤解を誘導しそうな記述なのに、コージェネのうまみを紹介するメーカのパンフレットがそこまでの省エネにはならないことをきちんと説明しないのは、立場上当然(本当はしかし親切ではありませんね)としても、一般の解説本にもあまり記述が無いのは不思議です。最近はそういう眉唾な宣伝は減ったようにも思いますが。さらに、発電効率を敢えて明記するようになったので、98年頃のように私が一生懸命にならなくても良くなったとは言えます。

コージェネはバラ色では無い!!

 たとえば、発電所の電気の場合、熱としてウランや石油を燃して、その1/3 をありがたく電気として使い、残りの 2/3 の熱をほとんどの人が知らないまま棄てられていることを既に理解していただいていますね。コージェネがこれを使おうというのですし。それでは、この 2/3 の熱を使って 20度の熱を 100度にするとしたら、どれだけの水を暖めることができるか、想像できますか? もう少し問題を簡単にしましょう。日本人一人当たりの石油換算したエネルギー消費量は年間、約3.5ton です。とくに料理に明るい人は、脂肪分が 1gあたりに 9kcal の発熱量を持つことを知っていますね。だから脂肪分を取りすぎないようにと習っています。私も、小学校か中学で、脂肪は 9kcal、炭水化物とタンパク質は 4kcal と習ったのを今も覚えています。石油は脂肪に相当しますし、食品より不燃性分が少ないので、発熱量が高く、 11〜13kcal/g です。これを 11として計算します。また発熱量のうち 40% が電気や自動車の推進力に使われたとして、残り 60%がお湯を作ったとしましょう。すると、驚くことに一人一日当たり 1.3tonの水を沸騰水として得られるのです。

毎日、一人平均 1300リットルの熱湯が使える!!

国民一人一人がこれだけの量で100度という温度のお湯を使えるのです。家族4人なら 5ton(5000リットル)の水です。一体全体、こんな大量のお湯をだれが使ってくれるでしょう? 蓄えることも大変ですね。ともかく毎日毎日これだけの熱湯が川の水のように各家庭に配られるのです。そんな世の中、想像がつきますか?
 これは、結局各家庭が 3.5tonの石油を燃しているのではなく、産業や輸送に使う分が多く、それらをも平均しているからにすぎません。でも、産業分野で使う熱は電気などと比べて多くはなく、それらの熱はやはり棄てることになります。いや実際は大量に熱を使っているのですが、こうした排熱では間に合わない高温のものを使っているのです。溶鉱炉などがその典型です。また自動車の排気熱を家庭に引くなどできないですね。輸送でも鉄道については発電所で燃料を燃していますから、熱水用配管がなされれば利用可能かもしれません。


それなら各家庭では現在、どれぐらい熱を利用しているのですか?

 グラフ を見ていただければわかります(家庭部門は、自家用車など運輸省当部分を除いています)が、相当熱を必要としてますね。同時に、民生部門のうち、事務所(企業の管理部門のビルなど)やホテル、デパート、レストランなど(第三次産業)の業務部門についても並べて示しました。電気などのエネルギーと比べれば、熱の方がかなり多いということです。ということは、こういうところなら熱機関や燃料電池の排熱で賄えば、バランスできそうということになります。

民生部門・エネルギー消費内訳(1995, エネルギー'97より)
家庭部門 動力・照明 厨房 給湯 暖房 冷房
業務部門 動力・照明 厨房 給湯 暖房 冷房

 ただし、手放しで安心という訳には行きません。電気や動力を必要とする時間帯と、料理で火を必要とする時間帯、風呂のお湯が必要な時間帯、あるいは冷暖房の時間帯が一致するとは言えないからです。必然的に蓄熱する場所と媒質が必要なのです。たとえば、エネルギーの大半は実際は冬の暖房と給湯に使われそうですから、夏の動力・照明でエンジンを回して棄てた排熱により100度のお湯を作って冬まで蓄えることが可能かということです。冬の間のお風呂の湯を全て夏作っておくことが可能なら、おそらく今でもどこかでやっているはずですね。さらに、厨房での温度はお風呂の温度とは違います。温度の違う蓄熱場所と方法を考えると一層複雑なシステムになるので、なるべく高温で熱を蓄えておくことにすれば、蓄熱の空間的にも効率的のように思われます。たとえば、地下に大きな石を大量に、しかしがらがらに敷いて、その周囲は徹底的に断熱を施しておく。そこへ排熱を送り込んで温度を上げる。しかし、こうしても温度が下がってくると厨房には使えない、というような事態が発生するので、温度を上げ下げするためには、その蓄熱体をブロック割りして、順に使うことにしなくてはなりません。こうなると、システムはさらに複雑化してしまいます。年間をならしてしまったグラフで、単純に動力・照明というエネルギーと他の熱としてのエネルギー消費量を比較するとなんだか可能のように見えても、実はうまく機能するようにシステムアップするのは大変なことがわかりますね。
 それなら、使える分だけ使って残りは今まで通り棄てれば良いのでは?と思いますね。無駄に棄てていた排熱を回収する分だけは得なんだから、必要分以外は今まで通り棄てても、損にはならないと。でも、設備を作るのに要したエネルギー分は回収しないと無駄ですし、相当大規模な設備を必要としそうですから、簡単には解決できそうにありませんね。それに、内燃機関というガソリンエンジンやディーゼルエンジンなら、エンジンの中でピストンを動かしたガスは吸い込んだ空気なのでそのまま吐き出せば公害の問題は別として、エンジンとしての苦しみはありません。ところが、蒸気発電所のように、エンジンを作動したり発電に直接かかわる部分には別のガスが働くようなタイプ(外燃機関といいます)では、加熱に必要な燃焼ガスや原子炉の熱によりそのガスを加熱しなくてはならないのは当然として、冷やすときも、そのガスを棄てるのではなく、そのガスから他のガスに熱を伝えて棄てることになっています。蒸気タービンでは、海の水で蒸気を冷まし、結局は海の水の温度が上ることで、我々は冷やす努力をしなくて済んでいます。コージェネでもし熱が必要ではなく、しかもその熱は他の何かに吸収してもらわなくてはならないとしたら、いわゆるラジエターはとてつもなく大きなものになってしまうか、冷たい水を大量に送り込まなくてはならないことになるのです。家庭用で使っているエネルギーは、全体の14%程度ですから、上述の1.3tonという熱湯は、家庭分だけ責任をとると、毎日一人あたり 200リットル(大きなバケツで20杯相当またはドラム缶一杯以上)の熱湯を使い、それを20度に戻す必要があるのです。もちろんコージェネに変えれば、今までほどは電力を必要としなくなるので、それが半分としてそれでも 100リットルです。実は、家庭用の電気は一人平均 200W程度使っていますから、35%の発電効率で総合熱利用率が 80%のコージェネシステムを導入したとしたなら排熱は315Wあり、20度の水を70度まで加熱するなら丁度4人家族分の排熱で 500kgを沸かすことが可能になります、上述です一家で800gとなり計算が合いませんが、これは電気だけを考えたか家庭全体でガスも考えたかの違いが現れたのだろうと思います。
 家庭の風呂の湯というのは使い道が多いのですが、家庭用と同程度エネルギー消費しているコンビニや事務所、病院などいわゆる民生部門で実はコージェネが進んでいますが、病院はともかく、その他はそれほど熱を利用していないと思われます。せいぜい暖房時でしょう。こうしたところでは総合熱利用率は、意味を相当失うだろうということが想像できると思います。今それでも普及しているのは、やはり発電効率と暖房分でしょう。上述のように、こうした大型ビルでは、吸収冷凍機も機能するようになるでしょう。
 結局コージェネと言っても、全てをそうすることは不可能です。効率的な範囲で行われるようにこれからは進むと思います。言いたいのは、すぐにすべてがそうなるとして、省エネ効果はどうのこうのと安易に計算しても実際はそうは進まないということを知っておくべきと言うことです。コージェネが無駄と言っていると誤解しないでください。ともかく、私の大学院修士課程で最初に取り組んだのは、まさにこのコージェネであり、その後テーマは変わりましたが、それを直接進めていた助手の先生の博士号のテーマがまさに地域冷暖房のあり方についてでした。エクセルギー・アネルギーの概念を習ったのも、この研究室での教授の授業でドイツ語でそれを習った次第。その著者は、 Exergie と Anergie の概念を普及せしめた Bher という人です。その私が、コージェネを否定するわけがありません。

産業分野でも熱は使っているでしょう?

 もちろんです。でも、例えば鉄を溶かすなどという熱は、鉄の融点 約1500度Cをはるかに越えないといけないですから、排熱など使えないばかりか、むしろ鉄を溶かした後の熱が熱機関を動かせます。こういうコージェネも可能ですね。アルミを作るには電気精錬を行うので、これは排熱を出すばかり。ともかく、産業用としての熱はどれだけ必要なのか、私はデータを持っていませんが、想像するに、排熱で間に合う量はそれほど多くは無いと思います。
 今度、中部国際空港では省エネルギーセンターが設置される計画です。こういう大きな施設が省エネルギーに取り組み、そのデータを出すことでたとえばコージェネがどれほど経費を要してそれに対してどれだけ回収できたかのデータを明らかにすることで今後さらに改善したシステムの構築や、あるいはそれを導入することで省エネが確実に進む分野が明らかになることは良いことだと思います。
 さて、このようにコージェネは熱が必要なら良いけれど、不要なところで熱を作っていても意味がありません。エンジンなどの排気するエネルギーがまだ十分に使えるエネルギーを持っているのだから、それを使える仕事(機械を動かしたり、発電機を動かして電気を作ったりするため)として取り出す方法があれば、むしろそのほうが良いかもしれません。若井研では、 そういう研究 もやっています。

発電所の熱利用率は本当に悪いの?

 第三章でも述べたように、熱機関の熱から機械仕事へのエネルギー変換効率は50%がやっとの思い、ということです。だから熱機関は悪い、コージェネだ、なんだと賑わしいのですが、本当にそうなのでしょうか? あまり、知ったかぶりをしすぎない方が良いです。これもまたあまり巷の本には記述されていないことですが、熱力学を習った学生なら誰でも知っていなくてはならないことです。あまり、「熱機関は効率が悪い」と言われ過ぎて、そういう学生もついその気になっているかもしれません。ただし、コージェネとの対応での話なので、熱効率の話ではありません。あくまで投入した燃料の持つエネルギーに対して、熱機関というブラックボックスから取り出す仕事(あるいは電気)と熱の和が100%を超えることは十分あり得るという話です。


ちょっとその前に、面倒な話をさせて下さい

 ちょっと、ここで言葉の定義にこだわります。実はこの章のおおもとは98年夏に作りました。それから4年経過した 2002年も暮れようとするとき、このページの言葉遣いに誤りがあるという指摘を受けました。実に鋭い指摘で、そのとおり。その指摘をされたのは、大学の熱力の先生ではありません。高校の先生だったのです。若井研の看板を下ろさねばならないほどの衝撃です。
 その指摘とは、このページではヒートポンプをも熱機関と呼び、成績係数をも熱効率として説明していることでした。この指摘を受けて、今は修正してしまいましたが脚注にそ背景を示しましたので、以下の話がわからないという場合は
脚注2をご覧下さい。


熱機関だって 総合効率が100% を越えることがある!!

 というと、嘘だ、熱力学の第一法則に反することを専門家のくせにぬけぬけと言うな、と言いたいでしょう。でも、本当です。実際そういうものを作ることができますし、トータルでは実際そう動いているものもあるのです(条件によるので、具体的にどこのどれと指摘するのは難しいですが)。その根拠となるのは、ヒートポンプで、熱機関の逆サイクルで動くものです。エアコンにも使われている仕組みです。専門的には熱効率という名前を使うと誤解を招くので成績係数という名前を使っていますが、「100」の機械仕事あるいは電気を使って、「100以上」の熱を供給することができているのです。成績係数という名前を使うのは、投入した仕事としてのエネルギーに対し、得られる熱は100%を超えることがあっても当然の評価係数だからです。ヒートポンプ式エアコンという名前をテレビの宣伝などで見聞きしたことがあるでしょう?それのことです。これは、通常の電気ヒーターより暖房効率が良いと書いてありますね? 熱機関がどんなに理想的な条件を整えていても、 100の熱を 100以上の機械仕事や電気仕事に変えられないことは納得していただけるでしょうが、その逆で、理想的な熱機関があるとしてその逆を考えてみて下さい。第三章の発電所の図を思い出していただけるなら、60Wの電気(途中の送電ロスを考えないことにします)を発電所に送ってやれば、その電気で発電機を逆に回して先ほど海に棄てた60W の熱を吸い込んで、なんと全部で150W のもとどおりの熱を供給できるのです。これで、熱力学の第一法則に反しているわけでもありません。海水から棄てた熱を返してもらうので、無から有が生じていることにはならないのです。発電所のタービンはそんなうまく逆に動くようには作られていませんが、ヒートポンプ式エアコンはこういうことをやってのけているのです。つまるところ、機械仕事(モータの仕事やエンジン、タービンの仕事)とか、電気は質が非常に良いエネルギーであり、熱は一般的に質が良くない、その熱が温度の低いところで蓄えられているなら、一層質が悪い、海の水の持つ大量の熱がいくらあっても役に立たない、ということなのです。コージェネを論議するとき、このことを抜きにして熱が取り出せるから良い、と単純に思わない方が良いのです。要は、その数字だけを見るのでなく、そうして出てきたものをどう利用するかというところが肝心なのです。電気や機械仕事は、なんとでも使える (相互に変換が100%の効率でできるから)のに、熱はそうは行かないからです。
 ヒートポンプ式エアコンは、結局寒い外の空気から只の熱をとりこんで、それに電気の分を合わせた熱を部屋に供給するから、電気だけで暖めている電熱線によるヒータより同じ投入エネルギーでも、より暖かくできるのです。ここのところをきちんと言わないで、「発電所は熱の利用効率が悪い」「コージェネにすれば熱を有効に使える」と単純に言うのは発電所の熱機関に不当に厳しい表現・評価を下すことになります。一度電気に変えても、どうせ熱で使うのなら、もう一度ヒートポンプ式のエアコンのようなヒートポンプを動かせば、もとに匹敵するあるいはそれ以上の熱を供給できるのです。何も、熱をそのまま棄てる大型発電所の熱機関などは損だということは、理論的には言えないのです。
 たとえば、簡単な図で済みませんが、下図をご覧下さい。


 まだ達成できていませんが、大型発電所の新しい発電設備が 45%の受電端効率を持つとします(@で 100の熱をもらったするとC+Dへ45の電気を取り出した)。温熱EはFの排熱同様に海に棄てられます。
 一方コージェネでは発電効率が25%(普通の小型設備、とくに小型ガスタービンによるコージェネはシステムは発電効率が低いです。この図では@で100ですが、C+Dは25の電気を生み出したことになります)、総合熱利用効率は 80%(Eで55の熱を取り出す)とします。電気だけでは20%の損です。でも、熱を考えればトータルで 35%の得となるというのがコージェネのうたい文句です。熱をもし全部使うことができる場合は正しいと判断できるでしょうか?非です。いや非の場合もあると言った方が正確でしょう。
 熱を供給するという立場で、再び大型発電所の立場に立ってみましょう。最近のエアコンの成績係数 (つまり使用した電力に対して空調で供給した熱の比)は 4-5になっています。ですから、もし熱としてヒートポンプで風呂の湯も沸かし、空調も賄うとし、その成績係数がその値なら、 コージェネの場合と同じだけ電気を使い、残り20をヒートポンプに回すことにしましょう。すると、その4-5倍の熱を汲み上げてくれるのだから、80-100の熱を供給してくれます。電気と併せると 100以上を生み出してくれています。すなわち、電力会社から購入した方(72%)がコージェネによる自家発電より劣ることになりかねません。風呂の湯程度(50度そこそこ)なら、ヒートポンプがこのように良い成績で電気を熱に変えることが可能でしょうが、それより高い湯が欲しいとなると、成績係数は悪化しますから、コージェネの勝と思いますが、思ったより差が無いことになります。だから、コージェネシステムも、できるだけ電気を沢山生み出すシステムがよりよいのです。98年頃、このページを書いた頃と比較すると、そういうことが浸透してきて、メーカーも発電効率を示すようになってきました。
 また余談です。一部の方は、やはり熱力学第一法則(エネルギー保存の法則)に抵触しているではないか、と怪訝な顔をしているかもしれませんね。心配ご無用です。総合効率としては、実はGの冷熱(大気から奪う熱)を吸い込んでいますから、第一法則的に見れば、供給した熱は@+Aになるのです。エクセルギー的に見ると、この冷熱の持つエクセルギーは理想的にはゼロです。



12.コンバインドサイクル


 何をコンバイン?   ガスタービン と スティームタービンです 

 何かをコンバインする、ということはおわかりと思います。ガスタービンとスティームタービンです。上でヒートポンプなんて実は知らなくてわからなかったのに、という方もいらっしゃるでしょうが、ここでまたまた専門的な熱力学の講義を少々。


ちょっと熱力学のおさわりを !!

 水力発電所は、水力を使って動いている、これは当然ですが、もう少し遡ると太陽エネルギーを使って海水や河川の水が蒸発して上空に上がっていて雨となって高い山に降った、その水をせき止めて高いところから落ちるときのエネルギーを回収するのが水力発電です。では、どうやって水は蒸発して高いところへ上がったのでしょう。水が蒸気に変わっただけでは上がらないですね。蒸発とは、実は体積をぐんと膨らませるときに、膨らんで居座ろうとする場所に居たガスをどこかへ追いやろうとします。横へ追いやってはその横のガスも居場所が無くなりその横へ分け入ろうとします。永久にこれでは解決しないので、実際は上に上がります。上にだって空気は居るから同じのように思いますが、上の上の上には真空が待っています。つまり、蒸発すると、その上に居るガスを上へ上へと持ち上げることになるのです。蒸発したあとと前で何が変わったか、蒸発する液面にはガスは有ったのだし、その上もその上にもガスはもとから有った、変わったのは相当上の方の真空に近いところが蒸発前より上がったということです。結局変わったところだけを見れば、蒸発するときその水が一足飛びに真空近くまで上がったと同じことですね。
 つまり、蒸発するときのエネルギーで前に蒸発していたガスを富士山やそれ以上の雲のあたり、あるいはそれ以上まで持ち上げていたのです。太陽が照りつけたエネルギーが結局蒸発という物理現象を利用して水を上空に持ち上げたわけです。ところが、水力発電所はこのあと水蒸気を凝縮させてしまい、雨となって降った水をダムでせき止めて蓄え、水車を回します。このとき、凝縮させることが熱機関として致命的なのです。でも、上述の平和の鳥が乾湿球の温度差で動いた実に巧妙な一種の熱機関だと言いましたが、この水力発電も実際海水の蒸発している温度と、上空で雲ができる温度という数十度の温度差で動く巧妙な熱機関なのです。
 また余談になることを許して下さい。30年ほど前の機械学会で、この水力発電の太陽と海がなす蒸発を、燃料とボイラーを使って人為的に行うサイクルを提案した論文がありました。これは、しかし熱効率を計算すれば圧倒的に低くなります。その論文を見る前から私はこのサイクルの効率がどんなに低いものか、計算して学生に説明していましたからその論文を読みはしなかったのですが、ともかくこのサイクルは数パーセントの熱効率しか発揮しません。

圧縮時は水、膨張時はガスが良い、体積が熱機関の仕事を左右する

 火力発電所や原子力発電所、あるいは地熱発電所で使われている蒸気タービンはどうなっているでしょう。まず水を消防自動車のポンプのようなもので圧縮します。消防自動車は最近の高層建築用でもせいぜい200m も届けば良いから20気圧程度までの圧縮ですが、蒸気タービンの場合はその10倍の200気圧以上まで圧縮します。この圧力下でボイラーを使って500〜600度C まで加熱します。それを蒸気タービンに高速気流としてぶっつけてその衝動でタービンを回すのです。タービン(羽根)前後の圧力の差はポンプで上げた圧力分ですから 200気圧です。水の状態で圧縮するときのポンプの大きさと比べ、蒸気になって膨張してタービンに入って来た蒸気の体積は圧倒的に大きく、したがってポンプと比べたら圧倒的に大きな羽根を回せるので圧縮の労力はほとんど無視できます。だから熱効率はタービンから取り出した仕事をボイラーで使った熱との比として計算します。
 タービンを回すときはガス、圧縮は水というのが熱効率を高くしています。水力発電は、熱機関として見たとき、圧縮に相当することを蒸発でやってくれたのですが、その後凝縮熱としてほとんどを失った、つまり体積が縮んでしまった水の状態でタービンを動かすので、出力が大きくなりません。


 ガスタービンはガスを圧縮するのが苦しい でも高温ガスが使えるのが良い

 ガスタービンは、圧縮も膨張もガスです。ですから、圧縮に大きな羽根を用いるため圧縮仕事が結構大きくとられます(条件によりますが、場合によっては膨張するタービンで得られる仕事の半分ほども)。しかも、圧縮機は扇風機のようなもので圧力を一気圧から十気圧あるいは数十気圧まで上げるのですから、そのときの損失が大きいのです。結局ガスタービンは効率が蒸気タービンより良くなかったのです。だからこそ、発電所は蒸気タービン全盛となったわけです。一方、ガスタービンはボイラーのように重いものは不要だし、高速回転するため単位重量当たりの出力が大きく取れるため、航空機のエンジンとして最適だったわけです。
 水力発電まで引き合いに出して、熱機関の勉強をしてもらいましたが、ガスタービンと蒸気タービンを組み合わせる理由の説明に入りましょう。


蒸気タービンは水を圧縮するから楽だ でも高温ガスが十分使えないのが苦しい

 蒸気タービンは、蒸気を使う関係上、その性質のためにあまり高温にできません。サイクル的には温度を上げれば熱効率が上がるはずなのにできないのです。一方ガスタービンは、昔はタービンの材料の関係から蒸気タービンよりは高いもののそれほど高い温度にはできなかったので、熱効率は低かったのですが、最近の材料の進化、冷却技術の進化によりブレード(羽根)自体の温度を上げないでガスの温度を高くすることができるようになってきて、熱効率が格段に良くなってきました。現在タービン入り口温度は 1500度C に迫って来ています。この温度は鉄が溶ける温度です。


ガスタービンと蒸気タービンの良いところを利用するのが、コンバインドサイクル

 ガスタービンの最高温度が上がると言うことは、排気温度が上がっても熱効率はそれほど落ちないことになり、排気温度はもともと蒸気タービンの蒸気温度より高いので、まずガスタービンを回し、つづいて排気で蒸気を沸かし蒸気タービンを回す。こうすれば、蒸気タービンだけを回していたときに比べて、ガスタービンを回す分は得になる、というのがコンバインドサイクルの考えです。こういうと、賢い読者はつぎのような疑問を持つでしょう。
 もう一度水力発電所に戻りますが、水力発電所はダムの高さ、水面と水車のある位置の高さの差が大きければ大きいほど発電量は増えます。落差に比例して出力が増えるのです。だから、高いダムが必要なのです。高さが少ないアスワンハイダムなどはでは、流れる水の量で出力を稼いでいます。
 火力発電所は、温度の高いところから低いところへ熱が移動するときに、仕事を取り出します。蒸気タービンは、高い温度が使えないので、せっかく1500度C 以上になっている燃焼ガス温度をわざわざ冷やすことになりますが、前述の水が高いところから低いところへ降りるのとはおおいに違って、高い温度から冷やすとき、それだけ多くの水を沸かすことができます。蒸気タービンではしたがって、温度差を高くとるか、温度の低いガスを混ぜて温度を下げる変わり、そういう適当な温度のガスの量を増やすことができるから、結局のところ、仕事はおなじではないかと。それが違うのです。熱力学第二法則を知っている人はわかるのですが、熱はどうしても使えない部分を持っています。その値は周囲条件によって変わりますがそれが一定なら、一定です。ですから、高温から低温へ降りる熱エネルギーを仕事のエネルギーに変換するときの使えない熱の割合は、希釈して温度を下げたガスの量がたとえ多くても、使えないエネルギーの量が一定で変わらないため、温度を下げないで用いた方がずっと熱効率が良くなるのです。
 結局 1500度C 程度から800度Cあたりまでをガスタービンが、そこから大気温度までの間を蒸気タービンが利用することになります。実際、サンシャイン計画の頃は、1300度C級を目指して居ましたが、今は1500度C 級が作られる時代です。これは、タービンブレードの冷却技術、耐熱材料、高温低NOx燃焼技術に依存するところが大です。蒸気タービンの入り口温度が700度C とすれば、その温度までガスタービンで利用し、それから排熱をボイラーに導いてやれば良いと思いがちですが、従来の1500〜1700度C 程度の高温ガスで蒸気を作っていたのと比べると温度差が非常に小さくなるので、熱の移動がなかなかできません。つまりボイラーがばかでかくなります。ですからガスタービン排気温度をあまり下げることはできません。ガスタービンの性能上下げる場合は、余剰空気を大量に残すようにして、蒸気タービン用のボイラーで再度燃焼させます。結局熱効率としては、ガスタービンで10% ほど稼いで、40%だったものが50% 程度になるということです。たとえば、LNG(液化天然ガス)炊き 270MW級で、ガスタービン入り口温度が1500度C、出口温度は700度C 程度、蒸気タービン高圧入り口温度が566度C、再熱温度も同様、低圧タービン入り口温度が253度C というタービンの熱効率が49% 程度になってきています。ガスタービン単独の熱効率は30〜35%に達します。現在総合効率的にはかなり 50%に近づいて来たので、今後は 60% 程度を目標に研究が続けられることと思われます。さきほど、石炭炊きの場合はコンバインドサイクルは難しいと説明しましたが、加熱流動床をもちいてガス化してコンバインドサイクルを実現する計画もあります。
 さて、蒸気発電では、600〜700度C 程度の湯を作るので、そのお湯を沸かすときに使う熱源としては、それ以上の温度が必要と言うだけでなく、水を沸点に持ち上げるだけではなく蒸発熱を必要とするので一定温度で加熱する部分が多いのです。ということは、600〜700度の温度に下がったガスタービンの排熱は水を沸点に持ち上げるのには良いのですが、蒸気発生に使おうとしてもすぐに温度が下がってしまって蒸発熱を十分与えるためにはもっともっと高温の排熱を必要とします。つまり、一定温度で動くタイプの専門用語ではカルノーサイクル型のエンジンは、その温度で熱発生するタイプの熱源でないとうまく効率をかせげません。こういうタイプのエンジンは、蒸気利用の蒸気タービン、その逆のヒートポンプ(冷蔵庫、冷凍庫に、また冬は暖房、夏はクーラー使われます)、別に示したスターリングサイクル、昔研究されたベーパーエンジンなどがあります。それならというので、排熱の持っている 有効なエネルギー(エクセルギー)をなるべく有効に取り出すエンジンを、若井研では研究しています。

たったの数パーセントのためにがんばるの?

 現在、稼働中の従来型の蒸気タービンも徐々に可能なものはコンバインドサイクル化が進められていますが、はじめからそのように設計した場合には 50%という熱効率が期待できるものの、そうではないためせいぜい2〜3%の熱効率アップになるだけです。たったの2〜3% か?と思うでしょう。でも、これは40%が42%とか43% になるのですから上昇率では5% とか 7.5% もアップするのです。さらに、利益で考えるともっともっと電力会社には魅力的な話なのです。純利益は、40%の熱効率で稼ぐ電気代のうちのほんのわずか。もし1%だとします。すると、1%効率が上がれば純利益は倍増!!というわけです。逆に、熱効率が少しでも下がると、従業員何百人、何千人分の給料が減ってしまいます。

13.燃料電池


 大学での専門はむしろ私の所属する機械工学と言うより化学の分野になり、実際私の専門ではありませんし、
日本ガス協会燃料電池開発情報センターTOSHIBA などが読みやすい記事をまとめていますのでご覧ください。ただし、最も今期待されている燃料電池自動車については別の章をご覧下さい。


14.蓄電池・蓄エネルギー技術


 太陽電池の項で出てきましたが、常に発熱・反応できる火力・原子力・燃料電池と違って、太陽電池や風力発電は間欠的なエネルギー源ですから、常時エネルギーを欲しい我々としては何らかのエネルギー蓄積技術が必要です。実は、原子力発電も場合によっては蓄電が必要です。ところどころで述べていますが、原発は負荷応答が下手で、極力一定出力を続けたいのです。しかし、夜間や冬などは負荷が少ないので負荷応答に対応できる化石燃料による発電が、負荷の高いときに原発と働き、低いときは出力を下げるわけで、化石燃料発電無くして原発は無いのです。化石燃料発電にしても、負荷変動にはあまり対応したくないので、蓄エネルギーができればそんなありがたいことはないし、効率も高くなるので経済的になるわけです。

  揚水式発電所
 揚水式発電所は上池と下池が必要で、岐阜県では板取川上流に上池、根尾側上流に下池を作っています。もちろんダムが必要ですからそういう地形でなくてはなりません。上池にたまった水を落として発電しますが、電気を必要としない時間は下池に貯まった水を発電用のタービンを逆にポンプとして利用して汲み上げます。このときが揚水であり蓄電・蓄エネなのです。ですから、下に落ちた水は川に流しません。板取側の流量と根尾側の流量は、この揚水式発電所が無いときと同じになるよう調整されます。ですから、漁業などへの影響は出ないことになっています。さて、この上池と下池の落差が大きくないと効率が悪いのですが、この例では500m有ります。発電所は、山の中の岩盤をくりぬいた中に岐阜で言えば高島屋程度の空間にタービンが備えられていると言います。発電能力は140万kWとのことです。前に太陽電池の項で述べたように、太陽光発電のみがエネルギー源(一次エネルギー)としたら、日本で最近太陽がほとんど顔を見せなかった最長記録の数ヶ月を、この蓄エネでしのぐとしたら、琵琶湖級の広さで深さが90mの上池と下池が500mの落差で必要になります。発電機数は、140万kWが二〜三桁必要になります。
 効率について考えます。まず海岸線に沿う発電所から山間部の揚水発電所まで送電するときにかなりロスがあります。ポンプで汲み上げますから、このとき90%そこそこでしょう。そして発電の時にやはり90%余のタービン効率でしょう。それをもう一度街に戻すのでジュール熱になる損失が発生します。すると、総合的には70%程度になるのではないかと思います。正確なデータがわかったら、きちんと書きます。

 水素ガス
 最も可能性が高いのがおそらく水素に変換しておくことでしょう。水素は今後のエネルギー媒体になることも自然のなりゆきです。やはり一次エネルギーは太陽光発電のみとすると、数ヶ月分の水素を備蓄しなくてはなりません。
石油の備蓄量は国家分が84日、民間分が70日の計5ヶ月分の9000万キロリットル(100万トンタンカーで80隻相当)あります。水素を備蓄するには液体にしなくては体積が馬鹿になりません。すると液化のためのエネルギーが膨大に必要です。液化天然ガスがそれをやっているではないか、ということですが、量が違うわけです。それは大変だからガスで、となると、今度は圧縮のためのタンクが大変です。車の燃料タンクのためには炭素繊維で強化して作るとされていますが、これほど大きいものはとても難しいです。圧縮圧力が同じで、タンクの材料が同じなら、必要な厚さは直径に比例します。だから簡単には大きなものが作れないのです。やはり液化するよりないでしょう。
 効率についてみてみます。水素にするにはまず電気分解でしょう。もちろん、天然ガスがまだ残っていて使って良い時代なら、メタンから改質します。この場合は残念ながら温暖化フリーとは言えません。あるいは石炭から作ることも可能です。昔は実は、水素が一杯入ったガスを都市ガスとして家庭で利用していましたが、そのガスを作るのは大きなタンクでした。そこからでてくるのがアースガラで、石炭を蒸し焼きにした残りカスです。石炭の炭素の発熱で水を加えて分解し水素にするので、メタンから改質する以上に炭酸ガスが出るのは当然ですね。
 こうして蓄えた水素エネルギーから再び電気に戻すには燃料電池を使うことになるでしょう。蓄えられる量的な問題が解決したとしても、効率は揚水式発電所よりはかなり低くなると考えますが、実際のことは私は専門家ではないので不明です。わかったら、記述します。

 超電導
 ちょくちょく超電導物質の開発のニュースが出ますが、エネルギー的に見ると、大型発電所が日本では海岸に作られ都市部からは一般に遠いことを考えると、電線が銅で抵抗は少ないとはいえ、延々と送るうちにジュール熱として発熱し、ロスとなります。このためせっかく発電所で40%の効率で発電しても、末端で見た効率は35%程度まで落ちます。5%ではないかと思うでしょうが、5/40ですから12.5%ものロスです。これが無くなるだけで京都議定書の目標値は発電については楽に達成となります。もちろん、超電導に保つために、エネルギーが必要でそれがジュール熱より多かったら無意味です。
 もう一つの大きな使い道が、蓄電です。これでコイルを作って電流を閉じこめておけば、蓄電になります。どの程度の大きさのものがどの程度の数必要かは不明です。損失は超電導を保つためのエネルギーです。これが蓄電エネルギーの何パーセントかを知りません。

 高圧空気
 日本ではまだ実例を知りませんが、ドイツなどでは取り組まれているものです。強固な岩盤を削ってタンクにし、そこに高圧空気を蓄えるのです。もちろん、容量は大きくはできそうもありません。また、単純な圧縮をすると、損失が多いと思われます。すなわち、工業熱力学を習った方には簡単な頭の体操ですが、圧縮は量からして軸流圧縮機(ガスタービンのコンプレッサーに相当)を使うでしょう。それで単純に圧縮すると、ほとんど断熱的です。だから必要な圧力に高めたあと、温度が高くなっていて、それはいずれ周囲温度まで下がります。すると圧力も下がってしまいます。つまり、せっかく加圧したのに、到達圧力は思ったより少ないわけです。時間がどれだけかかっても、圧縮機がどれだけ大きくても良いというなら、圧縮中に熱を棄てさせれば、投入エネルギーは断熱的な圧縮の何割も少なくて済みます。というわけで、必要以上に圧縮する必要があるのです。一方膨張するときは、空気は大気温度になってます。それをタービンに導入します。やはり断熱変化ですが、今度は大気温度から膨張するので大気温度以下に冷えるのです。このとき取り出すことのできるエネルギーは、やはりゆっくりゆっくり温度が大気温度を保つように膨張させた方がたくさんとりだせます。このようにゆっくり温度変化の無い圧縮、温度変化のない膨張をさせると損失がありません。理想的にはそうですが、タービン効率コンプレッサー効率が100%ではないので、60%〜65%程度と思います。等温でもそれだけですから実際には圧縮も膨張も断熱的なら、相当効率が落ちます。それでは不経済だからタービンもコンプレッサーも二段。三段と極力多段にして、その間で冷却をすることで等温変化に近づける努力はするでしょう。究極でも上述の60-65%程度ではないかと思います。容量が十分ではないことなどをも考慮するとあまり、得策とは個人的には思いません。

 NaS電池
 電池類は、とても十分とは言えません。電気自動車がハイブリッドカーに負けているのは、やはり電池のエネルギー密度が化石燃料より低いことですから、蓄エネルギーでも同じことでしょう。家庭で使う電気エネルギーだけを蓄電するにしても、相当大きなバッテリーになります。NaS電池は非常に高温で動くため、これも家庭用では問題になりそうです。

  エコアイス
 と書くと中電の宣伝になりそうですね。夜間電力でアイスを作っておいてひるの冷房に使うという話を聞いたことがあるでしょう。これも一種の蓄エネルギーですね。でも、これも容量的にはしれていますし、冷房状態を維持するのは結構大変だと思われます。<

 今後、徐々にまとめます。

15.ちょっと気になるデータ

 さて、各種の新エネルギー技術あるいは、これまでの技術に新しい方法を加えた技術を紹介してきましたが、ここで電力事業審議会が '98年時点で考えている将来の
新エネルギー供給予測を示します。もちろん、2000, 2010年は予測、それ以前は実績です。


また、今後の目標を以下のように定めています(これは1998年のこと)。
  1. 原子力を中心に置くことで炭酸ガス排出量を 20%削減
  2. コンバインドサイクルを導入する
  3. 太陽光発電、風力発電など新エネルギーを採用する
  4. 蓄熱式ヒートポンプなどの省エネルギー機器を開発する
  5. 炭酸ガス吸収、固定技術を開発する
  6. 送電ロスを減少させるための高圧送電(50万V, 100万V) を導入する


 この目標が掲げられた 1998年も、動燃の不祥事の後始末がなされるなど原子力関係には逆風が吹いていたのですが、1999年には JCO の臨海被ばく事故をはじめとして原子力関係事業に決定的とも言える諸々の不祥事が頻発し、ついに通産省の総合エネルギー調査会は 2000年4月、原発を20基という目標は現実には13基程度になりそうで、不足分を新エネルギーへ振る検討をするとし、5月には、燃料電池への期待をする方向を出しています。さらに、2000年7月の原子力長期計画案長期計画案では、「もんじゅ」についても明確な表現を避け、さらに国民の意見を募集すると方向を変えてきている。たぶんにエネルギーに無関係な政治的臭いもするエネルギー政策ですが、1998年の上記目標もこれら JCO の事故などが発生しなくても実はもともと達成不可能なものだったのです。これは8章で確認して下さい。

16. 結局のところ

太陽光
91.3MW
風力
31.6MW
地熱
543.6MW
廃棄物
750MW

 結局、ここに挙げた新エネルギーは今の生活を維持しよう、あるいはよく言われる「持続的」発展を続けようとすると、いや実際は非常に生活レベルを下げようとも、化石燃料や原子力発電所のようなエネルギー利用形態と較べるととても薄くて主力にはなり得ないということです。'98年時点では太陽光、風力、地熱、ゴミ発電すべて合わせても、1400MWで、最近規模の原子力発電所の一基分(130万kW=1300MW)なのですから。 5章で、'99年2月時点のアンケート調査では不安で太陽光発電などに期待しているという結果が出ていますが、総発電量の 35% 近くを 51基の原子力発でがまかなっているのを代替することは将来的にも悲観的であることを認識すべきでしょう。51倍なら可能ではと思うかも知れませんが、上記のうち地熱はすでに限界、ゴミ発電もすぐに限界に達します。残る太陽光、風力では合わせて現在 120MW、原子力発電所 1/10基分しかないのです。風力発電が、売電に後ろ向きとなった北海道電力などの事情を考えると、その500倍も増やすことは現実的では有りません。結局、不安だから原子力発電をやめるなら、エアコンを止め、テレビを止め、あらゆる贅沢をやめなくてはならないということに残念ながらなるのです。もちろん、だからといって新エネルギー利用技術を開発しなくて良いというわけではありません。少しでも温暖化を遅らせるためにも、エネルギー資源を少しでも多く後世に残すためにも、できる努力はすべきでしょう。
 つぎに、その温暖化を抑制するための車技術(7章)、つづいて温暖化抑制のための国際的取り組み = COP3-8(8章) を見てみましょう。




脚注 1) ミラーサイクル
 普通のエンジンが定格出力(自動車なら十分アクセルを踏んだ状態)あたりでは、圧縮後に 15-20気圧、点火してから達する最大圧力は約 50-60気圧、これが膨張して排気弁が開く頃には4-5気圧程度と、大気圧より圧倒的に高い圧力状態にある。このまま排気しては勿体ない。そのまま外にはき出すとその圧力差ではガスが音速を超えて出ようとし、一方通常は音速をガス速度が超えることはなく、衝撃波を発生することになる。だから、マフラーを付けなくてはならない。だから、ピストンをもう少し膨張を長引かせて、ガスの持つエネルギーを使い切ろうというもの。これは結局圧縮比より膨張比を高く取るということになり、バルブタイミングが大きく変わることになる。長いピストン、シリンダーで圧縮行程を行うのは、結構短い部分となる。ピストンが長い距離まで膨張するということは、ピストンエンジンの宿命である馬鹿に出来ないピストンリング摩擦が多くなることを意味する。したがって、大気圧になるまで膨張させるとかえって熱効率は落ちる。部分負荷では排気弁の開くタイミングにおける出口圧力は下がる。アイドリング時近くでは排気弁が開くとき、通常のエンジンは負圧になる。すると余分に膨張させることは損失になる。つまり部分負荷を多用する自動車エンジンでは、この考えは得策ではないことになる。使用目的によって、どこまで膨張させるかが設計のしどころとなる。ガスヒートポンプなどのようにほぼ全負荷で運転するときは、この膨張率を高く取って無駄に棄てていた熱を仕事に変えるため熱効率が上昇し、50%に迫るあるいは超えることが可能なのである。

脚注 2) 熱機関、ヒートポンプ、エネルギー変換システム、熱効率、成績係数、総合効率、熱利用率、・・・

 弁解じみた話になりますが、頭の中では熱機関とヒートポンプ一体で熱併給を考えての話をしたかったので、すべて熱機関呼ばわりをしてしまっていた、ということです。恐らく、もしこのページを大学の先生で熱力学を教えている方が読まれたとしても、その意図を無意識のうちに了解されてしまって、言葉遣いについては私同様無意識に気づかず読み飛ばしされてしまったのだろうと思います。そこでここでは、本来の意味の熱機関とヒートポンプを併せてエネルギー変換システムと呼ぶことにします。それでもまだ言葉が不足します。通常熱機関は熱エネルギーを受けて機械仕事を発生します。その仕事で発電機を動かして電気を作るのが発電装置、発電所です。与えた熱量のうち何パーセントが仕事になり電気になったかを示すのが熱効率です。一方、機械エネルギーを与えて熱を低いところから高いところへ汲み上げるのがヒートポンプです。与えた仕事でどれだけの熱を汲み上げたかを評価するのが、成績係数という名前のものです。この成績係数にはさらに二つの定義があり、冷房など汲み上げられる側を気にする場合は、汲み上げる熱を評価します。一方同じ事なのだけれど、暖房のように、寒い外から熱を奪ってきてそれに電気モーターが機械仕事をしてその仕事分が加わった量が暖房熱になりますが、暖房ではその熱を評価するわけで、冷房のときの熱量に加えた仕事を足した値になるので、成績係数としては冷房の時より、式の上では高い値になります。
 それでは以下で説明するエネルギー変換システムとはどういうものか、頭が痛くなって来そうな学生諸君も居るでしょうね。若井研のホームページはともかく、文章が長い、延々と続く、いつ説明がおわるのかわからない、そのうえ余談が入ってきりがないということもあるので。でも、もう少し我慢してください。
 熱にはいろいろ有って、内燃機関で与える熱は非常に高温で質が高い(機械工学科の学生なら習ったでしょう、エクセルギーが一杯でアネルギー分は少々)ですが、給湯の熱は圧倒的に質が低く(エクセルギーが少なくほとんどアネルギーと言っても良いほど)、同じ熱として扱うのは実は無理があることを習いましたね。それこそがエクセルギー、アネルギーの概念の導入でした。そこで、単に熱併給(コージェネ)と言っても、どんな熱を供給するかを言わなければ意味がありません。通常のコージェネは、恐らく一定温度のものを出すというものでしょう。以下で私が取り上げるのは、温度が異なり質が異なる熱をも併給するというものです(下図参照)。だから、通常の熱利用率と言っても熱効率でも成績係数でも話がしにくくなるのです。最近は、発電量と熱として取り出した量を併せて熱利用率とか総合効率と言ったりしていますが、いずれも実際には問題があります。本当はエクセルギー効率にしてしまえば、すべて解決なのです。



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執筆・編集責任者:若井和憲
ページ管理担当者:高橋周平

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