超高圧紫外可視吸収分光

 
H2O、H2S、CO2、CH4等の単純分子性物質は液体や気体として身の周りに存在していますが、室温でも圧力を上げると数 GPa(1 GPaは1万気圧)で固体になります。分子間の結合は分子内の共有結合に比べ遥かに弱いため、この固体は柔らかく、加圧により分子間距離を大きく減少させることができます。 数十GPa以上の超高圧力下では分子間距離は分子内結合距離に近づき、もはや分子を単位として考えることが無意味になります。電子状態に注目してみると、分子同士の接近は波動関数の重なりを生じ、離散的だった電子状態はバンドを形成するようになります。さらに加圧すると、バンド同士が重なり金属になることが予想されます。超高圧力下で見られるこのような新規現象、新規物性は基礎物性的見地から大いに注目されています。

 もともと離散的な電子状態が加圧によりバンドを形成し、金属に変化するという現象を理解するには、光吸収や反射等の光学応答を圧力の関数として調べることが重要です。分子量の小さい単純分子性物質は、真空紫外から近紫外領域に吸収を示すため、当研究室では、高圧力下でほとんど行なわれていない紫外可視領域での吸収分光測定を行っています。


吸収分光装置

 下図はダイヤモンド・アンビル・セル(DAC)に対応した透過吸収測定システムです。一般的な吸収装置と大きく異なる点は、DAC中の微小試料(直径数十ミクロン)を測定するための集光系を備えている点です。集光系として、以下の条件[ (1) 照射スポット径を試料室径より小さくするための10倍以上の倍率、(2) 30 mm程度の作動距離、(3) 紫外域での高いスループット、(4)波長分散の無いこと] を満足するカセグレン対物ミラーを用いています。 UVグレードの石英ファイバと不純物の少ないダイヤモンドの使用により、紫外から近赤外(250 nm - 1050 nm)の広い範囲で測定できます。

紫外可視光吸収測定装置

最近得られた結果

 
 左下図は、アンビルとして用いるダイヤモンド自体の吸収スペクトルです。ダイヤモンドは、透明に見えますがその種類によって紫外領域に強い吸収を示します。天然産出のType Ia と呼ばれるダイヤモンドは、不純物の窒素により光を吸収するため、紫外領域での測定には不向きです。当研究室では、不純物の少ないダイヤモンド(Type IIa )を用いることにより、広い分光領域を確保しています。

 左下図は、最近得られた超高圧力下の固体硫化水素の吸収スペクトルです。圧力と共に、吸収の立ち上がりの長波長シフト、すなわちバンドギャップの減少が観測されています。当研究室では、このような測定を通して、単純分子性固体の超高圧力下での電子状態を明らかにしようと試みています。


ダイヤモンドの吸収スペクトル

固体硫化水素の超高圧紫外可視吸収スペクトル