![]()
|
|
|
|
電解液中で半導体(電極)に光が照射された時、半導体表面で生じた正孔-電子対によって様々な光(電気)化学的現象が引き起こされる。これを溶液中の化学物質の酸化、還元に利用すれば光触媒となり、あるいはレドックス電解質の酸化、還元を行えば湿式の光電池(太陽電池)となる。光、特に太陽光エネルギーの利用の魅力は尽きないが、これらの機能を有効に引き出すためには、電極表面での素反応、溶液中の分子やイオンの電極表面への化学吸着過程やそれによって種々変化する界面エネルギー構造、そして電子移動のダイナミクスの理解が不可欠である。
我々は特に硫化カドミウム(CdS)やセレン化カドミウム(CdSe)などの金属カルコゲナイド半導体電極を中心として、種々の光電気化学測定により界面現象を解析し、それらを司る因子を明らかにすることを目指している。近年は特にミリ秒過渡光電流測定や光強度変調光電流分光法(Intensity
Modulated Photocurrent Spectroscopy = IMPS)などの新しい測定法を導入し、光電荷分離過程の速度論的解析に力を入れている。また、無機化合物半導体電極に加え、次世代太陽電池材料として注目を集めている酸化物半導体/色素複合薄膜の色素増感光電極機能の評価も最近の研究における重要なターゲットとなっている。
電解液中で半導体電極に光照射したとき、生じた電荷が電解液に輸送されることなく、半導体自身を酸化、還元し溶解してしまうことがある。光溶解と呼ばれる現象で、これが無機半導体の湿式太陽電池への応用を阻む大きな要因となっている。しかし、溶解現象は通常ランダムに起こるものではなく、結晶構造などに従って規則的に起こる場合が多い。さらに光電気化学的溶解現象においては、光照射された半導体/電解液界面に生じるエネルギー構造も溶解の選択性を与える因子としてこれに加わる。すなわちこれらを適切に制御することにより、半導体表面に微細な規則構造を与えることが可能となる。これを光電気化学エッチングと言い、半導体を用いたデバイス作製における表面処理プロセスとしての応用が期待される。そもそも半導体の光機能の発現は、光触媒にせよ湿式太陽電池にせよ半導体表面での化学現象に基づくものであり、有効な表面積をその構造を制御しつつ拡大することは機能の大幅な向上につながる。また、焼結体のような多孔質材料とは異なり、出発材料の高い結晶性を保ったまま高比表面積の材料が得られることは、高い電荷輸送能を維持することを可能とし、電気的デバイスへの応用にも有効と思われる。
我々はこれまでにCdS, CdSe, ZnOなどの化合物半導体に光電気化学エッチングを施し、規則的エッチングパターンが電極表面に形成されることを見出した。エッチングパターンは材料の結晶構造に依存すると共に、電解液の種類、濃度、光強度、電極電位そして電解電気量などによってもこれを制御することが可能となる。特に焼結体電極のエッチングにおいてはその粒界部のエネルギー構造がエッチング選択性に大きく関わることが明らかとなった。すなわち電極電位を制御するだけで粒界部を選択的に溶解したり、逆に選択的に溶け残すことが可能となる。焼結体の粒界部はその電気特性などにおいて重要な役割を果たしていることが知られ、その結晶学的、化学的構造の解明は常に重要なトピックスとなっている。我々は光電気化学的エッチングにより粒界部だけを取り出すことに成功し、現在その結晶構造解析を精力的に進めている。
近年我々は酸化チタン電極を硫酸水溶液中において光電気化学エッチング処理することで、極めて規則的でユニークなナノハニカム構造を形成することが可能であることを見出した。酸化チタンは化学的に非常に安定な材料として知られ、光溶解を起こさない材料として一般的に知られている。また、酸化チタンは光生成した正孔の高い酸化力により、環境汚染物質を光エネルギーで分解、除去する光触媒として注目を集めている材料である。また、超親水材料として曇らないミラーなどに応用され、既に市販化されつつある。さらに色素増感型太陽電池における電子輸送材料としても酸化チタンが最良の材料であり、その魅力は尽きない。現在光電気化学エッチングによって作製したナノハニカム酸化チタンの機能評価を進めると共に、その細孔サイズ制御やその表面修飾による機能化を試みている。

現代の文明社会を支える種々の電気、電子デバイスには様々な機能を有した無機化合物材料が用いられている。これらは主に薄膜の形態で用いられることが多い。それは材料の節約やデバイスのコンパクト化のためだけでなく、多くの場合薄膜として用いられたときにその機能を最大限に引き出すことが可能となるからである。従って薄膜材料の合成法の開発は技術的に大変重要な意味を持つ。
そもそもデバイスにおいて発現される機能は原子、分子レベルで起こる現象の総和であるから、薄膜作製段階においてその構造を厳密に制御することはデバイス機能の飛躍的な向上につながる。そのような高度な構造制御を容易に達成できる手法として、現在は気相における薄膜作製手法、すなわち真空蒸着法、スパッタリング法、レーザーアブレーション法などの物理蒸着法(Physical
Vapor Deposition = PVD)や基板/気相界面化学反応を用いる化学蒸着法(Chemical
Vapor Deposition = CVD)などが主に用いられている。このような気相法では薄膜を汚染したり構造を乱す要因となる不純物を反応系から排除することが容易であり、原料供給速度や基板温度の調節などの制御と合わせて高品質な膜を得やすいというメリットがある。一方で、これらの手法は高温、高真空といった特殊な環境を要求し、必然的に製膜にかかるコストは大きくなる。また、材料の無駄が多い上にリサイクルに対して最も厄介なガスとして廃棄物が副生されてしまう。さらにこれらの製膜に用いる原料物質は爆発性であったり、極めて毒性が強いものが多く、薄膜作製に伴う環境負荷の大きさが重大な欠点である。機能性薄膜材料の将来的な需要の増大を考えたとき、コストと環境負荷の低減は材料の高機能化以上に重要な要求となる。
上記の気相法に対して、溶液中での化学的、電気化学的反応を利用する薄膜作製は常圧下、室温付近の温和な環境での材料合成を可能とし、コストと環境負荷の低減に対して非常に有利である。溶液からの固体物質の析出は沈殿形成反応として化学ではおなじみのものであるし、溶液中の導電性基板上での電気化学反応によって固体薄膜を得る手法はいわゆる「めっき法」として工業的に広く用いられているものである。これらは原料物質となる溶液中の分子やイオンが自発的に固体材料を形成する現象を用いた手法であり、製膜に要するエネルギーは極めて小さい。また、製膜に伴う副生成物などの廃棄物もこれらが溶液中に存在するため容易にリサイクルすることが可能である。しかしながら、これらの液相法は薄膜形成の制御が難しく、材料の不純化や構造の乱れを生じやすいと一般的に考えられている。本当にそうであろうか?近年の表面分析法の発達により、液中での固体表面は大変規則的な化学構造を有しうることが明らかとなりつつある。溶液からの固体析出はすべからく自己組織化の過程であり、これをうまく導いてやれば高度に構造制御された薄膜材料を生み出すことが可能なはずである。これは上記の光電気化学エッチングにおいて溶解が規則構造を生み出す現象と表裏一体の現象である。すなわち気相法による薄膜作製が自然にはあり得ない特殊な環境を作り出して「力ずく」で高品質材料を得る手法であるのに対して、液相法での構造制御の実現に必要なのは原子、分子レベルでの化学現象を理解し、これらの自発的な構造形成を目的とする材料合成に導くためのセンスである。
我々はこれまでに種々の金属硫化物(CdS, ZnS,
In2S3, CoS, NiS, PdS, ...)や金属酸化物(ZnO, PbO,
TiO2, ...)薄膜の化学的、電気化学的作製に取り組み、それを支配する制御因子を明らかにすると共に極めて高度な規則構造を有した薄膜の作製が可能であることを見出してきた。特にCdS薄膜については表面化学反応によるCdS結晶成長を電気化学的に制御するEICD法(Electrochemically Induced Chemical Deposition)や金属チオシアナト錯体の電気化学的還元分解に基づく手法を新規に開発し、液相法による構造規制された薄膜作製の可能性を拡大しつつある。また、得られた薄膜材料の機能評価も研究の重要なターゲットである。

EICD法によって作製したCdS薄膜のSEM写真
クリーン且つ半永久的エネルギー源としての太陽光の利用は自然科学の最重要課題の一つである。太陽光発電技術は今日までに長足の進歩を遂げ、一部には既に実用化され、目にすることも多くなった。しかし電力需要をまかなう大規模発電への利用は残念ながら実現されていない。これは材料となるシリコン単結晶やアモルファスシリコン薄膜が高エネルギー、高環境負荷プロセスによってのみ得られ、一定以上のコスト削減が難しいことが一つの要因である。CdTeやCuInSe2などの化合物半導体を用いた太陽電池も活発に研究されているが、材料の毒性や資源的貴重性が問題となってくる。そもそも太陽電池の利用を現実的に捉えたとき、日射の強い、例えば砂漠地帯に太陽光発電所を建設し、電力を要する都市部までの長距離を送電するのは効率的ではない。大規模な施設を必要としない性格からも、電力を必要とするその場での発電(オンサイト発電)に用いるのが最も効率的で、例えば一般住宅の屋根に用いれば日本やヨーロッパ諸国程度の日射量であっても家庭で必要とする電力の全てをまかなうことが可能となる。従ってコストと共に材料の無毒性や、リサイクル性は重要な条件となる。また、太陽電池自体の美観も実は無視できない重要な要件となろう。現在主流の無機半導体太陽電池は全て黒である。町が黒一色の太陽電池で埋め尽くされたときのことを考えてみてほしい。
1991年にスイスのO'Regan博士とGraetzel教授が酸化チタン多孔質電極表面を光機能性金属錯体で修飾した材料を用いる湿式太陽電池が10%を超える変換効率を達成することを報告し、全世界の注目を集めた。可視光を吸収する色素が可視光を吸収しない酸化チタンなどの広バンドギャップ半導体に電子注入することで電荷分離を起こす現象は、色素増感作用と呼ばれ、写真技術においては古くから知られたものである。日本でも色素増感型湿式太陽電池が1970年代に活発に研究された時代があったが、変換効率の低さと安定性の問題から研究は停滞していた。O'Regan博士らの成功の秘訣はナノサイズ微粒子半導体を焼結した多孔質電極を用いた点にある。実は色素増感作用は単分子膜状に半導体表面に結合した色素分子によってのみ発現される機能で、この半導体/色素機能界面を3次元的に拡大することで有効なフォトン吸収、光電変換が実現された。この材料の作製は通常ペースト状の半導体微粒子を透明導電性基板に塗布、焼成して多孔質膜を得た後、これを色素溶液に浸して色素分子を化学吸着するという多段階のプロセスを用いて行われている。色素修飾を溶液から行っていることが理想的な機能界面の自己組織化に重要であり、半導体と色素を物理的に混合したものからはこの様な機能は得られない。酸化チタンや酸化亜鉛の微粒子は白色顔料として工業的に安価に大量生産されているものであり、製膜プロセスにかかるエネルギーも小さいことから大幅な低コスト化も可能と思われる。また、材料が無毒であることも大きなメリットである。さらにフォトン吸収の効率という点では黒色の材料がベストであるが、色素増感型太陽電池は多くの場合有色である。しかしそれを逆にメリットと捉え、窓ガラス用の太陽電池などが既に試作されつつある。現在色素増感型太陽電池は本格的実用化への道を探るべく、世界的に活発な研究が行われている。

色素増感型太陽電池の概念図
上述のように、我々は溶液からの化合物半導体薄膜の作製を研究してきた。一般的な半導体微粒子の塗布、焼成では結晶配向や細孔径の制御は事実上不可能であるが、溶液からの固体薄膜析出は自発的な規則構造形成を可能とする自己組織化のプロセスである。色素分子の溶液からの吸着は半導体表面への色素層の自己組織化を可能にすることは先に述べた。ならば、これらを同時に行い、半導体と色素を一度に自己組織化させたらどうなるか?我々は水溶液からの酸化亜鉛薄膜の電気化学的作製において、水溶性の増感色素を電析浴中に共存させることで、一段階のプロセスで酸化亜鉛/色素ハイブリッド膜(有色の酸化亜鉛薄膜)が得られることを見出した。単に複合材料が簡便且つ低コストな手法によって得られるにとどまらず、酸化亜鉛結晶成長と色素吸着が同時に進行することにより、特異的な構造を有した酸化亜鉛が成長し、色素分子自体も規則的な構造の集合体を形成することが明らかとなった。すなわち材料を構成するイオンや分子自らが選んだ高度な無機/有機複合3次元構造のまさに自己組織的な形成であり、これを我々は電気化学的自己組織化(Electrochemical Self-Assembly)と名付けた。得られた酸化亜鉛/色素複合膜は優れた色素増感光電極として機能することがわかり、色素増感型太陽電池用の光電極の新規作成法として期待される。電析法では電子の流れ得る部位にのみ薄膜形成が起こることから、高い導電性が熱処理をすることなく確保されている。すなわち本手法を用いることで、耐熱性の無いプラスチックなどの基板(平滑でなくても良い)に対しても半導体/色素複合膜の作製が可能となり、軽量且つ安価な太陽電池の作製も夢ではなくなる。また、規則的なポーラス構造は電解液の均一な輸送を実現するのにも有利と考えられ、電池の更なる高性能化に対しても有効であろう。
用いる有機色素は安価に大量合成でき、黄、赤、青などの種々の色調を有しており、さらにこれらを用いた複合膜を積層すれば任意の色調を持った薄膜を得ることが出来る。すなわち色を生かせばカラフルな太陽電池となり、積層膜の色調を太陽光スペクトルにマッチさせればフォトン吸収効率を最大にした超高性能太陽電池も実現されるかもしれない。さらに我々の半導体薄膜作製の経験を生かし、ホール輸送材料となるp型半導体薄膜をこれに積層した固体型太陽電池の作製にも着手している。置いておくだけでひとりでに充電するカラフルな太陽電池ボディのノートパソコンなんてどうだろうか?
研究室パンフレット(PDF)
〜これから卒業論文、修士論文研究を志す学生へ〜 吉田先生からのメッセージ