DON の過ぎ去りしひとりごと '01 版
ここは横川が書いたひとりごとの吹き溜まりです。煩悩が漂っている場でもあります。脳波をシンクロさせないような注意が必要かもしれません。
文責 横川隆志
何ができるのか (010915)
一応、これでも公務員ということで、このコーナーでは、できるだけ思想的なことは書かないように心がけていたのですが、今日は勘弁して下さい。
もう情報が溢れかえっているアメリカ同時多発テロのことです。あの航空機がビルに突っ込むシーンを見てどう思いますか?あまりに現実離れしたシーンにまるで映画のようだと最初こそ思いましたが、もううんざりです。迫り来る恐怖におびえたまま亡くなられた人のことを考えるに、とてもイヤな気持ちになります。この事件は、決して風化しないで、歴史的重大事件として語られ続けていくでしょう。でも、思想的にも宗教的にも当事者でない者達が、興味本位で、あるいは冗談半分に口に出す事件では決してないと思います。
アメリカの報復行動にいち早く賛意を示した日本という国。暴力に対して暴力でしか返せないというのでは、報復の連鎖は続いていくことでしょう。日本にはその連鎖を断つ努力をして欲しかった。2001.9.11
が破滅に向かう歴史の分岐点にならないことを心から祈っています。
月並みですが、被害に遭われて亡くなられた方のご冥福をお祈りします。
川辺花火大会 (010815)
今年、工学部では節電期間として 11 日から 19 日までできるだけ休むようにと決まったので、この期間に夏休みをとることにしました。
11 日には川辺町という飛騨川沿いの町に花火を見に行ってきました。ここの花火大会は有名でもないし、とりたてて大きなものではありませんが、こぢんまりとしていてとても好感を持っています。特にお気に入りなのは花火師がボートに乗ってダム湖に花火を投げ入れるもの。水面にまさに花火の花が咲いてとても綺麗です。動画も載せてみたので(QuickTime
5 が必要です)よかったらごらんください。
クライマックスはナイアガラ。おいちゃん、普段はナイアガラより打ち上げ花火の方が好きなのですが、ここのナイアガラは花火が水面に映って本当に美しいものです。機会がありましたら、是非一度行ってみてください。お薦め。
釜ヶ谷山登山行 (010715)
きっかけはよくわからないのだが研究室にちょっとした登山ブームがやってきた。 もともとボスの西川は学生時代ワンゲルにいて山歩きが好きなので、御岳にでも行こうかという話もあったのだが、まず足慣らしにと先週末(7/7)金華山に登り、今回(7/14)はガイドブックによるとやや難易度の高い釜ヶ谷山に登ろうということになった。釜ヶ谷山は岐阜大学の北に位置する伊自良湖奥の山で登山口は伊自良キャンプ場にある。山の中腹には甘南美寺奥の院があり、その関係で登山道途中には下の写真のような観音像がいくつも置いてある。
観音様とボス
山道はかなり急ですぐに息が切れたが黙々と登る。途中あまり見晴らしの良いところはなかったのだが、奥の院ご神体、行者岩上からは遠く伊自良湖が見渡せた。
休み休み約1時間半で山頂に到着。最高気温 36.7 ℃はさすがに厳しく、体は汗びっしょり、足は萎え、息は上がって食欲もあまりなかったのだが、お弁当を食べ記念撮影。帰途につく。
下りは足下が心許ないもののやはり楽で 40 分ほどで下山することができた。やはり山頂を極めたことは充実度が高かったのだが少々滅入ったのが山蛭。知らないうちに足に張り付いていて気持ち悪いことこの上ない。幸いおいちゃんは靴下に張り付かれただけで血は吸われなかったのだが、何人かは血を吸われてしまった。蛭は血液凝固を阻害する物質を出すらしくてなかなか血が止まらない。下山後は念入りに足を調べて蛭がいないことを確認して車で大学まで戻ってきた。ご苦労さんと声を掛け合っておひらきにしようとしたところ、ボスのシャツの胸元が血に染まっている。慌ててシャツを脱いで発見した蛭が下の写真。たっぷり血を吸ってまるまると太っていた。
しかし本当にぐったり疲れて日頃の運動不足を改めて認識した1日だった。少し体を鍛えないと御岳は苦しいか??
水出しコーヒー (010702)
ちょっと重い話題ばかりだったので、今回は軽く。
最近はまっているのが水出しコーヒー。たいそうな器具がいるんだとばかり思っていたので、コーヒー好きのおいちゃんも躊躇していたのだけど、ずいぶん手軽に入れられることを知って楽しんでいる。
レシピは簡単。一番細かく挽かれた 50 g のコーヒー豆に 500 ml のおいしい水(浄水器の水で充分だけど)を加えて混ぜたら、冷蔵庫に数時間置いておくだけ。あとはペーパーフィルターで濾せばおいしいアイスコーヒーの出来上がり。寝る前にでも仕込んで翌朝濾せば、これからの季節とびっきりの目覚ましアイスコーヒーがいただける。
豆の種類は、アイスコーヒー用やエスプレッソ用の豆みたいに深入りの方が良いみたい。水と豆の比率なんかをアレンジしてみると、自分好みのアイスコーヒーが入れられること請けあいだ。
コーヒー好きの方は是非お試しを。
真価 (010626)
おいちゃんも 30 後半にさしかかって、知らず知らずいろんな経験をしていたようです。最近は言葉の重みといったものを何となく感じるようになりました。実は大変重い言葉なのに、わざと軽い装いをしているのか?中身は軽いのに変に重々しく仕立て上げているだけの言葉なのか?
そう言いながら、自分でも後者の言葉を使っていることに気づきます。取るに足らないことを大げさに言ったりすることってありませんか?
高い壁を目の前にしても、こんなのいつでも乗り越えられるさ、って周囲に安心感を与えられるような器の大きな人間になれたらいいなと思います。もっとも、その時は壁を乗り越えるべく必死に努力しなきゃいけませんけどね。壁に突き当たったときこそ人間の真価が問われるのだと肝に銘じて生きていこうと思います。
別に今壁に突き当たっているわけじゃないのでご心配なく
教科書問題 (010404)
とうとう3月中は更新しないで過ぎてしまいました。卒論発表会や卒論の手直しで、それこそ眠る暇もない毎日でしたが、それが過ぎたとたん気がゆるんでしまっていたのだと思います。新年度、気分一新でがんばりたいものです。
今日は卒論の手直しで気になったことを書いておこうと思います。昨年度は生命工学科が新設されて初めての卒論生が研究室に配属されてきました。皆、真面目でよく実験して、さぞかし立派な卒論ができあがるだろうと少々期待していたのですが、直してくださいと持ってきた卒論の中にはとても読みにくいものもありました。
なぜ読みにくいのかを分析してみると、どれも共通した特徴があることに気づきました。
・文章がだらだらと変に長い。
・文章間に脈絡がない。
・主語がない文章や、主語と述語が一致しない文章が多い。
・段落内が論理的にまとまっていない。
・表現を変えて同じことを何度も書いている。
もともと他人の書いた文章を直すのは得意ではないのですが、昨年度はいつになく文章の欠陥が目に付き骨が折れました。論理的な文章をうまく書けないという傾向は、生命工学科が新設されたが故のことなのか?それとも世の大学生がそのような文章を書けないのか?もう少し様子をみないとわかりません。ですが昨今叫ばれている「ゆとり教育」では本来論理性を養うための教科である数学や理科の比重を減らす傾向にあります。将来、論理的に物事を考えることができない工学士ひいては技術者が技術立国日本の屋台骨を揺るがすことになるのでしょう。
「歴史」だけが教科書問題ではないのです。
デザインと GAMBIT、そして研究のこと (010213)
2/10 の土曜日に JR 岐阜駅内の匠ミュージアムというところで岐阜県が主催(だと思う)の「デザインセミナー」が開かれたので嫁さんとこれに参加してきました。おいちゃんも嫁さんも、もともとデザインに興味があって、自分達なりの美意識ってものも持ち合わせているつもりですけど、おいちゃんがわざわざこのセミナーに参加してみたのは、講演者が名市大の川崎和男教授だったからでした。おいちゃんは川崎さんの機能が形に現れたシンプルなデザインも好きなのですが(EIZO ブランドのモニターは川崎さんのデザインと聞いています)何より MacPower 誌のコラムでしばしば出会える辛辣な正論が好きで、こいつを自分の耳で聞いてみたかったからです。
講演は期待に違わぬものでした。デザイナーは喧嘩師たれ!を標榜する川崎さんは自分のデザインに強烈な自負心を持っています。ですからオープニングから「自分はこのプログラムでは前座になっている。このあと講演する外人さんの名前も知らない。だから、もし事前にパンフレットを見ていたら来なかった。」と切り出しました。さらに「岐阜県は借金でダメになる。金かけてこんなくだらないミュージアムを作って、岐阜に住んでいる人はかわいそう。」と県主催のセミナーを切り捨てます。その他「iMac を買った人はあんなもの捨てなさい。」とか、デザイン会の重鎮(だと思う。ごめんなさい、おいちゃんは詳しくないのでわかりませんでしたが)を「マルチメディアを標榜しているのにワープロしか使えない。」と名指しで批判します。批判するだけのことはあって PowerBook G3 と液晶プロジェクタ、オーサリングソフトを駆使した見所たっぷりの講演でした。辛口も、確かに、と思えるし、裏に愛情の感じられるものが、ほとんどでしたからおいちゃんには決して嫌みではなかったのですが、これは敵を作るタイプだなと思わされました。この講演を聞いて、自分なりにいろいろ考えさせられることは多かったのですが、印象に残った点を1つ書き留めておきます。
デザインというのはもともと目印を付けるという意味だと。また GAMBIT(チェス用語で先手を打つ意だと後日知りました)というのは先手を打つことだと。この2つは共通することだから、新世紀を生き抜くためには、先手を打ったデザインをすることが何より大切だというものでした。これは研究や教育でも同じことです。いかに先手を打つか、これを意識して、少し悩んでみようかと思います。
注)ここで記した川崎さんの言葉はおいちゃんのあいまいな記憶をもとに書いてみたもので、川崎教授の正確な発言ではありません。どうか、ご注意願います。
冬の旅 (010131)
今日で1月も終わりですね。2月は本当にあわただしい月なので、できればこのまま時間が止まればいいのにと思ってしまいます。昨年末の旅行で感じたことを書かないうちに月が変わろうとしているので、ここらで書いておかなければと、あまり乗り気じゃないのだけれど、更新してみました。
本当は学会帰りに、城崎とか天橋立とか、日本海側に進出してカニを食べようと計画していたんです。ところが、年末の日本海は激混み。どこの宿を聞いてみても満室で、とても泊まれそうな感じがしませんでした。どうも関西の方は日本海にカニを食いに行くみたいですね。時刻表を見てもカニカニ列車なるものが走っているし。まあ、それで紀伊半島を回ってくることにしたのですけど、お客は少なかったです。列車の旅は満喫しましたけど。ミカン畑が、梅の林に変わって。奇石がごろごろしている海が見えたと思ったら山間を走る。
のんびりした気分を振り返っているということはこの先が憂鬱ってことなんでしょうね。
オリジナリティー (010105)
新年あけましておめでとうございます。このコーナーを楽しみにしている方がどれほどおられるのか当方、全く関知しておりませんが(自分の研究室にもいないんじゃあなかろうか)今年もよろしくお願いします。
もう昨年のことになってしまったが、分子生物学会では、いろいろな刺激を受けてきた。企業のブースでもシンポジウムでも、ポストゲノム研究は大盛況。ポストゲノム研究に乗り遅れちゃいけないってな様子だ。
だけど、ちょっと考えてみて。確かに、生物の全 DNA 配列はわかった。で、どんなタンパク質が作られるかも予想がつく。じゃあ、そのタンパク質の機能は?ってことになると、さあ調べる術が思いつかない。今、こんなところに陥っているのだと思う。で、世の中はどう動いているかというと、
・いろいろな組織で作られているタンパク質を「かたっぱしから」調べて、組織間の違いを見るとか、
・個人の DNA 配列のたった1個の違いを「かたっぱしから」調べるとか、
・作られていると予想されるタンパク質を「かたっぱしから」合成して、その形を分析するとか、そんな感じ。
とにかく「かたっぱしから」がキーワードといって間違いないと思う。しっかし、この「かたっぱしから」ってのが結構やっかいだ。結局一つ一つやっていかなきゃいけないわけだけど、その一つも容易いわけじゃあない。すると、それをロボットにやらせるとか、人件費を使って、多くの人材を使って研究させるとか、俗な言葉で言うと「金」がかかる。すでに地方大学の一研究室にできることじゃなくなっているのだ。
学会中にある高名な先生の話を聞く機会があった。その中に、これはもうサイエンスじゃないテクノロジーだというセリフがあったけど、おいちゃんも全く同感。そんな風潮の中で、どうオリジナリティーを発揮していくのか、研究室で学生を指導しながら、どうサイエンスに携わるのか、おいらの手腕が問われているのだ。
熱いぜ、まったく。
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