僕にとって生物の世界は,未知がゴチャゴチャに詰まった底無しのオモチャ箱みたいなものだ.箱を開けると様々な生きものが次々と飛び出して,最初はただただその多様性に感動し,そして気づくと得体のしれない普遍性に魅了されている.「生きていること」において,まさに似て非なるものの集合体,生物たち.かれらは,そして僕らは,地球というオモチャ箱の中で時間の流れに身をゆだねながら生き残ってきたのだ.オモチャ箱の中には,多様な環境が存在し,そのいたるところで複雑に相互に関連しつつ各種の生命体がはぐくまれてきたのだ.そう,生命進化の結果として・・・
僕たちの研究室では,この生物多様性の理解と保全をめざして,さまざまな野生植物の繁殖様式の解明や,その繁殖に関係する野生動物の生態を明らかして,その進化機構を解析する.
● 研究の特徴
1.「君はいったい何をしているの?なぜそんな事をしているの?」という野生植物への問い掛けから,つまり素朴な疑問から研究をはじめる.確かに自然界の諸現象に対して,「なぜ:why?」の設問は本来なじまない.なんらかの科学的研究成果は必ず「どのようにして:how?」の回答にならざるをえないのだ.しかし,「なぜ?」という疑問の素朴さを大切にして,好奇心のおもむくままに研究活動を開始し,論理的に観察・実験を進めていく.野山を歩いていて「君はいったい何をしているの?」と,そう聞かずにいられない好奇心を大切にする.
2.研究対象として観察をはじめた植物種のみに固執しない.あらゆる生命体は,他の生命体との関係によって生き生かされている.つまり生態系的・共生系的思考が常に求められる.実際にはそのすべての把握は非常に困難である.したがって,研究活動ではある側面のみの相互作用を解析することになるが,生態系的・共生系的思考の欠如は私たちの研究活動の死を意味する.たとえば,ある種の植物の花の形態を観察して,そこに訪れる昆虫の種類と行動を追うことではじめて,その花の形態の進化機構はあるていど推定議論できる.
3.やたらに時間がかかる.これは野外観察を中心とした研究では宿命である.ちょっと見てわかることはまずない.また予想はしばしばくつがえされ,目からウロコが落ちる.このウロコの落ちる瞬間が僕たちの好奇心を満たす.
たとえば雑木の1種のアカメガシワの葉に存在する蜜腺の機能を明らかにしようと,その蜜腺を訪れる昆虫類を観察した.予想ではアリがその蜜腺を訪れることで,葉を食害する昆虫を排除しているのではないかと考えた.しかし確認できた昆虫類は実に多様で,肉食性であるクモ類まで蜜をなめにやってきていた.目からウロコがポロ!また,アリ類の訪れる頻度を明らかにしようとして,連続的に72時間のビデオ撮影を行い,アカメガシワ1株でのアリの出入り数を完全に把握してみた.予想の1つでは,のべ数千個体のアリが出入りして,当然アカメガシワの葉から蜜を採集し,アカメガシワに上るアリの個体数とアカメガシワから降りてくるアリの個体数は同じである筈であった.しかし現実には,その出入りの数は一致しなかった.なぜなら,アカメガシワに上っていったアリの一部は,アリにとってみれば巨大な樹上を探索する途中で,風などによって落下していたからだ.実にアリは仕事の途中で事故にあっていて(およそ15分に1個体が遭難し,行方不明になる),全個体が無事に帰還していたのではなかったのだ.目からウロコがポーロ,ポロ!
● 研究室メンバーに必要な素養
上記の研究の特徴を読んで「おもしろい!」と興奮できればやれる.「興味深いですね」と冷静なら,うちの研究は続かない.とにかく,好奇心と忍耐力と自然への愛着,そして未知の予期せぬ事態への深く柔軟性のある考察力と適度なマヌケさが必要だ.
● 卒論の研究テーマ
1.僕と議論して,君と僕の両方が面白いと感じて,実現可能性が僕に理解できれば,何でもよい.
2.1では困るとか,迷う場合は,僕の方からいくつかの仮のテーマを提示する.その場合,(ア)野生植物の繁殖生態に関連する問題,(イ)動植物相互作用の生態学的側面の問題,(ウ)野生植物の種分化,とくに形態変異に関する問題などに関係するテーマが提示されるであろう.もちろん,具体的な内容は希望者本人と議論を積み重ね決定する.
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