本雑誌の読者の多くが最も興味ある植物でも、移入され野生化した種が同様に脅威となっているのである。トウダイグサ科の大型木本、アカギをはじめ、リュウキュウマツ、ギンネム、シマグワ、アオノリュウゼツラン、セイロンベンケイソウなどなどである。もう一々挙げないが、本土や琉球列島でなじみ深い多くの帰化植物も、小笠原諸島の集落周辺を中心に生育している。
実際、小笠原諸島に観光に訪れ、観光用の周遊路を巡っている限り、街路樹として植栽された植物や道路工事で導入され野生化した移入植物ばかりを見ていると言っても過言ではない。それほど、多くの移入植物が小笠原諸島にはもたらされてきた。しかし、野生化した植物のすべてが、小笠原の天然林侵入しているのではないのも事実ではある。多くの移入種は人間が開墾した土地の周辺でのみ生育し、そこでのみ天然更新しているか、異なった要因によって衰退さえしている。
このうち、小笠原諸島の移入され天然林に直接的に脅威を与えて、深刻な状態になっているのは、アカギとシマグワである。しかし脅威の内容が、移入動物種の場合とは異なっている。動物種の脅威の多くが他の動植物の捕食に由来しているのに比べ、移入植物の脅威は、生育環境が似ていた別種数種との完全な置き換わりと、近縁種との交雑による遺伝的汚染という現象として捉えることができる。
アカギは、トウダイグサ科の高木種で、明治期に造林樹種として小笠原諸島の各地に導入された。湿潤で肥沃な土壌を好み、稚樹の耐陰性が強く、萌芽再生能力にすぐれ、その上、非常に生長が速い。また、島内島間での分布拡大に最適な鳥散布される果実を大量に付ける。だから当初の植林地から、鳥散布によってあらゆるところに、短期間で逸出していった。
乾燥傾向がつよい小笠原諸島の気候にあって、湿潤な地域は、多くの固有種が残存し、独特な森林を形成してきた場である。皮肉なことに、アカギはそのような湿潤な森林好んで侵入し、在来樹種と置き換わっていくのである。したがって、小笠原諸島でも、特に固有植物の宝庫、母島の石門・桑の木山地域は、現在、アカギによって直接的に破壊され、アカギの巨木で占められつつある。ヤギの場合と同様に、アカギの天然林侵入によって、森林の質が急変することからすれば、間接的に影響を被っている在来生物種は計り知れないであろう。
一方、シマグワの脅威は、比較的最近になって判明してきた。戦前に養蚕のために導入され、その後野生化してしまったシマグワが、小笠原諸島固有種のオガサワラグワと雑種を形成していたのだ。これは分子遺伝学的解析が野生植物でも可能になった最近の生物学の進歩によって判明した事実である。オガサワラグワは小笠原諸島の良く保たれた森林の構成種で、巨木になり、材が緻密で硬いことから、明治期に小笠原諸島の各地から切り出され、本土に搬出されたほどの良材を提供する。切り出され根回り直径2mほどの切り株となった姿が、母島の石門域で、100年以上たった現在でもはっきりと見ることができる。したがって切り出されていた当時は、石門地域などに多くの巨木が生育していたはずである。
しかし、現在残存するオガサワラグワと考えられていた株の多くが、すでにシマグワとの雑種であり、純粋なオガサワラグワはほんのわずかであるという。オガサワラグワの純血株と識別された株は、なんと母島で約20株、父島で数株までに減少している。弟島では純血の40株ほどの生育が確認されているが、父島、母島でのオガサワラグワの自然状態による純血維持は、すでに広域に拡大しているシマグワの分布域からすると、困難な状況である。
オガサワラグワが雌雄異株であり、したがって自殖できない宿命にあることを考えると、少数の自然残存株間での交配・繁殖はほとんど見込みが無い。このままでは、確実に、純粋なオガサワラグワは絶滅するであろう。それも、かつては予想もしなかった過程を経て。オガサワラグワの遺伝子が、バラバラとなり、シマグワの遺伝子のなかに組み込まれて滅んでいくのだ。事態は、オガサワラグワに対するシマグワの単純な遺伝子汚染のレベルを超えている。
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