最新更新日:2002/09/30

 川窪伸光                                Topへ戻る
 私の興味(今までの成果と展望)




はじめに

 私は,顕花植物群を対象として,系統分類学を基礎に,進化生態学的考察を展開する研究活動を行ってきました。私の研究内容は広範囲にわたっていますが,研究姿勢は基本的に一貫しており,それは,フィールドワークを通じて,植物個体群を,直接,詳細に観察・測定し,解析して,顕花植物の分布と進化の過程を解明しようとするものです。私の研究成果は大きく以下の3つの分野として整理できます。



1.島嶼環境における植物の分布と種分化に関する研究

 島嶼環境は,大陸など他の地域から地理的に著しく隔離されており,進化学の予測理論を実際に確認観察できうる場として考えられてきました。私は小笠原諸島,南西諸島,ミクロネシア諸島をフィールドワークの場として,進化生態学的な研究を行ってきています。

 小笠原諸島では,まず,多くの無人島を含めた離島ごとに,植物相の解析を行い,各構成種の分布生育状態を明らかにしました。また,同諸島に固有のクマツヅラ科ムラサキシキブ属3種と,ミカン科シロテツ属を材料に,地理的隔離や生育環境と,形態変異・生理的特性変異との関係を解析してきました。その結果ムラサキシキブ属では,各固有種3種の個体群がそれぞれ生態的環境に対応して異なった形態変異を示し,その変異の様相は,固有種3種の共通祖先の適応放散の結果と,離島に分布を拡大した際の遺伝的浮動の結果で生じてきたものと考えられました。シロテツ属では,葉の形態変異が,生育環境に適合した生理的特性と関連している事実を把握しつつあります。

 小笠原諸島のさらに南海域にある火山列島,北硫黄島(無人島)における植生調査も行い,同島の山頂域の植生を戦後はじめて具体的に報告し,また,火山列島のさらに南のミクロネシア諸島では,そこに分布するムラサキシキブ属植物の形態の分類学的問題を明らかにしました。

 一方,南西諸島では,植物相の解析のために,屋久島から,トカラ列島,奄美列島,沖縄列島,八重山列島にいたる各地で,野外調査を行いつつ,文献情報の整理もしてきました。その結果,環境保全上,重要なデータを整理して示すことができました。また,特に植物相の解析がほとんど行われてこなかったトカラ列島では,現地調査を繰り返し,島の面積と自生種類数の間の正の相関を明らかにすると同時に,火山起源の島々独特の現象として,比較的新しい地誌的環境が生育種類数に影響を与えていることを示しました。



2.顕花植物の性表現及び繁殖の進化に関する研究

 顕花植物の進化を考えるうえで,有性生殖の場である「花」の生態的特性(性表現)の解析は不可欠です。私は,小笠原諸島で形態変異の解析をしたムラサキシキブ属植物に,世界でも非常にまれな性表現を発見しました。ムラサキシキブ植物は,世界に約140種が知られていますが,そのすべてが両性花を咲かせる雌雄同株として考えられてきました。しかし私は,小笠原産ムラサキシキブ属3種がいずれも特殊な雌雄異株(雌しべが発達しない雄花しか咲かせない雄株と,健全な両性花に見えるが不稔花粉しか生産しない雌花のみの雌株で構成)であることを明らかにし,また,不稔花粉が花粉媒介昆虫を引きつけるうえで非常に効果的な装置であることを解明しました。

 日本の山野に普通でありながら,見過ごされてきたキク科アザミ属植物の性表現の実態も明らかにしてきました。その結果,日本産アザミ属植物は両性花のみを開花する雌雄同株として考えられてきたにも関わらず,多くの種が雌株を分化させている事実(雌性雌雄異株:観察した97分類群・約4500株のうち約40%の39分類群において,花粉を生産しない退化的雄ずいをもつ雄性不稔株がある)が判明しました。その上,ノマアザミで確認された雌性雌雄異株では,集団間で変動する性比と,雄性繁殖器官の形態的変異を把握、解析しました。その性比変動は進化生態学の理論的骨格である資源配分の観点からすると,繁殖器官への資源配分が進化的な最適化(安定化)からの逸脱していることを意味し,非常に興味深い現象であると考えられました。

 これらの性表現の研究については,島環境とも結びつつけて議論もおこないました。またクマツヅラ科のクサギでは,経時的に雌雄の役割を演じ分ける性表現である雌雄異熟性を,花蜜分泌のパターンと比較・解析しました。一方,無性繁殖についても,暖帯域では身近な低木であるアカメガシワを材料に検討してきました。この研究では,樹木間が地下部で連続する事実を発見し,その実態を記録しました。この地下部の連続は,パイオニア植物の生存においても,無性繁殖が重要な役割を担う可能性を示し,森林の更新や遷移を解析する際の個体認識に新たな議論を起こしました。



3.生物多様性の保全・環境教育に関する研究

 私自身の研究成果に基づいて,私はこれまでに生物の多様な生きざまを社会に紹介してきました。また,私の研究は,絶滅に瀕している生物の状態を科学的に把握し回復させる手法の開発において重要な役割を担うと考えいます。すなわち,小笠原諸島や南西諸島など,私の研究活動の中心的なフィールドにおいて,植物相の把握と解析を通し,その絶滅と回復の可能性を議論できるデータを提出してきました。また,環境保全の重要な視点である生態系における動植物間相互作用に注目し研究を続けています。さらに具体的な教育活動として,自然保護活動の問題点を明らかにすると共に,将来の保全活動の理想を議論してきました。


4.教育に関する抱負

 私の研究の原動力は,観察や理論的解析から得る感動です。したがって教育活動では,私自身がフィールドで得てきた経験・体験・感動に基づいて,学生達と接することで,彼らの学術的好奇心と生物学的興味を高めることができればと考えています。

 また,私の専門は植物系統群類学もしくは進化生態学ではありますが,興味は,専門分野に限らず,人間を含む動物や自然史分野全般におよび,また自然環境の保全についても検討してきました。学生に,基礎的解析能力をもち,かつ社会性を備えてもらう教育に貢献できればとも考えています。

 私は,理学部・教育学部・教養部・農学部と多様な学生を対照にして,様々な講義を経験してきました。その講義経験も生かし,自然界の多様なありさまを観察研究し素直に感動できる私が,自分自身のオリジナルな基礎的研究に基づきながら,生物学の感動と興奮を学生さん達に伝え共有する役割が担えれば幸いです。