園芸生産工学の講義内容

1.需給
(1)生産状況の推移
 現在日本で栽培されている蔬菜の種類としては約100種類以上が挙げられているが、このうち作物統計に取り上げられているものは29種類で、これらは栽培面積がある程度まとまり、通常市場に出荷されているものであり、主要蔬菜とみることができる。
 このなかで東海地方においては特に27品目が主要な位置を占めており、根菜類(ダイコン、カブ、ニンジン、ゴボウ、レンコン、サトイモ、ヤマノイモ)、葉茎菜類(ハクサイ、キャベツ、ホウレンソウ、ネギ、タマネギ、レタス、セルリ−、カリフラワ−)、果菜類(ナス、トマト、キュウリ、カボチャ、ピ−マン、イチゴ、スイカ、メロン)、豆類(サヤエンドウ、エダマメ、サヤインゲン、未熟トウモロコシ)が挙げられる。
 作物,園芸,畜産などの総産出額は12兆円近くに達しているが,その内訳をみると,作物は昭和50年前後から約4兆円で横ばい状態となり,畜産についても昭和55年前後より3兆円前後で横ばいとなっている。これに対して園芸の総産出額は上昇する傾向にあり,平成2年度で4兆円に達している。この園芸生産の内,果樹が昭和50年前後より約1兆円で横ばい状態となっているのに対して,野菜は10年ごとに5千億円ごとに上昇する傾向にあり,平成2年度で2兆5千億円に達している。また花卉についても,平成2年度で8千億円と金額はまだ少ないものの直線的に増加する傾向にある。
 これら主要蔬菜の昭和55年度の産出額は1兆7810億円に達し、農業総産出額10兆1962億円の17.5%を占めている。蔬菜の総作付け面積は55万9200 haで総収穫量は1525万4000 tであり、自給率はほぼ100%で、人口1人当り約140 kgを供給していることになる。

(2)出荷量の推移
 大きくわけて年間安定供給されるものと季節的に生産が偏るものに分けられる。安定供給されるものとしてはホウレンソウ、キュウリ、キャベツ、ダイコンがあり、季節的に偏るものとしてはイチゴ、カブ、ナス、サトイモ、エダマメ、ハクサイ、ネギ、タマネギ、ニンジンがある。季節的に偏るもののなかでも消費動向として限られるものはエダマメ、ハクサイ、ネギがあり、これらのものは促成栽培や抑制栽培によって生産をしても消費されないため、もっぱら露地栽培により生産され、このため季節的な制約を受けている。また、カブ、ナス、サトイモは商品価格が低いため生産費がかさむ施設栽培は行われず、同様に季節的な制約を受ける。ニンジンは本来、安定供給を必要とした蔬菜であるが、他地域(北海道など)で補間しているため全国的には安定供給が行われている。また、タマネギは貯蔵が行われているため結果的に安定生産となっている。ホウレンソウ、キャベツなどは植物生理学的には周年栽培を行うことは困難な蔬菜であったが、品種改良によりこれが出来るようになった。キュウリ、トマトは近年の施設園芸の進歩によりかなりのところまで安定的な生産が行われるようになった。

2.生産形態
 施設栽培総面積は11万2822ha(平成11年)で、そのうちガラス室は2476ha、ハウスは5万1042ha、雨除けは1万3571haトンネルは4万6503である。トンネル、雨除けとハウスがほとんどでガラス室はごくわずかである(表)。蔬菜の種類別に見ると、面積,収穫量ともにスイカが最も多く、次いで栽培面積では露地メロン,イチゴ,キュウリ,トマトとなり、収穫量ではキュウリ,トマトとなっている。トンネル栽培を除いた施設栽培では、栽培面積ではイチゴが最も多く、キュウリ,トマト,スイカ,露地メロンの順になっている。収穫量ではキュウリが最も多く、トマト,スイカ,イチゴ,ナスの順となっている。
 蔬菜生産に占める施設蔬菜の比率は、種類によっては極めて高くなっており、温室メロンでは100%が施設栽培でそのうち75%はガラス室である。作付面積に占める施設栽培の割合をみると露地メロンで83%,イチゴで76%,スイカで65%,キュウリで35%,ピ−マンで33%,トマトで31%である。収穫量では露地メロン90%,イチゴ88%,スイカ77%,キュウリ57%トマト41%,ピ−マン62%,ナス37%となっている。トンネルを除いた施設ではイチゴが80%,ピ−マン55%,キュウリ47%と高く、特にイチゴの値が著しく高いことがわかる。
 施設栽培の最も大きな功績は蔬菜の端境期をなくし、年間平均して蔬菜を供給できるようになったことであろう。現在では施設園芸なしに安定した蔬菜供給は考えられないようになってきた。
 一方、施設園芸の発達に伴い季節感の喪失や、露地蔬菜に比べ栄養的に劣るという批判もないとはいえない。また、エネルギ−問題からエネルギ−消費型の最たるものであるとの声も聞かれる。しかし、農業の目的の1つが食料の確保にあると考えると、冬の端境期に安定した蔬菜の生産、供給ができる施設栽培を単純に批判することはできない。

3.養液栽培
 近年、ジャーナリズム等で農業のハイテクとして、バイオテクノロジーと養液栽培が取り扱われている。ここでは養液栽培について詳しく述べる。
 水耕栽培と言うと植物工場を思い浮かべる場合が多く、筑波の科学万博で、水耕栽培のトマトが1本で1万2000個の果実がみのり、スーパーでは店内に水耕装置を作りレタスを販売する、またはJR東日本では野菜工場の施設を作った、等の話題が挙げられている。
養液栽培が注目されている大きな側面として、次の事が挙げられる。
1.現在の施設園芸に対し、何らかの問題点が見いだされ、養液栽培がそれを救う一つの手段として考えられている。
2.我が国において、昭和35年以来の歴史を持ち、研究的には昭和初期にさかのぼる養液栽培が近年特に注目される原因に、養液栽培自体の進歩があった。
3.従来の農業では応用できなかったバイオテクノロジーや工学的な発達に基ずく技術が、養液栽培の進歩により農業に容易に応用できる可能性が出てきた。

生産者の立場としての利点としては次の事がある。
1.連作障害の回避や栽培不適地域(連作障害、地理的環境等)での栽培が可能である。
2.装置化・機械化により耕起、除草、土壌消毒などの作業が不要となり、労働時間の短縮につながる。
3.栽培環境の清浄化が可能である。従来の農業の土にまみれ汗して働くという他産業従事者からの蔑視ともとれるイメージが打ち破られ、これが精神的な評価の一  因となり、後継者対策として評価されてきた。
4.生産量の増大(周年栽培と効率化により単位面積当り2.5倍の収穫)や高品質化(鮮度、貯蔵性の向上)が可能である。
5.工業的生産に対する魅力

一方消費者の立場としては以下のようなことが促進材料となっている。
1.健康食品(無農薬)に対する期待
2.農業→土壌→不潔のイメージからの脱却による清浄野菜としての評価
3.農業=非能率のイメージによる工業に対する農業の後進性を打破するものとしての評価
ただし、消費者におけるこれらの評価が農業に対する正当な評価であるかどうかについては極めて疑問な点があり、素直に受け入れられるものではないと考えられるが、しかし野菜が従来の食糧としての価値から商品としての価値が高まっていることは否定できず、これらの心情的な感覚を無視できない状態にきていることも否めない事実である。そして、それらの社会情勢が野菜生産をさらには農業を変革させる可能性は大きく、次第にその程度を強めていることも事実であることから頭から無視するわけにはいかなくなってきている。

 施設園芸にしめる野菜の割合は極めて多く、野菜が8万9496haであるのに対し、花1万834ha、果樹1万2494haである(表)。野菜の全栽培面積が70万haであるところから、単純比較すると約13%に過ぎないが、トマト、ナス、ピーマン、キュウリ、イチゴ、メロンについてみると、全栽培面積の32.5%、収穫量の47.4%を施設栽培が占めていることになる。
 昭和40年以降パイプハウスの施設面積が急激に伸びていることが判り、ガラス室+鉄骨ハウスが昭和40〜56年に増えていることが判る。このうち、昭和48年から50年にかけてはオイルショックによる施設建造の停滞期にあたる(図)
 キュウリ,トマト,イチゴ,ピーマンでは全体量に占める施設ものの割合が非常に増加している。
 施設栽培に対する養液栽培の現状を見ると、全体が11万2822haであるのに対し、1056haと約1%に過ぎない(表)。この大きな原因として初期資本投入が大きく、後の述べるように大体10a当り3000万円以上かかる。その結果、生産コストが上昇しリスクが大きいことや、管理に相当程度の技術を要するが適当な指導書が完備していないこと、プラントメーカーが主導となっているためアフターケアーが充分でなかったり公的機関の参入が遅れたこと、栽培に一度失敗すると(病原菌の侵入や養液の調整など)壊滅的な被害が出ること等が障害になっている。現在、養液栽培で作付されている野菜の品目を見るとトマト、イチゴ、ミツバ、ネギの順となっている(表)。これらの個々についての問題点などについては後ほど述べる。

1).養液栽培の歴史と種類
歴史
 研究的には19世紀半ばより行われており、最初の養液としてSacks液(1860年)が考案され、以来Knop液(1865年)等が有名である。実際に栽培として行われてきたのは第二次世界大戦中にアメリカが南方の土のない島々で野菜生産を行い、戦後日本で大規模な水耕施設を滋賀県大津市(10ha)と東京調布市(22ha)に設置し(昭和21年)、野菜の自給を始めた(図)(その原因は日本の農業が人糞を肥料としていたため不潔であるという事がきっかけとなった)。しかし、この結果日本の研究者がそのノウハウを修得し、その後の発展に大きな貢献をした。我が国の研究者が養液栽培の実用化を試みたのは昭和35年に園芸試験場でれき耕栽培を完成したのが最初であった。その後プラスチックの成型技術の進歩にともない昭和43年頃から多くのメーカーが養液栽培のシステムの開発、販売を始め、昭和50年後半からNFTが導入され、続いてロックウール(図)が取り入れられた。

種類
 養液栽培の種類としては、大きく分けて噴霧耕、水耕、固形培地耕の3つがあり、それぞれ利点、欠点を持っている(表)
 現在日本で行われているものは噴霧耕では循環式、水耕ではこの内環流式(別名循環式水耕ともいう)で、これは「たん液式」と「NFT(Nutrient Film Technique)」に分けられ、固形培地耕では砂耕、れき耕とロックウール耕である。噴霧耕は、最近キューピー株式会社がTSファームとして野菜工場のモデルとして用いている。水耕では、たん液式とNFTが一般の水耕栽培施設として用いられ、野菜工場としても利用されている。固形培地耕としては、ロックウール耕がもっとも広く採用され、将来的にも注目されている。

◎たん液式(循環式)水耕
1964年に園芸試験場久留米支場の山崎らが開発したものが最初となり、日本で開発、発達した方式である。この方式を採用しているメーカーとして、協和ハイポニカ,M式水耕研究所,神園式(神奈川県園芸試験場式の略),新和プラスチックなどがあり、前者の3つはベッドと大型タンクが組になり、この間で培養液を循環させる方式である。後者の方式は、タンクを省略するか又は小型化し、ベッド間で培養液を交換する方式である。
 これらの方式の利点は、(1)培養液の循環時に空気を混入させ、培養液中の溶存酸素量を増加することが容易、(2)循環の過程で培養液の濃度,バランス,pHを測定し、それらの自動制御が容易、(3)培養液が大量にあるためpH、濃度、温度の急変が防止でき(buffer効果)、(4)ベッド内の培養液の全量が随時交換されるため、液濃度が均一となる、等である。しかし、これに対し欠点は、(1)多量の培養液を用いるため、ベッドやタンクが大型でかつ強度を要求され、設置に多大な経費がかかり(2〜4万/3.3m2)、(2)液循環により地下部病害虫の蔓延を助長する、(3)循環する液量が多いためポンプ運転のための動力費がかさむ、等が挙げられる。

たん液式(循環式)水耕装置(図)
 この方式が他の養液栽培方式と比べて機能的特徴とするところは、@培養液の循環時に生ずる液流によって常に根に新鮮な溶液が接し、その結果根に対する酸素の供給が良好になる。A循環の途中で瀑気やサッカーによる吸気が可能なため、溶存酸素の富化が可能である。B以前述べた養液の調整が循環時に測定した結果を基に行うことが出来る。C養液が多いためbuffer効果を期待できる。D養液量が多いため周囲の環境の温度変化を受けにくく、かつ加温や冷却が可能である。などの点である。
協和ハイポニカ  ベッドに給液する際に勢いをつけて行い(水道の蛇口からタライの中に水を流すように)、その際に空気を取り込む方式。貯水タンクを有する。果菜類(トマト、ウリ類)に適しており、実績も多い。しかし、装置が高価で1000万円/10aを要し、ランニングコストや栽培後の処理の労力がかかる。
M式水耕研究所  ベッドに給液するパイプにサッカー(空気を吸い込む装置)という装置を付け、水中に多量の細かい気泡を混入し、それによって空気を取り入れる。貯水タンクを持たない。葉菜類とくにミツバで実績を伸ばした。その原因にミツバが溶存酸素に対する適応域が広く、他に比較して溶存酸素量が少ないこの方式に向いていたためと考えられる。しかし、その後果菜類にも改良を加えて実績を作っている。貯水タンクがないため費用が安く、400-500万円/10a程度である。近年植物工場に対しても関心が高い。
新和式等量交換  協和ハイポニカと同様であるが、さらに養液を2つのベッド間で交換するため、どちらかのベッドの根は必ず空気に触れており、空中の酸素を吸収できる。貯水タンクを持たない。協和やM式よりは後発であるが、いち早くウレタンを用いたり、水面の上下方式を開発したりし、葉菜類、果菜類共に近年高い評価を受けている。タンクを持たないため経費は安く、300-400万円/10aである。
神園式水耕給気方法は協和ハイポニカと同様であるが、さらに水面を上下させ、根を空気にさらさせる方式を加えている。貯水タンクを持つ。果菜類専用で、他の方式とは異なりベッド枠にコンクリートブロックを用い構造が堅牢であるが、施設設置を自家労力で行うことができる。費用は500万円/10aである。

◎NFT水耕(図)
 イギリスのCooperらが1973年に開発し、実用化した。日本ではサンスイ,M式水耕研究所,みかど育種農場,シーアイ化成などがプラントメーカーとして販売している。特徴はベッドに傾斜を持たせ、養液を薄く平らに流して根に養分と酸素を行き渡らせることである。利点は、(1)養液が少なく設備が簡略ですむため、設備投資にかかる経費が安く、(2)ベッド中の培養液が少ないため重量が軽く、ベッドの高さを高くすることが出来、管理が楽になる、(3)培養液の温度を随時変えられる、(4)ランニングコストが安い、等が挙げられる。しかし反面、濃度やpHがすぐに変化するため培養液の調節を頻繁に行わなくてはいけないことや環境の変化(特に温度)を受け易く、夏の高温に弱いなどの欠点がある。

NFT式水耕装置
 果菜類(トマト)は根の呼吸に要求する酸素の70%を空気中から直接吸収するが、ミツバなどのような水辺の植物では葉で行われた光合成による酸素を維管束を通じて根に供給する構造を持っており(60%)、空中の酸素にほとんど依存せず(6%)、水中の溶存酸素を全体の30%程度吸収するに過ぎない。このため、トマトやウリなどの果菜類は養液栽培する際には根が空気中に露出する装置を開発する必要があった。NFT方式はこの点で果菜類の栽培に適しており、かつ構造が簡単なため設備投資が極めて安く出来るメリットがあり(自家製を用いた場合50万円/10a)、移動する水量も少ないためランニングコストが安い。また、液量が少ないため調整を頻繁に行う必要があり、その結果養液調整の自動化をせざるおえず、逆に作業の簡易化が実質上可能となる。NFT式水耕装置はベッド内の水量が少ないため、特に夏の根系温度が上昇し易く、高温によるCa吸収阻害が生じ、トマトでは尻腐れ、イチゴや葉菜類ではチップバーン(イチゴの場合葉の縁が褐変したり、葉菜類では芯が褐変する)が発生する。
MFTさか(M式水耕研究所)、みかどNFT、サンスイNFTなどがあり、設備投資額は300万円/10a前後である。

◎ロックウール耕
 1970年後半にオランダで実用化され、ヨーロッパで広く用いられ、その後日本には昭和58年(1983)に筑波大,野菜試などで試験が行われた後急激に広まった。現在20社近くが各々のプラントを開発し、市場に参入を計っている。この方式の利点は、(1)水耕の場合には、酸素の補給は水中の溶存酸素に頼りがちであるが、ロックウールの場合にはその中に気層を保持しているため酸素補給が良好である、(2)給水条件により、水分供給条件を設定できる、(3)ベッド,貯水タンクなどの施設を大幅に簡易化できる、(4)一般に培養液を循環しないため病害の発生を防ぐことが出来る、(5)培養液の自動制御が必須なため、大規模化が容易である、などがあるが、反面、(1)作付後の資材の廃棄のシステムが完備していない、(2)2〜3作連用できるが常にロックウールを購入しなければならず、現在ではコストが高い、(3)点滴掛け流し式の場合には、排水による環境汚染が問題となる、(4)栽培マニュアルが完備していない、などが問題点として残っている。

ロックウール耕
 ロックウール耕の場合、水耕とは異なり、培地自身が通気性を持ちながら同時に養水分を保持できる特徴がある。したがって、@気層を保持したまま養液が供給されるため酸素の補給が良好である。Aある程度水分供給条件を調節できる。B培養ベッドや循環用の養液タンクを省略できる。C培養液の成分を植物の生長に合わせてかなり精密に調整できる。D病害の全体的な伝染を防げる。E育苗にもロックウールを用い、その後の定植が容易である。などの利点がある。
給水方式としては点滴給液方式、底面潅水方式などが行われている。

 以上のように主要な各方式の養液栽培システムの長所、欠点を解説したが、これらの最も重要なポイントは初期投入コストとランニングコストそして酸素の供給である。
この内、酸素の供給は最も重要な条件であるため、この点について詳しく述べる。
 酸素不足が発生すると「根ずまり」と言われる現象が生じ、その結果根が腐敗し、アンモニアが発生し、養液のpHが上昇し始める。根への酸素の供給は水耕栽培では液中の溶存酸素によるか、直接空気中の酸素に接することによって補う。液中の溶存酸素による場合には、液表面と空気層との接触によって行う自然溶存の場合と、液循環の際の瀑気や吸い込みによって行う場合に分けられる。直接空気中の酸素に接する場合は、NFTの一部の方式(養液を一次的に止め、根を空気に完全にさらす)やロックウールなどで行われている。
 根の発育生態を見ると、溶存酸素のみによる場合には根毛がほとんど発達せず、環境適応幅も狭い。それに対し、空気中の酸素を利用した場合には根毛が良く発達し、環境の変化に対し順応性が高い。したがって、有機物が充分に供給された土壌の場合には土壌の団粒構造が発達しており、土壌中に空気すなわち酸素が充分含まれるため、そこで栽培した植物の根には根毛が発達しており、環境に対する適応性も高くなる。養液栽培は、この土壌で栽培した場合の良い点を取り入れる努力がなされ、かつ土壌の場合に生じる欠点を補うことを目標をしているため、特にこの酸素の供給に対しては細心の注意が払われてきた。したがって、強いて順位をつけると、たん液水耕装置、NFT、ロックウールの順に酸素の取り込みには良いことになる。

W.花芽分化
 果菜類や花菜類は果実を収穫対象としているため、花芽分化は避けることの出来ない生理現象である。これに対し、葉菜類及び根菜類は一般に花芽分化を行わないように管理し、花芽分化を抽苔現象として取り扱っている。
 花芽分化は形態的には、生長点が栄養生長器官である葉を分化するのをやめ、生殖生長器官である花芽を分化するようになる質的変化であり、一度花芽分化の方向に遷移した生長点は2度と栄養生長を行わない。

植物の花芽分化
 植物の花芽分化の様式には、頂生花芽と腋生花芽の2通りある。しかし、その植物形態的な特徴は同じで、共に以下のようになる。
 生長点の表層は外皮に覆われ、その内部に中心母細胞群(始原細胞群)または待機分裂組織と呼ばれる組織があり、そのまわりに周辺帯または初生輪部と呼ばれる分裂活性の高い部位があり、ここで将来葉や生長点となる部分が作られる。花芽分化を行う際には中心母細胞群(始原細胞群)または待機分裂組織が活発な分裂を行い、それまでドーム状であった生長点が隆起し、台形をおびるようになる。このような形態を示すともはや生長点ではなく、花芽としての機能を持ち、その後生長点にもどることはない(不可逆的反応)。このような変化を花芽分化と呼び、その時期を花芽分化期という。
 花芽として生長点が分化すると、本来葉原基となる部位が苞(葉と相同組織)となり、その後がく片,花弁,雄蕊,雌蕊を形成し、花の分化が終了する。花が房状に着生する場合にはがく片形成後、次のがく片をその腋部に形成し、これを続けることにより花房が形成される。
 頂生花芽の場合、花芽が形成されると、それまで生長点であった部位がなくなるため、頂芽優勢が打破され、その最も近い部分の生長点の活性が高まり、これが次の生長点としての役割を果たすようになる。

1.果菜類の花芽分化
 果菜類は果実の生産を目的としているため、果実の生産増大をはかるには、まず良い苗を育成し、果実のもとになる花芽を適当な位置に充分な数だけ着生させると共に、さらに充実した健全な子房、葯を持った花に発育させることが重要である。
 果菜類の良い苗とは、徒長や老化がなく、すなおに育ち、光合成産物や窒素,リン酸、カリなどの養分の蓄積の多い苗である。また、ナス科,ウリ科では栄養生長と生殖生長とが平行して営まれており、いずれかにかたよってもその結果は不良となるので、両者のバランスを保たせながら発育させることも必要である。

A.ナス科蔬菜の花芽分化
1.着果習性
ナス科の主茎の伸びをみると、トマトでは通常1ー2m、科学万博で展示されたように条件が良い場合には4ー5m以上となる。しかし、その他のナス科植物はそれ程ではなくナスでは60cmー1m、ピーマンではそれより小さい。
 ナス科の花序は、外観的にはトマト,ナスでは節間に、ピーマンでは分枝部に着生するように見えるが、植物学的には仮軸分枝で、花序を頂生する。トマト,ナスではその腋芽が急速に伸長する。以後、トマトでは3節葉おきに、ナスでは2節葉おき、ピーマンでは毎節ごとに同様な事を繰り返して花序を着生しながら伸長し、花序を節間に側出するような形となる。このような形態を示す原因については次の花芽の分化過程で詳細に述べる。

2.花芽分化過程
 さきほども述べたように、ナス科蔬菜は発芽後ある程度栄養生長を続け、本葉の葉原基を8ー9枚分化すると、それまで葉原基を分化していた生長点(茎頂)が葉原基の分化をやめ、肥厚、隆起し、花芽分化の兆候が観察されるようになる。したがって、第8節と第9節の間に最初の花序を着生するようなるのである。前述のようにナス科は頂花芽であり、仮軸分枝である。
 図2ー14、15、16に示すようにそれまで葉を分化していた茎頂が、円錐状突起から肥厚隆起して偏平な角ばった形になる。この時期が形態的に花芽分化の最初の時期でこの第1花の後第2花,第3花と分化し、それと同時に最終葉の基部に生長点が形成され、これが次に葉を分化してゆく。ただし、ナス,トマトでは生長点は1個であるのに対し、ピーマンでは最終直前葉の基部にも生長点が形成され、果実が着生する毎に2分枝となる(品種によっては3分枝系統もある)。

4.花芽分化と各要因との関係
1).苗の生育
 ナス科植物の花芽分化期が播種後何日に当たるかは、育苗環境や 苗の栄養状態等によって著しく異なるが、多くの調査からほぼ播種後25ー35日の時期と見ることができる。その時の苗は草丈3ー4cm、展開葉数2ー4枚、茎の直径2mm前後、茎葉重0.5-1.0g位で、苗が非常に小さい時期に花芽の分化が始まる。
 トマトでは第一花房の分化開始は播種後24ー28日、本葉2ー3枚が展開している程度のごく若い時期である。第2花房の分化開始は播種後34ー38日、第1花房の分化開始後10日前後、展開葉数4ー5枚の時期で、この時期には第1花房ではすでに数花が分化している。第3花房の分化開始は播種後43ー47日、第2花房の分化開始後10日前後、本葉6ー7枚展開した時期で、この時期に第1花房では6ー8花、第2花房では数花が分化している。第1花房の第1花は播種後55ー60日、展開葉数9ー10枚の時期に開花するが、この時期には第1、第2花房では花芽分化は終了し、第3花房では数花分化し、第4花房でも既に花芽の分化が進んでいる。
 ナス科植物はいずれも第1花分化後、苗の生育の進行にともなって花芽の分化数が急激に増加し、第1花が開花する播種後60日くらいの時期にはかなり多くの花芽が分化している。
2).環境条件
a).温度
 ナス科植物は、高温性の蔬菜で生育適温は比較的高い。特にピーマンは果菜類のうちでも、もっとも高温を好み、ナスはピーマンに次ぐ高温性であるが、トマトは低温にはかなり敏感である。ナス科植物の生育適温は10ー30℃の範囲と考えられ、健全な生育を計るための限界温度は、高温側で30℃、低温側で10℃、ナスでは13℃、ピーマンでは15℃位であり、この範囲をはずれると生育にとって相当のマイナスになる。
 すなわち、高温側では35ー40℃になると茎葉には障害が現れなくても花芽の分化、発育に障害が現れ、40℃くらいで茎葉の伸長が停止するようになり、45℃以上50℃近くの高温になると短時間で茎葉に日焼けを生じ、はなはだしい場合には若い組織が枯死するに至る。一方、低温側ではトマトで10℃、ナス、ピーマンでは15℃になると生育量は低下し、トマトで5℃、ナスで10℃、ピーマンで12℃位で茎葉の伸長はほとんど停止し、0ーー1℃になると枯死する。
 ナス科の花芽分化及び発育に対する幼苗期の温度としては日射量が充分な場合には、昼間の温度は25℃から30℃で夜間の温度は15℃から20℃が適温と考えられる。この温度で苗を生育させると、花芽の分化が早まり、着果節位が低くなり、果房の着果数が多くなり、分化後の花の発育も良く、素質の良い花となる。このことは後に述べるように、果実の肥大にも大きく影響し、大果を生産するには重要な事である。
b).日照
 トマトはその生育に7万ルクスの光を要求し、好光性の果菜類の中でもスイカの8万ルクスに次ぐ強光を好む作物である。ナスはトマトに比べるとやや弱光に耐え、ピーマンは強光を好む果菜類の中では最も弱光に耐え、3万ルクスで充分である。
 トマトは一般に日射が強いほど光合成量が多くなり、強剛な生育を示し、花芽分化の促進に働く。したがって、光量の減少に対しては敏感に反応し、冬期には加温をして適温に保っても光が弱いため、光合成能力が低下し、苗が徒長し、花芽分化や花芽の発育を抑制し、良い果実を生産することが出来ない。このため、空洞果やすじ腐れ果等の生理障害が発生し、栽培上問題となる。ナスやピーマンでは、光量の低下が栽培上大きな障害となることはない。
c).日長
 ナス科の蔬菜は光周性の点からは中性的な性質があり、さほど大きな問題となることは少ないが、日長は長いほど良い。
d).肥料要素
 ナス科蔬菜の花芽分化には窒素とリン酸が重要な働きをしており、この両者が欠乏すると花芽分化及びその後の発育は阻害される。
3).生理的要因
b).C−N率との関係
 Kraus & Kraybill がトマトの花芽分化とC−N率との関係を調べ、植物体の窒素と炭水化物の含量のバランスが重要であるとし、いわゆるC/N説を発表した。しかし、現在ではこのC/N説で単純に花芽分化が説明できるとは考えられておらず、さらに、図2ー66に示すようにその量的な要因も関与しているものと考えられている。
c).内生物質との関係
 以前は花芽分化に関係する内生物質(植物ホルモン)としてフロリゲンが考えられたが、現在ではこのような植物ホルモンは存在しないという説が大勢を占めている。しかし、花芽分化に植物ホルモンが関与しているという考えは多くの研究者に支持されており、現在ではオーキシン、サイトカイニン、ジベレリン、アブサイシン酸、エチレン等が複合的に関与しているものと考えられている。

B.ウリ科蔬菜の花芽分化
1.着果習性
 ウリ類は分枝の盛んなつる性の植物で、節には巻ひげを生じ、他物にからまって伸びて繁茂する。主枝は3メートルあるいはそれ以上に、節数は60-70節以上にも達し、主枝の各節から1本の第1次側枝(子づる)を、子づるの各節から1本の第2次側枝(孫づる)を・・・・というように分枝を発生して伸長する。
 ウリの花は、一般に雌雄異花で、雌花あるいは雄花の単性花を同一株上の各節に着生する雌雄同株である。しかし、両性花を着生する変異型もあり、特にメロン類は両性花と雄花を同一株上に着生する両性雄性株がふつうである。

雌雄同株型にはキュウリ、スイカ、カボチャ、ユウガオなどが含まれる。ただし、1株上での雌花と雄花の着生数、着生部位、着生割合などの性発現は種によって大きく異なり、また環境条件や栄養状態によっても変動する。
キュウリの例
 若い果実を生産の対象とするため、雌花発現の密度の高い方向へ淘汰が進められてきたため遺伝変異が著しい。これら栽培種を、主枝上の雌花の発現力、連続雌花節の発現能力、両性花の有無などの遺伝特性から、性発現を4つの型に分類している。
混性型;主枝上に雄花節と雌花節が混在する型で、雌花の着生密度は品種や環境条件によって変異する。また、上位節位は雌花が密になる傾向がある。
混性・雌性型;主枝上の低節位は雄花節に始まり、その上部節位で雄花節と雌花節が混性し、やがて雌性に転じ、連続雌花節となる型である。
雌性型;主枝上の下位節に若干雄花節を着生することはあるが、比較的下位節から雌花を連続的に着生する型である。
両性雄性同株型;現在見つかっているものとしてはLemonというひんしゅだけである。

以上のようにキュウリでは一般的に、混性型、混性・雌性型、雌性型の3つの型がある。キュウリでは、この分類の他に、節成り種,中間種,飛節種と呼ばれる分類がある。これは、前の分類の雌性型が節成り種、混性・雌性型が中間種、混性型が飛節種に相当する。飛節種ではよく側枝を発生し、その基部に雌花を着生する。

2.花芽分化過程
 ウリ科の蔬菜の花芽は、各葉腋部に花芽を分化するため腋花芽として分類される。したがって、ナス科蔬菜のように茎頂部に花芽が分化する頂花芽とは異なり、茎頂部の分裂組織は次々と葉原基を分化し、栄養生長を続ける。
 キュウリの場合、発芽後ある程度栄養生長が進み、第7葉程度の葉原基を分化した時期に、第3葉〜4葉の葉腋に花芽分化が行われる。その後、茎頂部の葉原基の分化にともない花芽は上節位に分化し、各節毎に花芽が形成される。分化した腋花芽は、その後さらに第2,第3花を分化する。側枝は第2花(側花芽の)の反対側に生長点が形成され、これが側枝となる。
 キュウリ以外のウリ科蔬菜類も、これに準ずる。

4.花芽分化と各要因との関係
  1).苗の生育
 ウリ科蔬菜もナス科蔬菜と同じく極めて早い時期から花芽分化を行い、苗の発育によって花芽分化は大きく影響される。一般にキュウリ,メロンでは第1葉が展開する前に花芽分化が開始される。キュウリの標準的な栽培では、播種後15日後本葉1枚が展開し始め、このころ第3〜4節の葉腋に第1花の分化が認められ、本葉が展開する20日後には第8〜9節まで花芽が分化している。

2).環境条件
ウリ科蔬菜の性発現は遺伝的にはポリジーンや主働遺伝子の関与による変異が知られている。環境によっても量的に変動しやすい形質で、その変異の程度も種や品種によって著しく異なる。特にキュウリ,カボチャ,スイカなどでは、温度や日長によって著しく影響を受け、肥料要素や水分条件等によってもある程度影響される。
a).温度
 ウリ科蔬菜は比較的高温を好み、メロンで30ー15℃、スイカ,キュウリで30ー10℃、カボチャで30-8℃が生育適温である。しかし、徐々に低温に慣らした場合にはキュウリの場合2-3℃まで耐える場合がある。
 ウリ科蔬菜の花芽分化の適温は、昼間は25-30℃,夜は15-20℃が適当とされる。
 雌花の分化は温度、とくに夜温に大きく影響され、高温になると雌花の分化が著しく抑制される。
b).日長
 ウリ科蔬菜は、その多くが短日条件で雌花,あるいは両性花の分化が促進される。表2−5に示されるように、幼苗期の短日処理によって、雌花の発現が促進され、日長が長いほど雌花の発現は抑制される。特に高温下ではこれが一層激しくなり、夜温24℃の連続照明下では、調査した20節まで雌花の発現が認められなかった。このことは、カボチャにもあてはまり、幼苗期に短日処理を行うことにより、雌花の分化が促進される。処理を行う時期は、子葉期には効果がなく、本葉1−2枚の時期から始めるのが良い。スイカ、メロンも同じである。
 これら温度(低温)と日長(短日)の効果は、両者が重複された場合最も強くなる。
c).温度、日長、品種
 加賀節成,刈羽節成,聖護院節成,夏節成のように、温度、日長に関わりなく主枝上に雄花の発現が少なく、雌花が低節位から連続して形成されるものと、相模半白,落合節成,青葉のように高温長日下で雌花の分化が抑制されるもの、四葉,大仙毛馬,大和三尺,東京青大のようにいかなる条件でも主枝上に雌花が形成されず、低温・短日条件下でわずかに雌花が増加するものがある。

  3.生理的要因
 一般に、栄養生長と生殖生長(花芽分化)は逆の関係にあり、特にウリ科蔬菜の場合にはさらに生殖生長の中に、雄花→両性花→雌花の順位がある。
 また、性の発現と植物体のagingの間には密接な関係があり、ageが進むにつれて、雄花→両性花→雌花の順序が認められる。

生長調節物質
a).オーキシン
 オーキシンであるNAA,IAAなどを処理することにより、雌花の分化が促進される。しかし、これはオーキシンの作用の1つであるエチレン生成が処理により促され、このエチレンが植物体の栄養生長を抑制し、その結果雌花の分化が促されたものと考えられる。しかしこれに対し、まだ性の決定をしていない雄花となるべき両性花の段階の花芽をIAAを含む培地で培養することにより、雌花となったという報告もあり、単にオーキシンのエチレン生成促進のみでこの作用を結論するわけにはいかない。
b).ジベレリン
 ジベレリンによる雄性花促進作用はかなり強力で、キュウリの完全雌性株でもジベレリン処理によって、雄花を発現するようになる。キュウリにジベレリンの濃度を変えて処理すると、濃度が高いほど栄養生長が旺盛となり、雌花の発現が抑制され、雄花の発現が助長される(表2−15)。短日処理を行ったものにジベレリン処理を行うと、短日処理は完全に抑えられる。また、ジベレリンの作用阻害剤を処理すると、雌花の分化が促進され、ジベレリンの作用を裏付けている。しかし、このジベレリンがどの様な機構で花の性の分化に関わっているかは明らかではない。
c).エチレン
 ジベレリンの雄性花促進作用と対象的に、エチレンの雌性花促進作用もかなり強力である。植物体に吸収され、体内で分解することによりエチレンを発生するエスレル(エセホン)を処理すると、雌花の着生を著しく促進する。また、同様にエチレンの前駆物質であるACC(1-amino-cyclopropane-1-carboxylic acid)を処理することによっても、雌花の分化が促進される。さらに、エチレン阻害剤であるAVG(aminiethoxyvinyl glycine)はキュウリの雄花発現を促す。しかし、このエチレン作用もジベレリンと同様その作用機構は明らかとなっていない。

C.イチゴの花芽分化
1.着果習性
 イチゴはバラ科に属する多年草で、その草姿は、クラウン(crown)と呼ばれる節間の非常に短い短縮茎の各節から葉をロゼット状に互生し、葉柄の基部には茶褐色の托葉を左右につけて短縮茎を包んでいる。新葉はクラウンの上部に発生し、下部の古い葉から枯死していく。
 イチゴの花は花序を形成して房状に着生し、クラウンの頂部に着生した頂花房とクラウンの各葉腋にある第1次腋芽のうちのいくつかのものが花芽分化した腋花房とがある。また、さらに花芽分化が進む品種では第1次腋芽の葉腋にある生長点が花芽に分化し、同様に第2次、第3次腋花芽が生じる場合も見られる。
 花房を着生しない腋芽は、翌春ランナーや分げつ芽となる。
 1株当りの腋花房数は品種によって異なり、4.0〜18.0までバラツクがだいたい平均して6〜8本の腋花房が着生する。花房当りの花の数は図2-13に示すように理論的には1番花が1個、2番花が2個、3番花が4個、4番花が8個のように2nで増加してゆくが、実際には3〜5番花までが着生するため7〜31個着生する。花の数は頂花房が最も多く、腋花房は少ない。また、開花時期は頂花房が早く、腋花房は遅いため、促成栽培などの早期多収を計るためには頂花房の発育を良くすることが大切となり、花芽分化期の管理が重要となる。

2.花芽分化過程
 イチゴは一般に栄養繁殖を行い、苗(子株)を生育させて用いるため、ナス科やウリ科果菜類とは大きく異なる。
 イチゴのランナーは葡匐枝またはストロンとも呼ばれ、親株のクラウンの葉腋の生長点が伸長し、一般に2節からなっている。ランナーの発生は5月下旬〜6月上旬に始まり、夏期の高温・長日期間中に盛んになる。ランナーはその先端に葉、茎、根を持つ子株を作り、さらにこの子株から2次、3次のランナーが発生する。ランナーの子株は8月に親株から切り放し、苗床に移植して育成する。
 頂芽生長点は9月下旬から10月にかけて、肥大・隆起し、やがて頂端部がやや偏平で角張った円頂状になる。これが形態的に花芽分化として認められる最初の標徴である。この形態的変化は明確で、実体顕微鏡下で比較的初期の段階から区別することが出来る。
 頂花芽はさらに隆起し、その両腋部に2つの初生突起が分化し、2番花の原基となる。そして各々の2番花の両側に2つずつの初生突起が分化し、3番花の原基となる。

4.花芽分化と各要因との関係
1).苗の生育
 イチゴは、5〜6月に収穫が終わるころから盛んにランナーを発生し始め、夏の間旺盛に発生を続け、秋冷の頃になると発生が少なくなる。早く発生したランナーの子株ほど大苗となり、遅く発生した子株は小苗となるが、苗の大小あるいはランナーの発生時期、ランナー上の位置によって子株の花芽分化期に差があるかどうかということが問題となり、苗取時期と花芽分化期との関係について、古くから多くの調査が行われている。
 親株に近く、早く発生した子株の花芽分化は早く、9月下旬を中心に行われていることが認められている。しかし、一般にイチゴの場合、苗の生育状態よりも時期(季節)の到来が花芽分化の大きな要因であり、すなわち低温・短日条件に遭遇することが重要である。したがって、大苗(早く発生した苗)ほどその後の花芽の発育は良く、花房数、花数は増加するが、花芽分化の開始時期はいっせいに行われると考えた方が良い。
 また、花芽分化は肥料と密接に関係している。花芽分化と窒素肥料の増減とは大きく関係があり、窒素が少ないほど花芽の分化は促進される。しかし、下の表に示すように単純に窒素を減らすことでは調節できない。これは窒素をきらすことにより逆に株の充実が充分でなく、このため花芽分化が遅れた事を示している。したがって、花芽分化処理が行われる8月下旬迄は窒素を与え、その後窒素をなくする方法を取る必要がある。(断根、ずらし、ポット育苗)
2).品種
 日本で栽培されているイチゴの大部分は、一季成り性品種である。しかし、イチゴにはこの他、二季成り性と四季成り性の品種がある。
 2季成り性品種は、北欧の高緯度地域で育成された品種で、低温に敏感に感応する。このため、夏の低温、長日下で花芽分化し、夏の終わりから開花、結実し、さらに翌春にも開花、結実する。
 四季成り性品種は長日植物で、長日下で花芽分化し、春、夏、秋に結実する。

3).環境条件
一季成り性イチゴの花芽分化は、自然条件下では9月から10月初めにかけて始まり、17℃前後、12〜13時間以下の日長で行われる。また、花芽の発育も温度と日長によって影響され、花芽分化とは逆に高温、長日で促進される。したがって、花芽分化と発育は相反した条件によって促進される。
温度
イチゴにおいては温度の影響が極めて大きく、10℃前後の低温では日長に関わりなく単独で花芽分化が起こる。しかし、低温処理中に高温処理を行うと、それまで行われた低温処理の効果を打ち消す。
日長
イチゴの花芽分化は14〜15℃以下の低温であると、連続照明下においても行われるが、24℃の条件においては4〜12時間の短日条件で花芽分化が行われ、8時間で最も効果が大きい。このように20℃から25℃の条件では日長に大きな変化が見られ、限界日長と言う。(表2ー9の説明)
温度と日長の相互作用
図2ー60に示すように、30℃の場合いずれの日長においても花芽分化は認められず、短日効果はなかった。また、9℃の温度ではいずれの日長においても花芽分化が行われた。

C.葉菜、根菜類の花芽分化(抽苔)
 抽苔というのは、葉菜類、鱗茎類、直根類などにおいて、短縮茎の頂部で分化した花芽が発育して、根叢葉から花茎を伸長、抽苔してくる現象である。一般に、栄養生長期にロゼット状態を呈している植物では節間の著しくつまった短縮茎の各節から葉を叢生しており、花芽分化から開花に至る一連の開花現象は、花成反応の誘起、花芽分化、花器形成、抽苔、開花などの過程に分けられる。果菜類などのように栄養生長の初期から茎が節間伸長しているものなどでは、特に抽苔の過程を経ることなく開花に至っている。根叢葉から花芽を分化しないでただ単に茎が抽苔してくる場合には抽苔とは言わずに、茎の伸長と呼んでいる。
 抽苔現象は分化した花芽を発育させ、短縮茎が抽苔してくることであって、花芽分化そのものとは別個の現象であるが、抽苔は花芽分化・発育過程の中途から開始され、花芽分化が前提条件となり、花芽分化とは不可分の関係にある。したがって、ここではあくまで抽苔は花芽形成の一過程と言うことで、その前提となる花芽形成を中心に述べる。
葉菜類,鱗茎類,根菜類では、栽培の目的とする対照が結球葉またはよく伸長した葉、鱗茎あるいは肥大根である。ニンニクなどを除いた大部分の葉菜・根菜類の普通栽培ではまったく花芽分化、抽苔を必要とせず、花芽を形成すれば葉の分化は停止し、少なくとも葉数のそれ以上の増加は望まれないのであるから、葉球や鱗茎の形成、肥大、あるいは根部の肥大が不良となり、品質は低下するのが一般である。したがって、もしも収穫前に花芽を形成して抽苔を引き起こした場合には、商品価値は著しく低下するか、全くなくなってしまう。このような現象の起こることを早期抽苔または不時抽苔と呼んでいる。したがって、播種期や定植期あるいは品種などを考慮して、抽苔を起こさない栽培法を講ずる必要がある。一方、採取栽培では逆に花芽分化、抽苔が行われる栽培をする必要がある。

1.花芽の分化・発育過程
 花芽分化、発育の様式は大きく分けて、ハクサイ,ダイコンなどのアブラナ科、ホウレンソウのアカザ科、レタス,ゴボウのキク科、ニンジン,セルリーのセリ科、タマネギ,ネギのユリ科の5つに分けられる。
 アブラナ科、アカザ科では、茎頂部の生長点は花芽分化開始後もそのままの状態で最後まで残り、その基部の腋芽生長点が花芽分化する。それに対し、キク科、セリ科、ユリ科では茎頂の生長点自体が花芽分化し、頂芽生長点が消失する。
1).アブラナ科の花芽分化・発育過程
 @ハクサイ,キャベツ,ダイコン,カブ,ツケナ類
ハクサイ,キャベツ,ダイコン,カブ,ツケナ類などのアブラナ科蔬菜は花芽分化過程は極めて類似している。
円頂状の生長点部が肥大し、やがて肥大肥厚した部位の基部の腋芽が花芽分化し、次々に腋花芽を分化する。分化した花芽はやがてがく片、花弁、雄ずい、雌ずいが順次形成され発育する。

Aハナヤサイ(カリフラワー、ブロッコリー)
 花芽の分化初期は前述の他のアブラナ科蔬菜と同じであるが、花芽分化開始後花原基の状態で発育を停止し、その数を無数に増加し続けて花蕾を肥大させ、収穫期を過ぎた花蕾で他のアブラナ科の種類と同様に花芽の原基を分化、発育させている。
 栄養生長期では茎頂部にある生長点は小さな円錐形をしており、葉の分化を続けているが、生長にともなって次第に生長点は大きくなると共に肥大して大きなドーム状へと変わってくる。肥厚した生長点部は偏平となって盛り上がり、その周辺部から花芽原基の突起が発生し始めるようになり、これが一次分枝の先端にある花芽原基であり、この時期を頂花房分化期と呼んでいる。ついで花芽原基の数がさらに増加する花房増加期となり、さらにすでに形成された花芽原基を中心にして、その周辺に花芽原基が形成される。これが2次側枝であり、花芽原基の数は飛躍的に増加するようになり、この時期を花房発育期としている。この時期にはいずれの花芽原基も通常の花芽のように発育せず、花芽原基と呼ばれる突起状の形のまま発育を停止しており、この間に花芽原基の増加は最大に達して花蕾は大きく肥大し、収穫期に達する。
 その後通常の収穫期を過ぎると花蕾を形成している分枝が伸び、個々の花原基も発育してがく片などの器官が形成される。
 ブロッコリーでは花芽の分化・発育過程は同じであるが、花芽原基は発育を停止せず花房発育期と共にがく片などの各器官が分化し始める。

2).アカザ科の花芽分化・発育過程
 アカザ科に属する蔬菜としてはホウレンソウがあり、ホウレンソウは雌株と雄株さらに両性株がある。栄養生長期の生長点は小さく、頂部は尖っているが、しだいに肥大、肥厚して生長点部が円錐状に盛り上がり、やがて生長点部近くの腋芽に花芽の初生突起が形成されるようになり、この時期を花房分化期と呼ぶ。この花房の分化当初は雌花,雄花,両性花ともほぼ同様に分化し、花の性の区別ははっきりしない。腋芽に分化した花芽は先に分化したものから順次花芽の各器官を分化、発育する。各器官が形成される頃には、すでに花茎の伸長(抽苔)が始まっている。

 3).キク科の花芽分化・発育過程
 キク科の葉菜類ではレタス、根菜類ではゴボウの花芽分化・発育を述べる。
(キク科の花の形態を黒板に書かせる。舌状花,管状花)

@レタス
栄養生長期――――レタスの栄養生長期の生長点は著しく小さく、上からみるややくぼんで見えるが、横からみるとほとんど平板状である。
花芽分化初期―――やがて丸く肥厚し、さらに角張ってくるようになる。
頂花房分化期―――さらに肥大肥厚し、丸い突起状になり、その基部に包葉を形成し、多数密集して、生長点部を取り囲む。
側花房分化期―――頂花房は分化後さらに肥大突出し、花茎も伸長する。この頃包葉の基部の生長点が側花房の原基となる。
総包形成期――――円錐形であった頂花房が扇形に変わり、その表面は一層平になり、この基部に総包が形成される。
小花形成期――――総苞の基部から頂花房の表面に小花の突起が発生し、次第に内側に及ぶ。
花弁形成期――――小花の突起の内側がくぼみ、周囲がふくれて花弁の突起が形成される。
雄蕊・雌蕊形成期―花弁の内部の基部に、雄蕊と雌蕊が形成される。
レタスの小花は、すべて舌状花である。

Aゴボウ
 レタスの場合とほとんど同じであるが、ゴボウの場合筒状花である。

4).セリ科の花芽分化・発育過程
 葉菜類としてセルリー、根菜類としてニンジンを解説する。

@セルリー
花芽分化過程を13段階に分類している。
1.未分化
2.分化初期   生長点部の隆起
3.花房分化期  丸く肥厚隆起し、角張ってくるようになり、基部から1次突起が1〜2個発生する。
4.側花房形成期 腋芽に花芽原基が形成される。
5.花房増加期  花芽原基が次々と増加する。
6.小花形成期 球状であった1次突起細長くなり、頭部と柄の区別ができる。
7.小花増加期 1次突起の頭部から、後に小花となる2次突起が発生する。
8.小花分化期 1次突起の場合と同様、頭部と柄の区別ができる。
9.花弁形成期
10.雄蕊形成期
11.雌蕊形成期
12.子房形成期
13.花器完成

  Aニンジン
花芽分化・発育過程を12に分類している。

5).ユリ科の花芽分化・発育過程
 タマネギについて説明する。
タマネギ
栄養生長期の生長点は葉原基に包まれており、著しく小さくほとんど平坦である。葉原基の中にある生長点が肥厚隆起し、ドーム状にわずかに盛り上がり、かつもっとも新しい葉原基の基部に生長点が形成される時期を花房分化初期という。平坦になった頂芽生長点の周囲が盛り上がり、苞が形成され、腋芽の新生長点は後の分球の際の頂芽生長点となる。苞はさらに盛り上がり、花芽となった生長点を包み込むようになり、この時期を総苞形成期という。総苞の発達が進み内部を完全に包被する時期を総苞完成期としている。総苞内で頂芽の花芽原基は小花の原基を分化し、この時期を小花形成期という。

2.花芽分化期
 葉菜、根菜類の花芽分化時期は各種類とも播種期によって大きく異なると共に品種の早晩によっても異なる。主な葉菜類、根菜類の播種期別の花芽分化期を見ると次のようになる。

種類 花芽分化期 注
 ハクサイ、ツケナ、ダイコン、カブなど
  (晩夏から初秋にかけて播種したもの) 11月中旬〜12月上旬    秋の低温に感応
  (3月に播種されたもの)         5月上旬             播種当時からの低温に感応
 キャベツの8〜9月の秋播き        11月〜12月          秋の低温に感応
 タマネギ                   翌旬早く2月中旬〜3月上旬
 ネギの9月中旬まき            1〜2月
 ニンニク(秋植え)              4月上〜下旬
 ハナヤサイ、ブロッコリー
   (7月播種)                9月末(早生種)、10月(中性種)、11月(晩生種)
   (2月中旬〜3月播種)         5月中旬
 レタス
   (春播き 3月)              5月下旬〜6月中旬
   (秋播き 8〜9月)           11月上旬〜12月中旬
 ホウレンソウ
   (春播き 3月)              4月上・中旬
   (秋播き 10月)             11月上・中旬
 セルリー
   (9月播き)                2月中旬
   (10月播き)               3月中旬
   (11月播き)               4月下旬
 ニンジン
   (3月中旬播き)             5月中・下旬(金時)
   (7月上旬播き)             12月(金時)
 ゴボウ(春播き)               翌春の4月中・下旬

3.環境条件の影響
 葉菜・根菜類の花芽分化を誘起する主要な環境要因として、温度条件と日長条件が挙げられる。温度条件としては、一般に多くの種類では、ある一定以下の温度に感応して花芽を分化するが、一部の種類では高温に感応して花芽を分化する。花芽形成のために植物体を低温で処理することを低温春化処理(vernalization)と呼ぶ。日長条件としては、主として長日条件によって花芽分化が誘起されるが、ごく一部の種類では短日条件によって花芽分化が誘起される。主要な葉菜・根菜類を花芽分化誘起に関与する主要因によって分類すると以下のようになる。

1).温度の影響
 葉菜・根菜類の花芽分化を誘起する温度は種類や品種によって異なるが、一般に低温感受性の種類の多くは0〜15℃の温度範囲に感応し、高温感応性の種類では20〜30℃の温度範囲に感応すると言われている。
 温度感応にはそれぞれ適温が存在し、その適温のもとでは最も短期間に温度感応を完了するが、適温を遠ざかるにつれて必要期間は長くなる。また、植物体の生育段階(stage)あるいは苗令(age)によっても感応程度は異なり、感応温度の必要期間は変化する。一般的に言えば、種子低温感応型では2〜5℃を適温とし、10℃以上ではしだいに温度感応は低下し、0℃以下及び15℃以上では温度感応は現れにくくなる。緑植物低温感応型では種類によって0〜5℃程度の比較的低い低温を適温とするものと、10℃前後の比較的高い低温を適温とするものとがある。低温感応に要する期間は種類・品種皿には苗の大きさによって異なるが、種子感応型では20日くらい、緑植物感応型では20〜60日間となっている。

種子低温感応型(seed vernalization type)
 秋播き一年生植物で、発芽当時から温度に感応する種類で、幼形期(juvenilephaze)を持たず、種子が吸水し、幼胚が活動状態にあればいつでも温度に感応する。この型の植物は発芽以降いつでも温度に感応する。したがって、実際栽培上は春播き栽培において播種当時の低温による早期抽苔が問題となる。
(ハクサイ、ダイコン、カブ、ツケナ類等)
 この低温感応は種子の登熟期においても行われ、開花,結実期が冷涼であると受精後の発育中の幼胚が温度感応し、その低温感応効果が持続され、播種後多少の低温に当たることにより、登熟期のバーナリゼーション効果と相乗的に作用して、予期しない不時抽苔を起こすことがある。したがって、採種を行う場合にはこの点にも十分配慮する必要がある。

 緑植物低温感応型(green plant vernalization type)
 二年生植物に見られる型で、一定の大きさに苗が生育するまでは温度感応性が現れないものが属するタイプである。主なものとしては、キャベツ、ハナヤサイ、ウリー、タマネギ、ネギ、ニンニク、ニンジン、ゴボウ等がある。実際栽培上は秋播き栽培において、越冬時の苗の大きさとして問題となる。

2).日長の影響
 日長も温度と同様葉菜類・根菜類のある種のものでは花芽分化を誘起する主要因として作用しているが、温度感応性に比べ種類は比較的少ない。
 日長の内長日条件によって花芽分化が誘起あるいは促進されるものとしてホウレンソウ、シュンギク、カラシナ類、ニラ、ラッキョウ、などがある。ホウレンソウの花芽分化は長日によって多少促進されるだけで、短日条件下でも花芽分化は起こり、相対的長日植物である。カラシナ類も同様で、中には短日条件で花芽分化するものもあり、品種によるバラツキが大きい。シュンギクも品種により、相対的長日型と絶対的長日型がある。
 日長のうち、短日条件で花芽分化するものとして、シソが挙げられる。

3).抽苔に対する温度と日長の影響
 花芽分化後の発育、花茎の伸長には温暖条件が必要であると共に、長日条件が促進作用を持っている。ことに低温で花芽分化を誘起される種類では、低温感応後は温暖、長日の両条件が組み合わされた場合最も速やかに花成反応が進行して、花芽の発育、花茎の伸長が促進される。
 花芽の発育、花茎の伸長の適温は20℃前後であり、高温になるほど花茎の伸長速度は速くなるが、30℃以上になると異常伸長を示し、花茎は細く軟弱になる。また、10℃以下の低温では抽苔は著しく遅れ、5℃以下ではほとんど花茎の伸長は起こらない。
 日長も長くなるほど花芽の発育、花茎の伸長は促進されるが、連続証明下では花茎は細く、軟弱となる。