施設園芸学(Horticultural Production in Greenhouse)の講義内容


開講時期 : 3年生前期

講義の概要 : 施設園芸における環境制御と植物の生長との関係を講述し、養液栽培システムについて解説する。
          1.施設園芸の特徴と意義
          2.施設内での植物の生育と環境要因(光合成・蒸散・転流)
          3.養液栽培の歴史
          4.たん液式水耕(循環式水耕)
          5.NFT水耕
          6.ロックウール耕
          7.養液土耕
          8.Ebb & Flow栽培

成績の判定方法 : 中間試験と最終試験および出席による総合判定


講義の内容
【以下に講義の内容を記載します。予習・復習の活用してください。受講の際にプリントアウトして持参すると、より効果的です。】


 施設園芸は施設内で園芸作物を栽培する方式で、温度を制御する観点では保温、加温があり、育苗期のみ保温を行うトンネル栽培、栽培期間を通じて保温を行うパイプハウス、加温設備を備えたプラスチックハウスやガラスハウスなどに分けられる。
 このほか降雨を防ぐ目的で行われるパイプハウスによる雨除け栽培も施設園芸の方式の一つである。また、加温設備を備えた施設では養液栽培システムを設置したもの、さらには補光設備を備えた植物工場的な生産施設もみられる。
 施設園芸は、温度、光、湿度、水、風を制御し、植物の生長を最適に制御することを目的に行われる。環境によって影響を受ける植物の生理現象には、光合成、呼吸、蒸散のほか、光合成産物の転流、栄養生長と生殖生長の転換、花芽分化、光形態形成などがある。
 施設栽培は露地栽培と比較すると、栽培環境的に以下の特徴を持つ。
◎雨を遮ることができる。
 土壌水分の制御(潅水施設の設置)
 降雨による病害や生理障害の抑制(黒点病や裂果など)
◎温度を制御できる。
 加温装置を用いた秋季から春季の気温の上昇(抑制栽培、促成栽培、周年栽培)
 パット&ファンや細霧冷房装置、クーラーなどを用いた夏季の気温の冷却
 温水や温床線による地温の上昇
◎光環境を制御できる。
 遮光フィルムを用いて夏季の気温の上昇を防ぐ
 弱光がを好む植物の栽培
 補光を行うことで冬季などの光合成の活性化
 電照を行い日長処理を行う。
◎風環境を制御できる。
 送風機を用いて風環境を作ることができる
◎CO2環境を制御できる。
 CO2施与装置を用いて光合成を活性化させる
◎湿度を制御できる
 細霧(ミスト)を発生させ、湿度を高める
 除湿機を用いて湿度を低下させる

 このように施設園芸では露地栽培に比べて様々な設備を設置しているため、生産コストが上昇する。したがって、品質向上や高付加価値、周年生産あるいは端境期での生産を行う必要がある。また、作物の生長を最大限に高めることで生産効率を高める必要がある。
 環境制御が的確に作物の生長を促進させているかどうかの判定を行う必要がある。生長形質を測定する項目には、下記のようなものがある。
草丈、生体重、葉数、葉長、葉幅、葉色、葉重、茎数、茎径、茎重、根重、根長、根数、花(蕾)数、果実数、果径、種子数、
 これらの植物の生長には光合成によって生合成された炭水化物がエネルギー源として利用され、これからエネルギーを作り出す反応として呼吸が重要な生理反応である。また、これ以外の成分は根からの養分吸収によって供給される。
 したがって、植物の生長を最大限に行わせるためには光合成、呼吸、養分吸収を最大限に行わせるための環境管理が重要となり、これが施設園芸の最も大きな目的といえる。

T.光合成と呼吸
(1)光合成と呼吸とは
 光合成と呼吸は下記のような反応式として表される。
光合成
  6CO2 + 12H2O + 光エネルギー → C6H12O6 + 6O2 + 6H2O
呼吸
  C6H12O6 + 6O2 → 6CO2 + 6H2O + 化学(熱)エネルギー
 上記の反応式から判るように、光合成と呼吸は相反する反応であり、光合成によって光エネルギーを化学エネルギーとして保存した後、呼吸でこれを化学エネルギーあるいは熱エネルギーとして利用する。

(2)光合成(呼吸)の速度
 光合成あるいは呼吸速度は様々な方法で測定することができるが、最も一般的な指標として用いられているのは「CO2交換速度」である。CO2交換速度の測定は同化箱と呼ばれる透明容器に一定濃度のCO2を含む空気を一定速度で流入し、流入空気と」流出空気のCO2濃度を測定することで消費あるいは排出されたCO2量を測定する。
 CO2交換速度は下記の式で表される。
   CO2交換速度 = 真の光合成速度 − 呼吸速度
           = 真の光合成速度 − (暗呼吸速度 + 光呼吸速度)
 したがってCO2交換速度は、見かけの光合成速度、純光合成速度とも呼ばれる。
 一般に呼吸と称しているものは、ここでは暗呼吸を指し、光呼吸はC3植物で行われる呼吸で、光が照射され、光合成が行われているときのみみられる。陸上植物は光合成経路の差により、大きくC3植物(ほとんどの木本植物と多くの草本植物、イネ、コムギを含む)、C4植物(亜熱帯・熱帯原産のイネ科の植物、トウモロコシやサトウキビを含む)、CAM植物(多肉植物に多く、サボテンやパイナップルを含む)の3つに分類できる。農業上重要な植物は、その光合成様式からC3植物とC4植物とに分類される。C4植物はC3植物から進化した植物であり、独自の光合成回路(C4光合成回路)の働きでC3植物の約2倍の光合成能力を発揮する。(C3植物であるイネにC4植物であるトウモロコシの炭酸固定酵素(PEPC)の遺伝子を導入したところ、イネ内でPEPCをトウモロコシ以上に高発現させることに成功した。)
 CO2交換速度の単位は「一定時間あたり一定面積で吸収されるCO2量」で、kgm-2S-1、mgcm-1h-1(CO2質量)、molcm-1h-1(モル濃度)などで表現される。
 光合成は反応式からみられるように、光強度の影響を受ける。太陽から照射される光には様々な波長の光が含まれるが、光合成に関わると考えられる光の波長は400〜700nmの波長で、この波長域の光を光合成有効放射(PAR:Photosynthetically Active Radiation)という。
 250〜380nmの波長域の光は紫外線といい、700〜760nmの光を遠赤外光、760nm以上の光を赤外光という。
m=10-3(ミリ)、 μ=10-6(マイクロ)、 n=10-9(ナノ)、 p=10-12(ピコ)、 f=10-15(フェムト)、 a=10-18(アット)】

(3)光強度と光合成
 光強度によってCO2交換速度は影響を受け、光強度とCO2交換速度の関係を「光−CO2交換速度曲線」という。(図)
 光強度が0の時光合成や光呼吸は行われないため、この時のCO2交換速度は負となり、呼吸量を示す。光強度が高くなるに従い、CO2交換速度は直線的に増加し、CO2交換速度が0になる光強度がみられる。この時は光合成速度と呼吸速度が同じになる点で、この時の光強度を光補償点という。
 一般に弱光を好む植物は光補償点が低く、強光を好む植物は高い。
 光強度がさらに高くなると曲線の傾きが小さくなり、光強度を強くしても光合成効率が上がらなくなり、さらに光強度を高めてもCO2交換速度が一定になる点が現れてくる。この時の光強度を光飽和点という。
 このように光強度と光合成は密接な関係を持つ。

(4)CO2濃度
 植物のCO2交換速度は、CO2濃度に大きく影響される(図)。大気中のCO2濃度は約350μmolmol-1(ppm)であり、一般に0〜2000μmolmol-1(=μll-1=ppm)の範囲ではCO2濃度が高まるに従ってCO2交換速度は大きくなる。
 植物が生育している環境における大気中のCO2濃度は、日中低下し、夜間上昇する。年間の変化を見ると、夏季に低下し、冬季に上昇する。
 したがって、施設内で栽培している場合にはCO2施与(二酸化炭素発生器を用いて人工的にCO2濃度を高めること)を行うことで光合成活性が高まり、生育や収量の増加や糖度向上などの効果が認められる(イチゴやトマトなど)。
 C3植物とC4植物ではCO2濃度に対する効果が異なる(図)。C3植物ではCO2濃度が高まるに従ってCO2交換速度が高まるが、C4植物ではその効果があまり見られない。しかし、C4植物では低濃度のCO2でもC3植物に比べてCO2交換速度が高く、低CO2濃度下での光合成活性が高い。C4植物はC3植物に比べて進化した植物であるといわれており、古代のCO2濃度が高い時期に分化したC3植物に対して、C4植物はCO2濃度が低下してから分化したものであることが判る。

(5)温度
 光合成反応は生体反応であり、多くの酵素が関与している。酵素反応は温度に依存しており、最適温度が存在する。同様に呼吸も酵素反応であり、温度依存性がある。したがってCO2交換速度は温度に大きく影響を受ける。ここでいう温度は気温ではなく、反応が行われる葉内の温度であり、葉温の影響を大きく受ける(図)
 左図に示すように、CO2交換速度は葉温が約25℃で最大となり、それより高くても低くても小さくなる。また、5℃以下や42℃以上ではCO2の吸収は行われなくなる。
 右図に示すように、CO2交換速度は「真の光合成速度−光呼吸速度」と「暗呼吸速度」の差である。「真の光合成速度−光呼吸速度」は35℃付近で最大となり、それ以上の温度では低下する。これに対して「暗呼吸速度」は温度が高まるに従い指数的に増大する。ここで見られるように、真の光合成速度は一般に25〜40℃付近で最大を示し、光合成反応はかなり高温域が適温といえる。したがって、暗呼吸速度が高温でも増大しにくい植物では光合成の適温はかなり高くなることがある。熱帯・亜熱帯に自生する植物では高温域での呼吸速度の上昇が緩やかであるため、30℃以上の温度域で光合成が最大になるものが見られる。しかし、暗呼吸速度が真の光合成速度−光呼吸速度を上回る場合には、光合成による炭酸同化作用を呼吸が上回ることになり、植物体は衰弱する。

(6)湿度と土壌水分
 湿度や土壌水分は直接光合成や呼吸に影響を及ぼすことはない。しかし、後述のように湿度が高いと蒸散が抑制され、結果として光合成が抑制されることがあり、同様に極端に湿度が低いと過度の蒸散を防ぐため気孔が閉鎖されるため、光合成が抑制されることがある。また、土壌水分についても過度に低下すると気孔の閉鎖が起き、気孔を通じたCO2の供給が制限されるため、光合成が抑制される。

U.蒸散
 根からの養水分の吸収は、葉からの蒸散による植物体内の負の圧力によって行われる。蒸散は植物体から気体(水蒸気)として水が大気中に失われることをいい、土壌などから水蒸気が水として大気中に失われることを蒸発という。両者を合わせて述べる場合には「蒸発散」という。
 水が移動する場合、エネルギーの高いものから低いものへと移動する。すなわち、高い所にある水が低い所に流れる場合、高い所にある水は低い所にある水より「エネルギー(位置エネルギー)」が大きい。同様に、皿の中の水が蒸発する場合には、皿の中の水の方が大気中の水蒸気より大きなエネルギーを持つことを示す。水(液体、気体、固体を問わない)が持つエネルギーを示す用語として「水ポテンシャル」という。

(1)水ポテンシャル
 「高い所にある水」は「低い所にある水」より大きな水ポテンシャルを持ち、「皿の中の水」は「大気中の水蒸気」より大きな水ポテンシャルを持つ。また、植物の根が土壌より吸水する場合、「植物の根の水ポテンシャル」は「土壌の水ポテンシャル」より小さい。葉から蒸散が行われる場合、「葉の水ポテンシャル」は「大気中の水ポテンシャル」より大きく、潅水すると土壌に水が浸み込む現象は、「かけた水の水ポテンシャル」は「土壌の水ポテンシャル」より大きいことを示す。

(2)葉からの蒸散
 葉からの蒸散は気孔を通して行われる。葉肉細胞の水ポテンシャルが気孔内空隙の水ポテンシャルより大きく、気孔内の水ポテンシャルが大気中の水ポテンシャルより大きい場合、葉肉細胞から気孔内空隙に水蒸気が放出され、その水蒸気は大気中に放散される。一般に、葉肉細胞から気孔内空隙へ絶えず水蒸気が放出され続けるため、気孔内空隙の相対湿度は常に100%である。
 蒸散速度を示す式として、以下の式が成り立つ。
        El−Ea
 E = k−−−−−−
        Rlv+Rav
   E:蒸散速度、 El:気孔内空隙の水蒸気分圧、 Ea:大気中の水蒸気圧、
   Rlv:気孔抵抗、 Rav:葉面境界相抵抗、
   k:係数=0.00217/(273.15+T)  T:温度
 この式から、蒸散速度を高めるためには、@分母を大きくする、A分子を小さくする、B係数を大きくする、の3つが考えられる。
 @:分母を大きくするためには、(a)Elを大きくする、(b)Eaを小さくする。
 A:分子を小さくするためには、(c)Rlvを小さくする、(d)Ravを小さくする。
 B:係数を大きくするためには、(e)温度を高くする。
(a):El(気孔内空隙の水蒸気分圧)を大きくするには、葉肉組織からの水蒸気放散を高くする必要があり、さらに気孔内空隙の水蒸気量を大きくすることが必要である。このいずれも葉温の影響を受け、葉温が高くなれば気孔内水蒸気量が大きくなり、葉肉組織からの水蒸気放散も高くなる。また、根からの充分な吸水を行わせることも葉肉組織の水ポテンシャルを高めることになり、葉肉組織からの水蒸気放散を高めることになる。
(b):Ea(大気中の水蒸気圧)を小さくするには、除湿が有効であり、温室内の換気を行うことでも大気中の水蒸気圧を小さくできる。
(c):Rlv(気孔抵抗)は気孔の開度に大きく影響され、気孔が充分開いた状態では気孔抵抗は小さくなる。一般に、気孔は日中開き、夜間閉じることから、蒸散は日中行われる。また、植物ホルモンのサイトカイニンは気孔の解放を促進することから、植物体内のサイトカイニン含量が高いと蒸散は活発になる。サイトカイニンは根の先端で生合成されることから、根の生長が活発に行われるような土壌環境(土壌の気相・液相率、地温など)を最適に管理することは気孔抵抗を小さくする。同様に、サイトカイニンを葉に噴霧することも一時的な蒸散促進作用を持つ。
(d):Rav(葉面境界相抵抗)は葉から出た水蒸気が大気中へ拡散する際の抵抗であり、風速に影響される。風速が大きいと葉面境界相抵抗は小さくなる。
(飽和水蒸気曲線)
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 気温  相対湿度 水蒸気密度 水蒸気分圧 水蒸気飽差
 ℃    %    gm-3     kPa    kPa
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
 10   100     9.4    1.28    0.00
       60     5.7    0.74    0.54
       20     1.9    0.25    1.03
 20   100     17.3    2.34    0.00
       60     10.4    1.40    0.94
       20     3.5    0.47    1.87
 30   100     30.4    4.24    0.00
       60     18.2    2.55    1.69
       20     6.1    0.85    3.39
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−

V.転流
 光合成によって生成された炭水化物が、葉から他の部位に運ばれる生理機能を転流という。また、根から吸収された窒素、リン酸、カリウムなどが地上部の器官に運ばれることも含む。光合成産物は維管束内の師管を経由して運ばれ、根から吸収された養分は下から上に移動する場合には導管を経由する。例えば、根から吸収された硝酸イオンは導管を経由して葉に転流され、葉でアミノ酸に変換された後、師管を経由して果実や茎頂組織などに再転流される。
1)シンク(sink)とソース(source)
 これらの炭水化物や養分がどの器官に転流されるかはシンク(sink)とソース(source)の関係で決定される。ソースは転流元のことで、葉などがソースに相当する。シンクは転流先のことで、果実、球根などの貯蔵器官や生長点展開中の葉などの生長器官などがある。
 ソースから転流し始めた養分は、シンク能の高い器官に優先的に転流される。シンク能の高低を決定する要因の一つとして植物ホルモンの活性が挙げられる。植物ホルモンの活性が高い器官のシンク能は高く、優先的に養分が転流される。この転流に関与すると考えられている植物ホルモンとしてオーキシン、サイトカイニン、ジベレリン、アブシジン酸がある。
 一般に果実は細胞分裂期と細胞肥大期を持つ。幼果期の細胞分裂期には未熟種子で生合成されるサイトカイニン活性が高く、その後ジベレリン、オーキシン活性が高まる。種子数の多い果実は種子数の少ない果実と比較して、サイトカイニン生合成量が高く、果実内の活性も高いためシンク能が高くなり、種子数が少ない果実に対して優先的に炭水化物やアミノ酸、リン酸などの養分が転流される。したがって、種子数の少ない果実は養分の転流が阻害されて生長が停止し、生理落果する(果実間の養分競合)。
 同様に、頂芽生長点には根から転流されるサイトカイニンが蓄積しやすく、下位の側芽と比較してサイトカイニン活性が高いため、炭水化物や養分が優先的に供給され、生長しやすくなる(頂芽優勢)。 また、生長点と果実との間にも植物ホルモン活性の高低によるシンク能の競合がみられる。[生理落果]
 貯蔵器官のシンク能が高まると、他の生長器官への養分転流が著しく抑制されて生長が停止し、翌年のための貯蔵養分の蓄積が積極的に行われるようになる。
2)転流に関わる要因
 水分 CO2交換速度は水ストレスのない条件で大きくなるが、葉中の水分含量が高く糖含量が低いため、糖の転流が抑制される。一般に「水切り」といわれる栽培技術は、水ストレスを与えることで葉中の糖含量を高め、果実の糖濃度を高める技術である。
 温度 一般に、温度が高いと幼葉や生長点への転流が促進され、気温が低いと果実や根に転流する。夜温が高いと果実への糖の転流が低下し、夜温が低いと果実の糖含量が上昇する。また、養液栽培では夏季より冬季の根量が高まる現象がみられる。

W.栄養生長と生殖生長
 生殖生長器官とは、花芽、花蕾、花、果実、種子などで、栄養生長器官は葉、茎、根などの生殖器官以外の器官である。
 園芸植物には栽培期間中に生殖生長を伴わない「栄養生長のみを行うもの」と「栄養生長と生殖生長を同時に行うもの」、「栄養生長を行った後、生殖生長を行うもの」に分けることができる。
@栄養生長のみを行うもの
 サラダナ、ホウレンソウなどの葉菜類、観葉植物など。特に葉菜類では花芽分化を行うと商品価値が著しく低下するため、花芽分化が行われないような栽培管理に気をつける。
 栄養生長のみを行う作物のシンク器官は生長点と幼葉であり、これが生長した後のソース器官となる。したがって、シンク間の競合はなく、栽培環境の制御は容易で、CO2交換速度を高く維持し、水ストレスを与えず、窒素吸収を高めに維持する。シンク間の競合がないため、栽培は容易である。肥料成分としては窒素成分を多く施与する。
A栄養生長と生殖生長を同時に行うもの
 トマト、キュウリなどの果菜類、サフィニアなどの花苗など。これらは着果(花)数(生殖生長)が枝の分枝・伸長(栄養生長)と密接に関係しており、分枝・伸長が盛んであることが着果数の増加に不可欠である。したがって、シンク器官としては栄養生長器官である生長点や幼葉に加え、生殖生長器官である花芽、花蕾、幼果などがあり、生殖生長器官と栄養生長器官のシンク間競合が起きないような栽培管理が必要である。すなわち、栄養生長器官のシンク能が高まりすぎると生殖生長器官の養分転流が抑制され、生理落果や花芽分化阻害が発生しやすくなり、収量が著しく低下する。栄養生長は、肥料成分として窒素を過剰に施与すると旺盛になることから、窒素を過剰に施与せず、リン酸やカリウムをバランスよく適度に施与する必要がある。これらの作物の中でも果菜類は果実肥大を伴うため、栽培には植物体の状態を判断する技術を要する。例えば、トマトで栄養生長が勝ってくると茎の横断面が円形ではなく楕円形に変形したり、葉から不定芽が発生する現象がみられる。このような場合には花が開花した直後に落果したり、花芽分化が行われなかったりする。
 また、生殖生長器官のシンク能を高めすぎると、一時的には果実の肥大や果実糖度の上昇がみられるが、光合成器官である葉の分化や展葉が阻害されてCO2交換速度が低下し、最終的には収量の低下を招く。特に窒素、リン酸、カリウムの施与比率や適度な水分ストレスを与える技術を必要とする。
B栄養生長を行った後、生殖生長を行うもの
 メロン、カリフラワー、果樹など。初期に一定の栄養生長を行った後、生殖生長を行わせる作物である。初期のシンク器官は生長点と幼葉であり、これらの成長を充分に行わせた後、これらのシンク能を低下させる栽培管理を積極的に行い、相対的に生殖器官としての花芽、花蕾、幼果のシンク能を高める。栄養生長のみを行うものより環境制御は難しいが、同時に行うものに比べると容易である。

X.施設園芸における環境制御
(1)CO2濃度
 大気中のCO2濃度は、約350μリットル/リットル(ppm)で1立米の大気には約630mgのCO2が含まれる。このCO2の量は、標準的な光合成速度(21mgCO2・dm-2・h-1)で光合成を行っているキュウリの葉10枚が1時間で吸収するCO2の量に相当する。したがって、冬期などの閉め切った施設内では光合成によって短時間にCO2が消費されてしまい、作物の生育が抑制されることがある。
 一般に日の出と共に施設内の温度が上昇するため側窓や天窓が解放され、これに伴って外気のCO2が供給されるため、昼間にはCO2欠乏がみられることは少ない。しかし、作物の生育が旺盛で施設内の換気効率が悪くなっている場合には植物体内部に外気から取り込んだCO2が供給されにくく、植物体内部では昼間でもCO2欠乏が生じている場合もみられる(図)
 土壌には微生物が多数生息し、地温が高い場合にはこれらの呼吸に伴うCO2発生量は相当量に達する(土壌呼吸)。土壌中に有機物を施用し、土壌内の有効菌相を増加させることは土壌の物理性を向上させ、作物の根の生長を高めることにもつながることから、施設内のCO2濃度を高める処理として有効な方法である。
 養液栽培や隔離ベッドなどを用いて作物を栽培する場合には、上記の土壌微生物が有機物を分解することで生じるCO2放出(土壌呼吸)がないため、土耕栽培と比較してCO2欠乏が生じやすく、CO2施用は光合成を促進させるための手段として有効である。また、土耕栽培であっても、冬季のように地温が低い場合には土壌呼吸量が低く、土壌からのCO2供給が期待できず、同時に施設が閉鎖される時間帯が長いこともあり、CO2施用は積極的に行われるべきである。
 CO2施用は必ず光合成速度を高める効果があるとはいえない場合があり、作物が高濃度のCO2環境に長期間さらされると光合成速度の低下がみられることがある。したがって、過剰なCO2施用は必ずしも生育促進効果が得られるとは限らず、作物によって最適な施用濃度を設定する必要がある。
 キュウリの場合では下記の基準が提案されている。
 ・施用時期: 育苗中は行わず、着果後から開始する。
 ・施用時間: 日の出30分後から換気を行うまでの2〜3時間で、換気を行わない冬季でも3〜4時間で終了する。
 ・施用濃度: 晴天時1,000〜1,500ppm、曇天時500〜1,000ppm、雨天は施用せず。

 近年の新たな技術として、施設内のCO2濃度を大気濃度と同じ程度まで高める方法が行われ始めている。この場合には、換気を行って施設を解放した場合でも施用したCO2が施設外に流出しないため効率的なCO2施用技術として注目されており、この場合には作物内部のCO2低下にも対応できることから、日の出後のみならず、日中もCO2施用が行われる。このようなCO2施与においてはCO2濃度センサーによる細やかな計測と制御が不可欠である。
 CO2施用の効果は様々な作物で認められており、葉菜類(レタス、ホウレンソウ、シュンギクなど)では750〜900ppmの施用によって50〜100%の増収となる。果菜類(トマト、ナス、ピーマン、キュウリ)では750〜1,500ppmの施用で開花促進、果重の増加ながみられ収量が30%程度増加する。根菜類では効果が顕著で、ダイコンでは750ppmで収量が2倍、ハツカダイコンでは2,000ppmで3倍の収量、コカブでは1,500ppmで10倍の収量に達した。切り花でもカーネーション、バラ、キクで収量が10〜30%増加し、開花日数も数日〜10日程度早まり、品質も向上する。
 CO2供給方法としては、液化CO2を用いる方法とプロパンガスや天然ガス、白灯油を燃焼させる方法がある。前者は施設内に設置したCO2センサー連動させてCO2濃度を正確に制御できる特徴があるが、価格がやや高い(100円/kg)。白灯油の燃焼方式は安価であるが(40円/kg)、有害ガスの発生の恐れや濃度制御が困難であるなどの欠点を持つ。

Y.養液栽培
 近年、ジャーナリズム等で農業のハイテクとして、バイオテクノロジーと養液栽培が取り扱われている。ここでは養液栽培について詳しく述べる。
 水耕栽培と言うと植物工場を思い浮かべる場合が多く、筑波の科学万博で、水耕栽培のトマトが1本で1万2000個の果実がみのり、スーパーでは店内に水耕装置を作りレタスを販売する、またはJR東日本では野菜工場の施設を作った、等の話題が挙げられている。
養液栽培が注目されている大きな側面として、次の事が挙げられる。
1.現在の施設園芸に対し、何らかの問題点が見いだされ、養液栽培がそれを救う一つの手段として考えられている。
2.我が国において、昭和35年以来の歴史を持ち、研究的には昭和初期にさかのぼる養液栽培が近年特に注目される原因に、養液栽培自体の進歩があった。
3.従来の農業では応用できなかったバイオテクノロジーや工学的な発達に基ずく技術が、養液栽培の進歩により農業に容易に応用できる可能性が出てきた。

生産者の立場としての利点としては次の事がある。
1.連作障害の回避や栽培不適地域(連作障害、地理的環境等)での栽培が可能である。
2.装置化・機械化により耕起、除草、土壌消毒などの作業が不要となり、労働時間の短縮につながる。
3.栽培環境の清浄化が可能である。従来の農業の土にまみれ汗して働くという他産業従事者からの蔑視ともとれるイメージが打ち破られ、これが精神的な評価の一  因となり、後継者対策として評価されてきた。
4.生産量の増大(周年栽培と効率化により単位面積当り2.5倍の収穫)や高品質化(鮮度、貯蔵性の向上)が可能である。
5.工業的生産に対する魅力

一方消費者の立場としては以下のようなことが促進材料となっている。
1.健康食品(無農薬)に対する期待
2.農業→土壌→不潔のイメージからの脱却による清浄野菜としての評価
3.農業=非能率のイメージによる工業に対する農業の後進性を打破するものとしての評価
ただし、消費者におけるこれらの評価が農業に対する正当な評価であるかどうかについては極めて疑問な点があり、素直に受け入れられるものではないと考えられるが、しかし野菜が従来の食糧としての価値から商品としての価値が高まっていることは否定できず、これらの心情的な感覚を無視できない状態にきていることも否めない事実である。そして、それらの社会情勢が野菜生産をさらには農業を変革させる可能性は大きく、次第にその程度を強めていることも事実であることから頭から無視するわけにはいかなくなってきている。

 施設園芸にしめる野菜の割合は極めて多く、野菜が8万9496haであるのに対し、花1万834ha、果樹1万2494haである(表)。野菜の全栽培面積が70万haであるところから、単純比較すると約13%に過ぎないが、トマト、ナス、ピーマン、キュウリ、イチゴ、メロンについてみると、全栽培面積の32.5%、収穫量の47.4%を施設栽培が占めていることになる。
 昭和40年以降パイプハウスの施設面積が急激に伸びていることが判り、ガラス室+鉄骨ハウスが昭和40〜56年に増えていることが判る。このうち、昭和48年から50年にかけてはオイルショックによる施設建造の停滞期にあたる(図)
 キュウリ,トマト,イチゴ,ピーマンでは全体量に占める施設ものの割合が非常に増加している。
 施設栽培に対する養液栽培の現状を見ると、全体が11万2822haであるのに対し、1056haと約1%に過ぎない(表)。この大きな原因として初期資本投入が大きく、後の述べるように大体10a当り3000万円以上かかる。その結果、生産コストが上昇しリスクが大きいことや、管理に相当程度の技術を要するが適当な指導書が完備していないこと、プラントメーカーが主導となっているためアフターケアーが充分でなかったり公的機関の参入が遅れたこと、栽培に一度失敗すると(病原菌の侵入や養液の調整など)壊滅的な被害が出ること等が障害になっている。現在、養液栽培で作付されている野菜の品目を見るとトマト、イチゴ、ミツバ、ネギの順となっている(表)。これらの個々についての問題点などについては後ほど述べる。

1).養液栽培の歴史と種類
歴史
 研究的には19世紀半ばより行われており、最初の養液としてSacks液(1960年)が考案され、以来Knop液(1965年)等が有名である。実際に栽培として行われてきたのは第二次世界大戦中にアメリカが南方の土のない島々で野菜生産を行い、戦後日本で大規模な水耕施設を滋賀県大津市(10ha)と東京調布市(22ha)に設置し(昭和21年)、野菜の自給を始めた(図)(その原因は日本の農業が人糞を肥料としていたため不潔であるという事がきっかけとなった)。しかし、この結果日本の研究者がそのノウハウを修得し、その後の発展に大きな貢献をした。我が国の研究者が養液栽培の実用化を試みたのは昭和35年に園芸試験場でれき耕栽培を完成したのが最初であった。その後プラスチックの成型技術の進歩にともない昭和43年頃から多くのメーカーが養液栽培のシステムの開発、販売を始め、昭和50年後半からNFTが導入され、続いてロックウール(図)が取り入れられた。

種類
 養液栽培の種類としては、大きく分けて噴霧耕、水耕、固形培地耕の3つがあり、それぞれ利点、欠点を持っている(表)
 現在日本で行われているものは噴霧耕では循環式、水耕ではこの内環流式(別名循環式水耕ともいう)で、これは「たん液式」と「NFT(Nutrient Film Technique)」に分けられ、固形培地耕では砂耕、れき耕とロックウール耕である。噴霧耕は、最近キューピー株式会社がTSファームとして野菜工場のモデルとして用いている。水耕では、たん液式とNFTが一般の水耕栽培施設として用いられ、野菜工場としても利用されている。固形培地耕としては、ロックウール耕がもっとも広く採用され、将来的にも注目されている。

◎たん液式(循環式)水耕
1964年に園芸試験場久留米支場の山崎らが開発したものが最初となり、日本で開発、発達した方式である。この方式を採用しているメーカーとして、協和ハイポニカ,M式水耕研究所,神園式(神奈川県園芸試験場式の略),新和プラスチックなどがあり、前者の3つはベッドと大型タンクが組になり、この間で培養液を循環させる方式である。後者の方式は、タンクを省略するか又は小型化し、ベッド間で培養液を交換する方式である。
 【 たん液式(循環式)水耕装置(図)
 この方式の利点は、(1)培養液の循環時に生ずる液流によって常に根に新鮮な溶液が接し、その結果根に対する酸素の供給が良好になる,(2)循環の途中で瀑気やサッカーによる吸気が可能なため、溶存酸素の富化が可能である,(3)循環の過程で培養液の濃度,バランス,pHを測定し、それらの自動制御が容易である,(4)培養液が大量にあるためpH、濃度、温度の急変が防止できる(buffer効果),(5)養液量が多いため周囲の環境の温度変化を受けにくく、かつ加温や冷却が可能である,(6)ベッド内の培養液の全量が随時交換されるため、液濃度が均一となる,などの点である。
 しかし、これに対し欠点は、(1)多量の培養液を用いるため、ベッドやタンクが大型でかつ強度を要求され、設置に多大な経費がかかり(2〜4万/3.3m2)、(2)液循環により地下部病害虫の蔓延を助長する、(3)循環する液量が多いためポンプ運転のための動力費がかさむ、等が挙げられる。
協和ハイポニカ  ベッドに給液する際に勢いをつけて行い(水道の蛇口からタライの中に水を流すように)、その際に空気を取り込む方式。貯水タンクを有する。果菜類(トマト、ウリ類)に適しており、実績も多い。しかし、装置が高価で1000万円/10aを要し、ランニングコストや栽培後の処理の労力がかかる。
M式水耕研究所  ベッドに給液するパイプにサッカー(空気を吸い込む装置)という装置を付け、水中に多量の細かい気泡を混入し、それによって空気を取り入れる。貯水タンクを持たない。葉菜類とくにミツバで実績を伸ばした。その原因にミツバが溶存酸素に対する適応域が広く、他に比較して溶存酸素量が少ないこの方式に向いていたためと考えられる。しかし、その後果菜類にも改良を加えて実績を作っている。貯水タンクがないため費用が安く、400-500万円/10a程度である。近年植物工場に対しても関心が高い。
新和式等量交換  協和ハイポニカと同様であるが、さらに養液を2つのベッド間で交換するため、どちらかのベッドの根は必ず空気に触れており、空中の酸素を吸収できる。貯水タンクを持たない。協和やM式よりは後発であるが、いち早くウレタンを用いたり、水面の上下方式を開発したりし、葉菜類、果菜類共に近年高い評価を受けている。タンクを持たないため経費は安く、300-400万円/10aである。
神園式水耕給気方法は協和ハイポニカと同様であるが、さらに水面を上下させ、根を空気にさらさせる方式を加えている。貯水タンクを持つ。果菜類専用で、他の方式とは異なりベッド枠にコンクリートブロックを用い構造が堅牢であるが、施設設置を自家労力で行うことができる。費用は500万円/10aである。

◎NFT水耕
 イギリスのCooperらが1973年に開発し、実用化した。日本ではサンスイ,M式水耕研究所,みかど育種農場,シーアイ化成などがプラントメーカーとして販売している。特徴はベッドに傾斜を持たせ、養液を薄く平らに流して根に養分と酸素を行き渡らせることである。
【NFT式水耕装置(図)
 この方式の利点は、(1)養液が少なく設備が簡略ですみ、装置の構造が簡単なため設備投資が極めて安く出来る(自家製を用いた場合50万円/10a),(2)ベッド中の培養液が少ないため重量が軽く、ベッドの高さを高くすることが出来、管理が楽になる,(3)培養液の温度を随時変えられる,(4)ランニングコストが安い,(5)液量が少ないため調整を頻繁に行う必要があり、その結果養液調整の自動化をせざるをえず、逆に作業の簡易化が実質上可能となる
 しかし,その反面、NFT式水耕装置はベッド内の水量が少ないため、特に夏の根系温度が上昇し易く、高温によるCa吸収阻害が生じ、トマトでは尻腐れ、イチゴや葉菜類ではチップバーン(イチゴの場合葉の縁が褐変したり、葉菜類では芯が褐変する)が発生する等の問題や、濃度やpHがすぐに変化するため培養液の調節を頻繁に行わなくてはいけないなどの欠点がある。
 果菜類(トマト)は根の呼吸に要求する酸素の70%を空気中から直接吸収するが、ミツバなどのような水辺の植物では葉で行われた光合成による酸素を維管束を通じて根に供給する構造を持っており(60%)、空中の酸素にほとんど依存せず(6%)、水中の溶存酸素を全体の30%程度吸収するに過ぎない。このため、トマトやウリなどの果菜類は養液栽培する際には根が空気中に露出する装置を開発する必要があった。NFT方式はこの点で果菜類の栽培に適している。
MFTさか(M式水耕研究所)、みかどNFT、サンスイNFTなどがあり、設備投資額は300万円/10a前後である。

◎ロックウール耕
 1970年後半にオランダで実用化され、ヨーロッパで広く用いられ、その後日本には昭和58年(1983)に筑波大,野菜試などで試験が行われた後急激に広まった。給水方式としては点滴給液方式、底面潅水方式などが行われている。現在20社近くが各々のプラントを開発し、市場に参入を計っている。現在、カネコ,大洋興業,高木産業,誠和の4社が主力プラントメーカーで、これら4社で全体の90%程度のシェアを確保をしている。
 この方式の利点は、(1)水耕の場合には、酸素の補給は水中の溶存酸素に頼りがちであるが、ロックウールの場合にはその中に気層を保持しているため酸素補給が良好である、(2)給水条件により、水分供給条件を設定できる、(3)ベッド,貯水タンクなどの施設を大幅に簡易化できる、(4)一般に培養液を循環しないため病害の発生を防ぐことが出来る、(5)培養液の自動制御が必須なため、大規模化が容易である,(6)培養液の成分を植物の生長に合わせてかなり精密に調整できる,(7)育苗にもロックウールを用い、その後の定植が容易である、などがある
 しかしその反面、(1)作付後の資材の廃棄のシステムが完備していない、(2)2〜3作連用できるが常にロックウールを購入しなければならず、現在ではコストが高い、(3)点滴掛け流し式の場合には、排水による環境汚染が問題となる、(4)栽培マニュアルが完備していない、などが問題点として残っている。

 以上のように主要な各方式の養液栽培システムの長所、欠点を解説したが、これらの最も重要なポイントは初期投入コストとランニングコストそして酸素の供給である。
この内、酸素の供給は最も重要な条件であるため、この点について詳しく述べる。
 酸素不足が発生すると「根ずまり」と言われる現象が生じ、その結果根が腐敗し、アンモニアが発生し、養液のpHが上昇し始める。根への酸素の供給は水耕栽培では液中の溶存酸素によるか、直接空気中の酸素に接することによって補う。液中の溶存酸素による場合には、液表面と空気層との接触によって行う自然溶存の場合と、液循環の際の瀑気や吸い込みによって行う場合に分けられる。直接空気中の酸素に接する場合は、NFTの一部の方式(養液を一次的に止め、根を空気に完全にさらす)やロックウールなどで行われている。
 根の発育生態を見ると、溶存酸素のみによる場合には根毛がほとんど発達せず、環境適応幅も狭い。それに対し、空気中の酸素を利用した場合には根毛が良く発達し、環境の変化に対し順応性が高い。したがって、有機物が充分に供給された土壌の場合には土壌の団粒構造が発達しており、土壌中に空気すなわち酸素が充分含まれるため、そこで栽培した植物の根には根毛が発達しており、環境に対する適応性も高くなる。養液栽培は、この土壌で栽培した場合の良い点を取り入れる努力がなされ、かつ土壌の場合に生じる欠点を補うことを目標をしているため、特にこの酸素の供給に対しては細心の注意が払われてきた。したがって、強いて順位をつけると、ロックウール、NFT、たん液水耕装置の順に酸素の取り込みは良いことになる。