種苗生産学(Nursery Plant Production)の講義内容


開講時期 : 3年生前期

講義の概要 : 園芸植物の種苗生産について,種子繁殖(育種)と栄養繁殖(組織培養を含む)による種苗生産の概要を中心とした基礎的事項を解説する。
          1.園芸種苗生産の歴史と現状
          2.種子繁殖(種子発芽の生理)
          3.発芽勢向上のために種子処理
          4.セル成型生産
          5.挿し木繁殖(挿し木の生理)
          6.接木繁殖
          7.組織培養による種苗の大量増殖の歴史
          8.茎頂組織の特徴と茎頂培養による無病苗生産
          9.組織培養による大量増殖
         10.組織培養と育種
         11.種苗法

成績の判定方法 : 中間試験と最終試験および出席による総合判定


講義の内容
【以下に講義の内容を記載します。予習・復習の活用してください。受講の際にプリントアウトして持参すると、より効果的です。】

1.園芸種苗生産の現状
 園芸種苗が注目を浴びる原因となった理由として、品種の確立がある。園芸植物は品種が多いことが特徴であり、品種の確立と共に種苗生産の意義が高まった。
平安期:品種黎明期とも言える時期で、品種=産地であり、品種名としては岐阜県美濃加茂市蜂屋の「堂上蜂屋(柿)」や福島県の「会津不身知(柿)」などのように産地名を冠する品種が確立した。
 江戸期:「伊勢参り」を代表とする品種交換会が盛んに行われはじめ、品種の繁殖=種苗生産が盛んに行われ始めた。
 1940年以降(第2次世界大戦以降):種苗会社が設立され、市場の整備と共に大量生産期を迎えると共に、種苗の大量生産が始まった。
 1950年以降:組織培養による大量増殖技術が確立された。
 1970年以降:茎頂培養によるウィルスフリー苗(無病苗)の生産、プラグシステムの開発による種子繁殖性植物の苗の大量生産が確立された。

種苗生産が産業として発達した背景
(1)生産農家の高齢化(後継者不足)
 生産農家が高齢化し、自家育苗を行うことが労力的に困難となってきた。
(2)農家人口の減少(=1戸あたりの栽培面積の増大)
 農業基本法の施行に従って、農作業の機械化・省力化がすすみ、農作業が軽減されると共に栽培面積が拡大し、苗の自家生産が困難となってきた。(例:水稲育苗センター)
(3)品種数の増大
 生産品種が多様化し、品種の確保を農家段階で行うことが困難となってきた。

【栽培と育苗の分業化(製品生産と種苗生産の分業化)】

園芸種苗の種類としては、有性繁殖(種子繁殖)と無性繁殖(栄養繁殖)に大別され、その各々で繁殖方法が異なる。種子繁殖の利点は、簡便に多数の種子を獲得することが可能であり、確実に多数の苗を増殖でき、長期の保存に耐えられ、輸送も容易である。欠点としては、遺伝的に固定されていない場合には形質の分離がおきるため、遺伝的に固定するために長期間にわたる交配を継続する必要がある。また、果樹や花木では開花・結実までに長年月を要する。野菜や1・2年草の花きやラン科植物に利用される繁殖法である。栄養繁殖の利点は、親と同形質の個体を繁殖できること、種子が出来ない品種を繁殖することが可能、抵抗性台木の利用などのように、栽培環境が不適な地域での栽培を可能にするなどの利点がある一方、種子のように貯蔵が出来ない、一度に大量の苗を生産することが困難などの欠点を持つ。
 野菜,花,果樹の種苗の生産流通は,国が管理している米,麦などの主要作物とは異なり,従来から民間が主導してきた。したがって,野菜・花・果樹,なかでも野菜と花の育種は企業ベ−スのビジネスの対象となり得ることから,種苗会社は作物ごとに適した採種農場を持ち、周辺の農家に採種を委託して採種を行ってきた。
 近年、日本国内の採種農家の高齢化や婦女子化によって労働力の不足や労働費の高騰、高品質の種子を要求する生産技術の発達に伴い、高温多湿の日本の気候が採種に適していないなどの原因から、種苗会社は国外に採種農場を持つことが増えてきた。
海外採種の現状
 昭和30年代後半から海外採種が開始され、初期には気候条件が似ており、近いことから、韓国、台湾、中国で行われていたが、近年はアメリカ西海岸やヨーロッパが主流となり、最近ではオーストラリア、南米、アフリカなどでも行われている。
 海外採種のメリットとしては、労働力が豊富であること、労働賃金が安いこと、降雨が少なく採種に適した気候であることなどがある。特にアメリカ西海岸は世界的にも大きな種苗会社の農場があるため、種苗の情報が入手し易く採種後の調整技術が優れていることも挙げられる。
 しかし、低賃金の労働者の資質が低く、交配親の管理不足から交雑不全や病害虫の発生などがみられたり、為替レートの変動や政治不安あるいは対日感情の悪化などのデメリットもある。特に輸入種子の病害虫の混入は植物検疫上重要な問題となる。

2.種子繁殖
 採種した種子は発芽促進と発芽勢向上を目的として、化学的、物理的、生物的処理(種子処理)を行う。
1)種子発芽の生理
 種子は成熟につれて含水率が10%程度まで減少し、この脱水過程で代謝活性は急激に低下し、貯蔵性を獲得する。乾燥した種子は吸水によってタンパク合成ややATP生成を開始するが、この吸水過程は3段階に類別できる。第1吸水過程は種子の生死に関わらず行われ、いわゆる物理的吸水過程である。第2吸水過程では、含水率はほとんど変化しないか、わずかに増加し、この間に生理的な種々の代謝変化が見られ、生理的吸水過程である。第3吸水過程は、幼根の発生に伴う吸水過程で、成長的吸水過程ともいい、この吸水過程で植物体は急速に成長する。
 種子の発芽には「水、温度、酸素」が必要である(ただし、イネ科の水生植物のなかには酸素を必要とせず、無気呼吸によって発芽するものもある)。この発芽3要素が欠如するなどの外的環境条件によって発芽が抑制されている状態を「多発休眠(強制休眠)」という。これとは異なり、内生発芽抑制物質による発芽阻害や吸水阻害などのによって発芽できない状態を自発的休眠という。
 発芽に関わる外的要因として光を必要とするものがあり、発芽に光が必要なものを「光発芽性種子(好光性種子)」という。この仲間にはレタス、ミツバ、ゴボウ、シュンギクなどのキク科植物があり、逆に暗黒化で発芽しやすいものとしてスイカ、カボチャなどのウリ科植物がある。
2)種子処理
 園芸生産において、発芽に関わる形質として「発芽率」と「発芽勢」がある。発芽率は播種した種子の発芽した割合で示す。発芽勢は発芽の斉一性を示す指標で、「T90−T10」で示す(T90:最終発芽率が90%に達した日数、T10:発芽率が10%に達した日数)。
 発芽率、発芽勢を良くするために種々の処理を種子に行う。
(1)病害防除を目的とした薬剤処理(図)
 種子伝染性病害を防除する目的でチウラム剤やベノミル剤を種子に粉衣する。購入した種子がこれらの薬剤で赤色や緑色を呈する。トマトではウィルス防除を目的として第3リン酸ナトリウム処理を行う。
(2)病害防除を目的とした乾熱処理
 メロン、スイカなどのウリ科植物ではキュウリ緑斑モザイクウィルスの防除を目的として70〜73℃で3〜4日処理を行う。
(3)発芽促進のための低温処理
 自発休眠を行う植物では、採種後一定期間自発休眠が見られ、これを打破するために5〜10℃の湿潤条件で低温処理を行う。この間に成長抑制物質であるアブシジン酸が減少し、成長促進物質のジベレリンやサイトカイニンの増加が見られる。
(4)発芽促進のための薬剤処理
 チオ尿素や硝酸カリウムを処理する。これらは呼吸反応の解糖系の活性化に関与しており、第2吸水段階での呼吸活性の増加を促し、発芽勢を高める。
(5)発芽促進のための剥皮処理(図)
 種皮や果皮が厚く、これらが第1吸水過程の物理的吸水を阻害している場合に、種皮や果皮を物理的に除去したり、薄くする処理で、ホウレンソウやシュンギクでは種皮(果皮)を完全に除去し、「ネーキッド種子」として市販されている。また、種皮(果皮)に物理的に傷を付ける処理(磨傷処理)を行う場合もある。
(6)発芽の斉一性を高めるための高浸透圧処理
 プライミング処理(オスモプライミング処理)といい、吸水を行わせて第2吸水段階の代謝反応を行わせるものの、高浸透圧剤でそれ以降の代謝反応を抑制させる処理で、この処理を行った種子は第1吸水過程(物理的吸水)を行った後、速やかに第2吸水過程を経て発芽に至る。このため、発芽勢が著しく高まる。
(7)機械播種のための被覆処理(図)
 植物の種子の形態は千差万別で、大きさも極めて小さいものがある。プラグ苗生産においては、播種は自動播種機を用いて行うため、機械播種に適するように粘土物質や高分子化合物を被覆して形状を球状やラグビーボール状に整形したり、極小の種子を大きくする処理を行う。これらの種子は「コーティング種子」として市販されている。また、発芽促進や発芽後の成長促進を目的として、これらの被覆資材に殺菌剤や肥料などを混合したものもある。
(8)播種の省力化のための処理(図)
 水溶性、あるいは生分解性シートをテープ状にしたものの間に種子を挟み、ひも状あるいはテープ状にした「シードテープ」として市販されており、大面積の圃場においてトラクターなどでこのテープを畑に設置し、その後潅水をするなどの機械化技術として用いられる。北海道でのタマネギ栽培において活用されている。
(9)高分子化合物による流体播種処理
 高分子ゲル化剤に種子を混入・拡散させ、一定量ずつゲル剤を滴下することで播種を行う「流体播種」を行う。種子は吸水させ第3吸水過程(幼根の発芽後の種子)のものを混入させることで、播種後の定着が極めて速く行われる。
3)セル成型苗生産(プラグ苗生産)
 セル成型苗とは逆円錐形や逆四角錐状の鉢(ポット)をたくさん連結してトレイ状にしたトレイ(セルトレイ)で育苗した苗のこと。トレイの素材はポリスチレンや発泡スチロールが多い(図)。その鉢一つ一つを「セル」と呼ぶ。セルの底には水抜き穴があり,直接地面や水の溜まるような場所から隔離することによって,その穴からは根がでない様にする(エアープルーニングという)。このことによって苗は限られた一定量の培養土しか得られず,根もセルの中でしかのびないため,均一な苗ができ,根が培養土の周りをぐるぐると回り(根鉢の形成),セルから苗が抜けるようになる。培養土は抜けやすくするためや,水分を多く含ませるためなどの理由でピートモスやバーミキュライトといった軽い素材が使われる。プラグ苗は1970年代にヨーロッパで開発され、アメリカで大きく発展し、世界に広くひろがった。プラグ苗の由来は、プラグトレーにあけられた孔(セルともいう)が楔型をしており、ここで育てられた苗はしっかりした根鉢が形成されているため、セルから引き抜いても根鉢が崩れず、定植する際に植え穴に楔(プラグ)を打ち込むように差し込む(電気のコンセントにプラグを差し込むように)ことで定植操作が完了することから付けられた(図)。野菜など大規模圃場にプラグ苗を定植する場合には、プラグ苗定植機を用いて圃場に定植される(図)。プラグ苗定植機は専用のプラグ苗を用い、作業能率は10a当たり2〜3時間程度である。レタスなど全面マルチ栽培を対象にした場合には、ポリマルチにバーナやヒータで穴をあけ、プラグ苗を自動給苗して植え付ける。
 プラグ苗の長所は、@大量に均一な苗ができる。 A苗が軽い。B定植動機械化がしやすい。C手植えの場合プラグを差すように植えるので植えやすい。 などがある。その反面、欠点として、@培養土が少ないので,育苗中や移植後に乾燥しやすく,かん水が多く必要で,かん水が多すぎると徒長することがある。A移植適期が短い。一定の時期が過ぎると根が老化し,活着が悪くなる。B根鉢ができない品目(玉ネギなど)はトレイから苗が抜き取りにくい。C根鉢ができると植えてからも影響のでる品目(ハクサイなど)は移植後の根張りが悪くなる。D培養土がピートモス主体のため,極端に乾燥すると水をはじいてしまう。炎天下の日が続く時期に移植したと場合,浅植えで培養土から水分が蒸発すると,潅水しても吸水しないで枯死する場合がある。などが挙げられる。
(1) プラグ苗生産システム
 プラグ苗生産の発達に伴って栽培と育苗の分業化が進み、プラグ苗生産専門の企業が現れた。農家(栽培者)はプラグ苗生産会社から苗を購入し、プラグ苗生産会社は年間を通じて苗生産を行っている。プラグ苗生産会社では、播種は「全自動播種機(図)」を用いて行われている。また、プラグトレーへの培土の充填も自動化されており、プラグトレーへの培養土の充填→播種→覆土→潅水、などの操作がベルトコンベアーの上で自動的に行われ、その後、恒温・恒湿で照明装置のついた「発芽室」で数日間の発芽処理を行った後、完全自動環境制御された育苗温室内で育苗される。
 栽培農家は、定植時期を指定してプラグ苗生産会社にプラグ苗の注文を行い、プラグ苗生産会社は出荷期日から計算して、播種を行う。すなわち、播種から育苗までの過程は全て管理された環境下で行うことでプラグ苗の生育をコントロールして苗の出荷時期を計算する(図)。プラグ苗の出荷は宅配便を用いて行われ(図)、プラグ苗は栽培農家まで直接配送される。
 一般に園芸作物の定植期は、初春と初秋に集中することが多く、プラグ苗生産会社では生産の効率化を図る目的でプラグ苗の貯蔵を行う。貯蔵は、照明下の低温で実施され、1〜3ヶ月に及ぶ場合もある。
 トマトなどの果菜類では、プラグ苗を用いて接木を行って生産性を高める方法も開発されている(図)
3. 栄養繁殖
 園植物の栄養繁殖法は、@挿し木、A接木、B株分け・分球、C組織培養、がある。
1)挿し木
(1)挿し木繁殖の意義
 植物の根は、発芽の際に幼根由来の初生根とそれ以外の根(初生根や2次根、茎などの器官から発生する根(不定根):adventitous root)からなり、挿し木は初生根以外の器官から不定根を発生させて、植物体の再生を図る方法である。不定根を発生させる器官として、茎、葉、根を用い、その違いによって、「茎挿し」「葉挿し」「根挿し」などがある。植物は分化全能性を持っているため、全ての器官から発根する能力を持ち備えている。
 枝の先端で発生した突然変異個体などを増殖する方法として「茎挿し」が一般に行われ、サツキの色変わり変異個体などのように自根苗の増殖が有名である。この他に果樹では耐病性、耐寒性の付与を目的とした台木の増殖なども行われる。この場合には次項の接ぎ木繁殖を併用する。
◎挿し木の短所
 (1) 作物や品種によっては挿し木の難しいものがあり、また、親木の年齢が高まるにつれて発根能力が著しく低下する。
 (2) 挿し穂を大量に準備することが難しい。
 (3) 穂木の状態や挿し穂の条件によって活着率が変化する。
 (4) 作物や品種によって側枝性が残り、心立ちが悪く、樹形が乱れる場合がある。
 (5) 高齢木の挿し穂の場合や品種によっては初期生育が遅れる場合がある。
 (6) 根が側根性となり、発根方向にムラができる場合がある。
 (7) 開花が早くなる場合がある。
(2)挿し木の生理
 (1) カルス形成と発根
 挿し穂の切断面において、傷を受けた細胞は癒傷ホルモンともいわれるオーキシンを分泌する。また、茎の上部から重力移動で下に転流される生長ホルモンのオーキシンがさらに加わって癒傷組織ともいわれるカルスを形成する。カルスは形成層や師部から発達し、これによって挿し穂の切り口は病菌からある程度保護されるとともに、切口からの有用物質の流失も防がれる。形成されたカルス内に通導組織(木部維管束)が分化し、茎の木部維管束と連絡すると同時に根原基(根の基)の分化が始まる。しかし、厳密にはカルス形成と根原基の形成とは無関係であり、カルスは切口の保護のためには必要であるが、発根過程においては必ずしも不可欠とはいえず、過度のカルス形成は発根を阻害することが多い。
 根原基の分化は、形成層の細胞分裂に伴って形成され、基本的にはカルス形成とは無関係な現象といえるが、挿し木当初はカルス形成と同調して根原基が分化し、切断部位からの発根がみられるが、その後は茎から直接根原基が分化し始める。根原基の分化は生長ホルモンのオーキシンによって促進され、発根促進剤として使われるオキシベロンはオーキシンの一種のインドール酪酸の製剤であり、ルートンはナフタレン酢酸アミドである。

◎オーキシン
 ダーウィン(進化論の著者)親子によってオーキシンの存在がとなえられ、1913年にデンマークの科学者ボイセンーイェンセン(Boysen-Jensen)やオランダのベント(Went)によって屈光性が、オーキシンの特異的作用に基づいていることが明らかにされた。現在、オーキシンにはインドール酢酸(IAA)、インドール酪酸(IBA)、ナフタレン酢酸(NAA)、2,4−ジクロロフェノキシ酢酸(2,4-D)などが用いられている。
 (a).オーキシンの生理作用
 オーキシンの植物体内移動は、重力に対する正の極性移動と蒸散による樹液の移動と共に行われる負の移動である。正の極性移動では樹皮の皮層部を、負の移動は木部を通ることが知られている。生理反応には発根、カルスの分化、屈性、伸長伸長、維管束分化、果実の肥大生長促進、頂芽優勢、エチレン合成促進(落葉促進、アナナス科植物での花芽分化促進)などがある。これらの作用はオーキシンの物質の種類によって強弱が異なり、インドール酪酸(IBA)は不定根形成が高く、ナフタレン酢酸(NAA)は次いで不定根形成能力が高い。同様にカルス形成能力は2,4−ジクロロフェノキシ酢酸(2,4-D)が著しく高く、ナフタレン酢酸(NAA)は次いで高い。
(b)IAAの合成、分解
 色々なオーキシンの中で天然物質として存在するオーキシンはインドール酢酸(IAA)で、IAAはトリプトファンから生合成され、IAA酸化酵素(パーオキシダーゼの一種)によってIAAは速やかに分解される。また、IAAは熱分解や光分解しやすい性質を持っている。

(3)植物の 発根能力
 植物の発根能力は、植物体の齢(若さ)と密接な関係があり、齢が若いほど発根能力が高い。この植物体の齢は幼若性とも呼ばれ、若い齢ほど幼若性が高いと表現する。
◎幼若性
 幼若性はjuvenilityともいい、実生のものが最も幼若性が高く、樹齢を経るに従い幼若性が低くなる。幼若期の植物の特徴は、旺盛な栄養生長を行い、花芽分化などの生殖生長が抑えられる。果樹などの樹を対象とした場合には、先端の枝ほど花芽の形成が良く、栄養生長の度合いが低い。これに対して幹に近い部位から発生した枝では栄養生長が旺盛で、いわゆる徒長枝と呼ばれる新梢が発生し、その徒長枝では花芽分化が抑えられる。従って、樹全体の幼若性を分類すると、幹(根)に近い部分ほど幼若性が高く、先端に近いほど幼若性が低くなる。
 これらのことから、穂木の採取にあたっては、通常に生長した先端の枝を穂木として用いるより親木の幹から発生した枝や剪定後に発生した枝を穂木とした方が発根率が高い。また、親木の年齢と発根能力との間にも密接な関係があり、栽培年数を経るに従って発根率は低下する。従って親木は栽培年数の短いもの程良く、何年も栽培したものでは発根率が低くなる。同様に、花芽の着生した枝を穂木とすると、発根率が著しく低下する。
◎植物の自発休眠
 植物、特に温帯性木本植物は自発休眠を行う。一般に8月から自発休眠が始まり、12月には自発休眠が終了する。自発休眠は植物ホルモンのアブシジン酸(ABA)が密接に関与している。7月下旬から8月下旬にかけて展葉している葉でアブシジン酸が生合成され、基部にある芽の鱗片に多量に蓄積される。この鱗片に蓄積されたアブシジン酸の作用によって側芽の生長点の成長が強く抑制され、気温や湿度などの外的条件が良好であっても萌芽することができない。このように植物体内の抑制物質によって萌芽できない状態を自発休眠という。これに対して12月から2月にかけての低温期のように、成長に外的環境が適していないために萌芽できない状態を多発休眠という。
 モモ、リンゴなどの落葉果樹では、5月から7月にかけては発根能力が高く、容易に挿し木が可能であるが、8月になるとアブシジン酸の影響を受けて発根率が著しく低下し、12月まで挿し木が困難となる。12月以降については自発休眠が解除されるため、再び発根率が上昇する。
 @穂木の採取前に、親木を剪定(切り戻しやピンチ)し、そこから発生した徒長枝や切り戻し枝を用いる
 A親木は何年も栽培せず、更新する
 B花芽が分化した枝を穂木に用いない
 C自発休眠期の材料を用いない

(4)挿し木の一般的留意点
 挿し穂は、根圧の強い力による水分の補給がないため、乾燥には著しく弱い。また、切り口は表皮で覆われておらず、内部組織が露出した状態であるため、病菌が進入しやすく、抵抗性も著しく低い。さらに、新たな養分(肥料成分に加えて光合成など)の補給がなく、挿し木と同時に発根、萌芽などの生存維持のための消耗がはじまるが、これらの生長のための養分は穂木に蓄えられている養分のみに依存している。特に、発根は新たな組織を形成するため、多大なエネルギーに加えて、新たな細胞を形成するための養分も必要となる。従って、挿し穂の中に含まれている養分の多少は挿し木の発根率に大きく影響を及ぼす。また、挿し床は切口の水分管理や病害の管理などの面から重要な要素である。
 発根が困難である場合の理由として、@乾燥に弱い、A挿し穂が腐りやすい、B生長ホルモン(オーキシン)の体内活性が低い、C発根阻害物質が体内に含まれる、D切り口から酸化しやすい(褐変しやすい)、などがある。従って、挿し木にあたってはこれらの悪条件を極力少なくする必要がある。

●乾燥の防止
(1)挿し穂の採取から挿し木まで
 挿し穂を親木から採取し、挿し木を行うまでの過程における乾燥の程度と枯死との関係をみると、穂木の水分率が20%程度の減少であった場合にはほとんど枯死はみられない。また、水分減少率が30〜40%(作物によっては50%程度まで)であった場合でも枯れることはなく、その後に水が補給されれば発根能力が大きく低下することはない。
 挿し穂の採取後の管理方法として、乾燥を防ぐ目的で水に浸漬することが奨励されている。しかし、軟弱な若葉を付けており蒸散が著しく高い場合や水揚げの特に悪い樹種、発根を阻害する有害物質を含んでいる場合、あるいは酸化酵素の活性が高く褐変が著しい場合には、穂木を採取後速やかに水に浸漬する必要があるが、それ以外では水に浸漬する処理は病害の蔓延を助長し、カルスの形成を阻害する場合があることから、水に浸漬しない方が良好な結果が得られる。また、水の浸漬は挿し穂内のオーキシンを流出させる。
◎挿し穂の管理方法
 @直射日光には当てない。  日向と日陰の水分蒸散量は大きく異なり、日向の蒸散量は日陰の4〜20倍となる。
 A高温条件で放置しない   穂木の呼吸を促進し、穂木に含まれるエネルギーの損失を招き、発根が阻害される。
 B水に浸漬しない        挿し穂の水への浸漬は、疫病やピシウム病などの病害の蔓延を助長し、オーキシンの流出により、カルスや不定根形成を阻害する。
 C風を当てない         過度の風は過剰な蒸散を盛んにするため、風を当てない。
 D湿度を保つ          蒸散を抑制するため、湿度を高くする。しかしビニルなどで密閉してはいけない。
 E低温に保つ          ある程度穂木を保存する場合には、葉での呼吸を抑え、湿度を高めるために、低温を保ち、できれば湿らせた紙シートと穂木を交互に層状に重ねる。

(2)挿し木後の乾燥防止
 挿し穂の吸水は、主として切口から行われ、茎表面からもわずかながら吸収される。これに対して、葉からの蒸散は普通に行われるため、挿し木当初は蒸散を制限する処理を行う必要があり、挿し木における乾燥・枯死は、茎の切口からの吸水と蒸散とのアンバランスによって生じ、挿し木後の乾燥は、著しく発根率を低下させる。
 @通常は挿し穂の葉面積が大きい場合には、葉を切除する必要がある。
 A寒冷紗で遮光を行い、遮光率は季節によって変える。(強過ぎる遮光は、光合成を阻害し、発根後の生育を阻害する)
 B寒冷紗での遮光によって温度上昇が妨げられる。できればパット&ファンなどの装置による冷房を併用する。
 Cミスト装置や密閉などで湿度を高める。
 D過度の送風を行わない。

●挿し穂のステージの選択
 挿し穂は、母木から切り離されて養分や水分の補給がなくなったにもかかわらず、挿し付け当初は下からの充分な養分や水分の補給があることを前提としたような盛んな蒸散や勢いのよい新芽の生長を行おうとする。従って、挿し穂の芽の活性が高い部位を用いると、発根がみられないにも関わらず盛んな芽の伸長がはじまり、一見挿し木が成功したかにも見えるが、実際には好ましくない現象といえる。挿し穂の芽の動き始めたものは、芽の生長に多大なエネルギーを必要とするため、発根にエネルギーが回らなくなり、発根率が低下する。従って、挿し穂の芽は生長開始前の状態にあるものが良い。すなわち、このような芽の生長が盛んに行わないような芽をもつ挿し穂を選択する必要があり、挿し穂の採取時期や挿し穂の部位の選定などが必要となる。
 @頂芽挿し(天挿し)を行う場合には、頂芽の生長期には実施しない。
 A側芽を挿す場合(一芽挿しあるいは管挿し)、腋芽が萌芽していないものを用いる。

●穂木の養分蓄積
 発根前の穂木は、切口からわずかに養分が吸収されるものの、基本的には茎内に含まれる養分でまかなわれる。また炭水化物についても、光合成は行われるものの、穂木採取前の葉に含まれている炭水化物に頼っている。従って、穂木採取前の親木の管理が極めて重要な要素となる。施肥との関係では、リン酸、カリの含量が高い親木から穂木を採取した場合には発根率が高くなることが知られている。
 @挿し穂を採取する場合には、晴天が続いた日を選ぶ。
 A親木の施肥は、窒素過多とせず、特にリン酸とカリウムを多めに与える。
 B充分な潅水を行い、水ストレス(過乾燥と過湿)を与えない。

●挿し床の管理
 挿し床の水分状態は、挿し穂の吸水能力と密接な関係がある。挿し穂の吸水能力は切口からの吸水に頼っているため、ある程度の加湿状態が必要となる。最も適した土壌水分状態は、総水分率(潅水直後の液相率)の50〜60%程度の水分状態がよいとされており、pF値では1.5程度がよいと考えられる。この状態は、水分の補給だけではなく、発根過程の挿し穂への酸素の補給にとっても好適条件となる。挿し床の三層分布の中で、液相と気相がともに高い素材で、無菌的なものが適している。
 @pF1.5程度の土壌水分(テンションメーターによる挿し床の管理)
 A加水状態にしない(酸素補給のため)
 B三相分布の液相と気相の割合が高い土壌の選択
 C無菌の用土の選択

●病害の防除
挿し木における病害は3種類に分けられる。@ ピシウム、疫病、フザリウム、リゾクトニアなどの直接的な病害、A 維管束が菌により塞がれて枯死する、B 線虫による食害
 病害の進入は細胞壁の厚さと密接な関係があり、細胞壁が厚いものほど進入しにくくなる。一般に窒素過多の条件で栽培したものや若い枝は細胞壁が肥厚しておらず、薄いため、病害の進入を受けやすい。
 @無菌の用土の選択
 A雑菌の混入していない用水の利用
 B未熟な穂木を用いない
 C窒素過多で親木を管理しない

●温度管理
 発根能力は25℃までは高まり、それ以上では低下する。これに対して病菌は30〜35℃まで増殖率が高まることから、地温を25℃以上の温度としない管理が必要となる。
 気温の上昇は蒸散を促進するため、気温を高めない。
 @地温を高く維持する(25℃以上とはしない)
 A気温を低く維持する(電熱温床の利用)

●発根阻害物質の除去
作物や品種によっては発根の困難なものがあるが、その原因の一つに発根阻害物質や褐変物質がある。これらの阻害物質の存在が認められる場合には、流水による浸漬処理が効果的である。
 @発根阻害物質の存在がみられる場合には、流水に浸漬処理する

2)2)接ぎ木繁殖
 接ぎ木(grafting)は、果樹の技術として発達し、中国では柑橘の接ぎ木が行われており、ヨーロッパでもギリシャ時代(紀元前300年)には既に実用的な技術として用いられていた。日本へは仏教の伝来とともに中国から伝えられた。現在栽培されている果樹のほとんどは接ぎ木繁殖によって増殖されている。
 野菜の接ぎ木は1920年代から研究が進み、スイカなどのウリ科植物やトマトなどのナス科植物で行われている。
★台木と穂木
 接ぎ木は根を持つ個体(台木:rootsrock)に芽を持つ枝(穂木:scion)を接ぐことである。台木と穂木を接ぎ木する際に重要な点は、両者の形成層を接合させることである。
1)接ぎ木の意義
@遺伝的に固定されていない品種の維持・増殖
 果樹や花木では交雑によって育種が行われているが、これらの品種は種子で繁殖すると形質が固定しないため、栄養繁殖法の一つとして用いられる。
A突然変異個体の増殖
 花木などでは突然変異による花色の変異などが品種開発に重要な役割を担っており(枝変わり)、これらを維持増殖する目的で接ぎ木が用いられる。ボタンはほとんどがシャクヤクに接ぎ木される。
B土壌伝染性病害虫の対策
 土壌伝染性病害に対して抵抗性を示す品種を台木として用いる。特に野菜で利用が多く、スイカ93%、キュウリ72%、ナス50%、露地メロン44%、トマト32%などで台木が使用されている。国内で使用される野菜の台木は、年間5〜6億本といわれている。
C不良環境耐性の付与
 耐寒性、耐暑性、耐乾性、耐湿性の高い台木を使用することで、穂木の品種が適さない環境でも栽培が可能となる。例として、柿は亜熱帯果樹にも分類され、耐寒性が低く、低温での根の伸長性が低い。そこで、日本自生のマメガキに接ぎ木することで寒冷地での栽培が可能となる。同様にキュウリでは、冬季の栽培では低温での根の伸長性の高い"クロダネカボチャ"を使用し、夏季の栽培では高温耐性の強い"新土佐"を使用する。
D樹勢のコントロール
 リンゴでは「わい性台木」といわれる台木を使用することで樹高が低く抑えられる。わい性台木による樹のわい化の機構は不明な点もあるが、根で作られる植物ホルモン活性が低いことや穂木と台木の物質伝達が不十分であるなどの原因が考えられている。野菜ではユウガオやカボチャにスイカを接ぎ木することで、樹勢が強く維持され、栽培期間の延長効果が期待できる。
E収穫物の品質向上
 キュウリでは、通常の台木に接ぎ木するとブルーム(果粉)と呼ばれる白い粉が果実に付く。ブルームレス台木(カボチャ台木の一種)に接ぎ木するとブルームが発生しなくなり、光沢のあるキュウリが収穫できる。また、スイカをカボチャ台木に接ぎ木すると果実の肩が盛り上がり。カボチャ臭くなるが、ユウガオを台木にすると糖度が高くなる。またバラではノイバラに接ぎ木すると切り花本数が多くなり、花色が鮮やかになる。
F花芽分化の促進
 通常接ぎ木をすると、台木と穂木との間の接ぎ木部位の維管束の結合が必ずしも順調にいくとは限らず、養分の移行が不良となることが多い。その結果、光合成産物が地下部に移行しにくくなり、接ぎ木上部に炭水化物が蓄積されるようになる。植物の花芽分化は、いわゆるC−N比が高まることによって促進されるといわれており、接ぎ木上部の炭水化物(C)の含量が高まることで花芽分化が促進される。「桃、栗3年、柿8年」といわれるように、柿は実生では8年程度の幼木期を経た後花芽分化するが、、マメガキや実生台木に接ぎ木をすることで2〜3年で結実するようになる。
(2)接ぎ木の種類
 接ぎ木法として、芽接ぎ、枝接ぎ、高接ぎ、腹接ぎ、切り接ぎ、根接ぎ、割り接ぎ、合わせ接ぎ、寄せ接ぎ、挿し接ぎ、接ぎ挿しなどがある。

3)株分け・分球(Division)
 宿根草や球根植物では株分けや分球で繁殖される。一般に生きた根を付けた状態で分割する場合を「株分け」といい、根がない場合や根が死んでいる状態のものを分割する場合を「分球」という。球根植物の鱗茎では、分球のほかに鱗片挿しといわれる方法で繁殖する。

4)組織培養
(1) 組織培養の歴史
 Sachs(1860),Knop(1861)は植物に必要な元素の研究を行い、Sachs液,Knop液を考案した。これによって、「植物は土がなくては生育はできない」という考えが改められるようになった。
 20世紀に、ドイツの植物学者Haberlandt(1902)は植物組織をガラス容器内で培養することを試みた。しかし、この試みは失敗に終ったが、その際に組織の切断面に細胞分裂を促進する物質が分泌され、それと同時にその切り口に不定形の細胞塊が形成されることを観察し、物質を”癒傷ホルモン”、細胞塊を”カルス”と命名した。同じ頃、Goebel(1902)は細胞1個は器官を構成する最低単位であり、1個体としての機能を持っており、植物体を作る能力が備っていると考え、「植物の体細胞は、生きている限り単独状態でも適当な条件に置かれれば、最小単位の生きものとして機能し、分裂と増殖を行い1個の植物体に至るまでの発育能力を潜在的に持つ」という全能性または全形成能(totipotency)の概念を明らかにした。この考えは約60年後に実証されることとなる。
 1910年代になって動物の組織培養が行われ、特にその培養液として血液や幼胚のジュ−スが用いられるようになり、植物の組織培養においても、より栄養に富んだ培地で培養を行う方向へと発展するきっかけとなった。(動物細胞と植物細胞の全能性の差について説明する。動物は全能性なし。植物は全能性あり。)
 Moliard(1921),Robbins(1922)は、実生の根端組織や幼芽の先端を無機養分にペプトン、アスパラギン,グルコ−スあるいはフラクト−スを添加した培地で培養し、それらを生長させることができた。特に芽からは緑色の小葉が形成されるまでにいたった。しかし、その生長も1ヵ月にとどまり、それ以上生育をさせることはできなかった。
 White(1933)はハコベの茎頂の組織をボルボックスの培養に用いられた無機塩養液を基本培地とし、これにグルコ−スと酵母抽出物を加えた培地で培養し、長期間細胞分裂を観察した。また、トマトの根端をフラスコの中で培養し、伸長した根端を切り取り新たな培地に植え換えるという方法で継続的に生長させた。この根端は28年間1600代を経ても生長続けたと言われる。彼は1936年に組織培養の定義として”分離された1細胞、または数個の体細胞が in vitro で正常な生活作用を営むとき、このような培養を組織培養という”と提唱した。このような業績から彼は植物組織培養の創始者の一人であると言われる。(単細胞生物と多細胞生物の違いについて説明。器官分化)
 Gautheret(1934)は、Whiteとはまったく独自に樹木の形成層を培養し、均一な組織としての無限生長を観察している。彼は、培養組織を細密に観察し、1細胞が分裂し層状に並び分裂を繰り返すことを報告した。また、1959年には「植物組織の培養」と題して、実際の方法やそれまでに出された報告書をまとめ、集大成を行った。
 微量元素の作用についても研究されるようになり、Robbins(1936)は根端培養には亜鉛,マンガン,ホウ素が必要であることを指摘した。またHeller(1953)は、さらに多くの元素についても検討を行い、Hellerの基本培地を発表した。さらに、Murashige & Skoog(1962)はタバコの培養細胞の増殖に最適な培地を考案した。
 基本培地に添加する物質として、酵母抽出液が有効であることが知られるようになり、その有効成分の探求が行われるようになり、アミノ酸やビタミン類がその主役を占めていることが明らかとなった。
 これらの植物組織培養とは別に、植物ホルモンの研究がBoysen(1910),Paal(1919),Went(1928)によって進められ、オ−キシンが発見され、これはすぐに組織培養にも取り入れられることとなった。酵母抽出液に次いでココナツミルク(ココヤシの胚乳液)が培養に有効であることが明かとなり、同様な効果は核酸分解物やアデニン化合物でも観察され、1960年代になってサイトカイニンが発見された。これらの2つの植物ホルモンの発見は植物組織培養において飛躍的な発展をもたらした。
Reinert(1956)はカルス組織を液体培地中で振とう培養し、単細胞を取り出しそれを培養して植物体に再生できることを明らかにした。これにより植物細胞の全能性を証明できたこととなった。この研究が大きな弾みとなりその後プロトプラストさらには細胞融合、遺伝子組換えへと進んで行った。

サイトカイニン
 タバコの茎切片をオーキシンを添加した培地で培養すると、初期には細胞分裂を行い、その後細胞肥大がみられるが、その組織を新しい培地に植え継いでも細胞分裂は見られず細胞肥大のみが行われる。また、茎のうちの髄部のみを培養すると細胞肥大のみで細胞分裂が行われない。したがって、皮層部や維管束部には細胞分裂を促進する物質が含まれることが明らかとなった。すなわち、茎切片培養では維管束部に含まれる細胞分裂促進物質の作用で初期には細胞分裂が行われるが、それが使い果たされてしまうと細胞分裂が行われなくなってしまうのではないかと考えられ、維管束内には細胞分裂促進物質が存在することが考えられた。一方ココヤシの胚乳液や酵母抽出物を培地に添加すると細胞分裂が促進されることが見いだされ、その中の物質を抽出したところ核酸関連物質でプリン核を持つ物質であった。このことからことが明らかとなった1950年代はDNAの発見によって核酸が遺伝物質であることが明らかにされた時期であり、DNAを培地に添加する実験が多数行われた。1955年にMillerが古いDNAから細胞分裂促進物質を抽出し、それをカイネチン(kinetin) と命名したのがサイトカイニンの研究の最初である。1963年にはレザム(Letham)がトウモロコシの未熟種子から天然のサイトカイニンを抽出同定し、これをゼアチン(zeatin)と命名した。サイトカイニンはプリン塩基を持ち、細胞分裂を促進する作用を持つものの総称として用いられる。
 天然に存在するサイトカイニンの種類としては、ゼアチンと2iPの2種類である。
 合成サイトカイニンのなかにはカイネチンの他、ベンジルアミノプリン(BAP)があり、この他にも20種類程度が合成されているが、現在よく用いられているものはこの2種類である。サイトカイニンの定義のなかでプリン塩基を持つ化学物質であることを述べたが、近年の研究により、プリン塩基を持たないサイトカイニン様活性物質が発見された。それは、ジフェニル尿素(ジフェニルウレア)の関連物質で、そのなかで最も活性の高い4−ピリジルフェニル尿素(4-PU)もサイトカイニンとして加える場合が多い。
サイトカイニンの生理作用: サイトカイニンは植物体のなかでも局部的に分布し、未熟種子、幼果、根、維管束内の樹液に多く含まれる。(細胞分裂との関係を果実の発育とも関連させて説明。)サイトカイニンの生理作用の大きなものに、細胞分裂促進作用、側芽伸長促進作用、不定芽形成促進、気孔の開閉促進、物質集積促進などがある。

(2) 無病苗生産
(a)茎頂組織の構造
 シュート(shoot)は苗条とも言い、茎と葉とからなる1つの単位を示す。芽はシュートには必ず含まれ、頂芽(apical bud)と側芽(lateral bud)がある。種子植物の側芽は必ず葉の付け根(葉腋)に存在するため、腋芽(axillary bud)とも言う。側芽は葉腋に形成され、それらの形成される部位は規則性があり、葉の配列様式(葉序)と関係がある。このように植物体の決まった位置に形成される頂芽と側芽は定芽(definite bud)と呼び、これに対し通常は芽が形成されない葉、根、カルスなどに形成された芽を不定芽(adventitious bud)という。形成された芽は、頂端分裂組織(shoot apical meristem)を持ち、この頂端分裂組織が将来葉となる組織である葉原基(leaf primordia)を分化する。この葉原基を分化していく能力を持つ組織を茎頂(shoot apex)という。茎頂部は2層からなる外衣とその内側の内体と言われる細胞群から構成され、最も外側の外衣層は表皮組織に分化する。葉原基が形成される場合には外衣の内側の層が2層に並層分裂し、形成され始める。
 茎頂組織の遺伝的安定性は高く、茎頂組織から形成されたシュートは発芽時の形態を極めて良く維持している。
(b)茎頂組織の生長と分化
 茎頂組織の分裂は、主にサイトカイニンによって促進される。

(c) ウィルスフリー
 植物に感染するウィルスは 600種以上が知られており、これらのウィルスは感染した植物体内で維管束を経由したり細胞間を移行して広がり、植物体全体に分布するようになり、全身感染を引き起こす。植物は動物とは異なり、坑体による免疫機構を持たないため、いったん感染すると枯れるまでウィルスが除去されることはなく、植物のウィルス病は治癒しない。
 挿し木、接ぎ木、分球などの栄養繁殖法で増殖されることの多い園芸植物では、ウィルス病は極めて重大な病気であり、従来ではウィルスに罹病した個体は廃棄処分をするより方法がなく、中世にはチューリップでウィルス病にかかった個体に出る縞状のモザイク模様を新たな品種として登録され、きわめて高価な価格で取り引きされた経緯もある。
 ウィルスの植物体内の分布は一様ではなく、古い組織ほど多く、新しい組織では分布が少ない。ウィルスは細胞壁を能動的に貫通して細胞内に進入することはできず、その感染経路は、1.植物体に機械的にできた傷や、2.昆虫、ダニ、線虫、菌類などの食害や寄生の際にできる傷から進入したり、3.接ぎ木をしたり、病花粉によって受精したりして伝播される。昆虫による感染の場合には、アブラムシ、ウンカ、ヨコバイなどの吸汁性昆虫の口針進入によってできた傷から樹液と共にウィルスを吸汁し、口針に付着したウィルスを健全植物から吸汁する際にダ液と共に吐き出させるためこれによって感染する。すべてのウィルスがこれらの方法すべてで感染するものではなく、ウィルスによって感染方法が決まっている。
 植物体内の移動については、ウィルスが細胞壁を能動的に貫通できないため、細胞壁内にある原形質連絡を通じて細胞間を移動すると考えられている。また、細胞分裂によって細胞と共に広がる。さらに、師部を経由して遠隔部位に移動する。
 ウィルスは茎頂組織にはほとんど分布していないことが観察されている。この理由として、1.生長点近傍組織の伸長生長がウィルスの細胞間移動速度より大きいため、ウィルスが生長点に到達できないことや、2.生長点の近傍組織が組織構造的にウィルスの進入を阻害していること、3.生長点近傍組織が生理的にウィルスが増殖できない状態におかれていることなどが考えられた。しかし、ウィルスの細胞間移動速度は生長点の生長速度より早く、1.の理由は考えられず、2.については組織構造学的に生長点の細胞とそれ以下の細胞に差がなく、否定された。古い組織に比べ新しい組織ではウィルスに対する感受性が低く、ウィルスの細胞内増殖速度も低いことが知られていることから、現在では3.の理由が茎頂組織内にウィルスが含まれない理由と考えられている。
 この機構としては、以下の3点が考えられている。
 1.細胞内代謝の活性が低い細胞に比べて、高い活性状態にある宿主細胞の代謝物をウィルスが摂取する事はより困難なことであると考えられる。したがって、頂端分裂組織の細胞中ではウィルスの増殖に必要なRNA合成は抑制されるものと思われる。
 2.植物体にウィルス不活性系が存在するものと仮定すると、茎頂部分は他の組織部位よりもその活性が高く、このことが頂端分裂組織中の細胞をウィルス感染から保護しているのであろう。
 3.培地中に添加したオーキシンはウィルスの増殖を阻害することが知られている。茎頂においてオーキシンレベルが高いことからこの内生オーキシンがウィルスの活動に抑制的に作用している可能性がある。
 このようなことから、茎頂培養を行うことによってウィルスフリー植物を作出することができると考えられた。このことを実際的に考えたのはトマトの根の培養で有名な Whiteで、この事実の基づき Morel and Martin (1955)はダリアとジャガイモで実証した。

イチゴに感染するウィルスは、イチゴモットルウィルス(strawberry mottle virus;SMoV),イチゴベインバンディングウィルス(strawberry vein banding virus;SVBV),イチゴマイルドイエローエッヂウィルス(strawberry mild yellow edge virus;SMYEV),イチゴクリンクウィルス(strawbery crinkle virus;SCrV)の4種類である。これらのウィルスはアブラムシや接木によって感染する。
 イチゴウィルス病の病原ウィルスと病徴
 イチゴモットルウィルス(SMoV)は、単独では無病徴、しかし古い葉の枯れ込みや、ランナーの発生が少ないなど年間を通してみると生育はやや劣る。
 イチゴベインバンディングウィルス(SVBV)は、単独では無病徴、SMoVと重複感染すると草勢低下。SMoVおよびSMYEVと三重感染すると発育不良、葉先のねじれ、小葉杯状がみられ、葉緑が黄化する場合もある。
 イチゴマイルドイエローエッヂウィルス(SMYEV)は、単独ではほとんど無病だが、移植後や収穫後などに古い葉が突然紅葉する事がある。SMoVとの重複感染で草勢やランナー発生の低下がみられ、古い葉が枯れ易くなる。
 イチゴクリンクウィルス(SCrV)は、生育にほとんど影響しないが、葉が縮葉状になる傾向がある。
 これらの分布状況は、SMoVが最も広く蔓延しているが、単独ではほとんど病徴を示さないことが多く、生育障害をおこしている株はSVBVやSMYEVと重複感染している場合が多い。

◎生長点の大きさとウィルスフリー化の割合
0.2-0.4mm  100%の個体がウィルスフリーとなる。
0.2-0.8mm SVBV,SCrVは100%、SMYEVは97%、SMoVは78%が除去できる。

※ウィルスフリー苗(無病苗)
 現在生育している全ての植物はウィルスを保持していると言われているが、実際にはそれらのウィルスは発病することはない。しかし、植物体がなんらかの要因で生育が低下したり、弱ったりした場合、その病兆が発現し、ひどい場合には枯死してしまう。
 植物体からウィルスを除去した場合、植物体の生育は極めて良くなり、著しい場合には除去前の2ー3倍の生育量を示したり、花の場合にはその色が良くなるなどの結果が得られている。
 この技術はすでにイチゴやユリ,ナガイモ,ニンニクなどの野菜や花で実用化されている。この技術は現在最も現実的な植物バイオの分野の一つである。

(d) 茎頂培養(メリクロン)
 頂芽あるいは側芽から1o程度の茎頂組織を切り出し、培地に植え付ける。培地に添加する植物ホルモンは、木本植物の場合にはサイトカイニン単独あるいはサイトカイニンとジベレリンを同時に添加する場合が多く、草本植物の場合にはサイトカイニンとオーキシンを添加する。
 生長点を切り出し培養すると、生長すると共に多くの芽(腋芽)が形成され、短期間に大量の植物体を再生する。この植物(苗)を試験管から移植することによって、良く生育が揃った苗を供給することができる。また、種子では繁殖できない植物も栽培対象とすることができる。
 従来の株分けや挿し木繁殖では繁殖効率が悪く、年間数十万本の植物を増殖することは困難であり、茎頂培養は組織培養を用いた大量増殖法の第1段階として用いられる技術で、花の分野においては一般的技術となっている。

(3) 大量増殖
(a) 早生分枝
 サイトカイニンを高濃度に添加することにより、頂芽優勢が打ち消され、側芽の伸長が促進される。その結果、頂芽の伸長と同時に側芽の伸長が開始され、分枝をし続ける形態のシュートが形成される。一般に分枝は、頂芽の生長がある程度進んだ後に行われるのに対し、頂芽の生長が完全に行われないまま早期に側芽が分枝するため、早生分枝法と言われる。早生分枝形成はサイトカイニンの種類によっても差異がみられ、カキを材料とした場合においては、ゼアチンでは早生分枝が形成されず、BAPの場合には早生分枝が形成された。このサイトカイニンの種類と早生分枝形成との関係は、明らかにはなっておらず、サイトカイニンの作用である茎頂組織の分裂促進による頂芽の生長促進作用と頂芽優勢打破作用がサイトカイニンの種類によってその強弱が異なるのかもしれない。
 形成されたシュート(分枝したシュート)を切り取り、新たな早生分枝形成培地に植え継ぐとこのシュートから早生分枝が形成され、増殖が図られる。
(b) 節培養
 早生分枝を形成しにくい植物(頂芽優勢が強い植物)や早生分枝を形成し易いBAPなどでは生長組織の生長が促進されない植物では、ゼアチンなどを用いて一次シュートの伸長が促進される。このシュートを節毎に切り放し、その節を再び培養し、節に含まれる側芽を伸長させる培養方法で、カキはこの方法で増殖することにより1カ月半で約5倍の増殖率を維持している。
(c) 多芽体
 シュートの伸長をさせず、側芽を多数形成させる方法で、一般に草本で用いられる増殖法の一つである。このため培地にはサイトカイニンに加えてオーキシンを添加する。オーキシンの作用によってシュートの伸長が抑えられ、かつサイトカイニンの添加によって茎頂組織での葉数の分化が促進され、その結果多数の腋芽の形成が行われる。形成された多芽体の基部は1つにつながっているため、塊状の多数の芽を持つ組織が形成される。
 これを小塊に切り分け、再び多芽体形成培地に植えることによって新たな多芽体が形成される。
(d)不定芽形成

(4) 育種
4. 種苗法