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たなまち園芸場
 【切りバラ生産】
 (福岡県大刀洗町)

2008年6月29日に、大分県で開催されたエアリッチ・アーチング栽培研究会の帰りに福岡県大刀洗町のたなまち園芸場(一般には「棚町バラ園」とも呼ばれています)を訪問しました。

  

 たなまち園芸場の生産面積は2,000坪で、平成元年(1989年)に法人化しました。1989年の法人化は全国でも先駈けの存在です。経営は社長の棚町敏隆氏、後継者の満氏、従業員は10人です。経営者の棚町敏隆氏と後継者の満氏とは明確な業務役割分担をしていました。経営者の棚町敏隆氏は、まさにたなまち園芸場の全体の経営を統括しておられ、後継者の満氏は積極的なマーケティングの導入を行いながら営業展開を進める企画営業部門を担っていました。
 業務用と小売用は半々とのことです。一般に、バラ生産者の市場への出荷は1箱50本単位で行われていますが、たなまち園芸場では単一品種の場合には最も多い出荷単位でも30本/箱で、通常は20本単位でも出荷しています。また、花店の要望に応じて複数の品種をミックスした状態でも出荷しています。

  

 訪問した時には、7品種を10本ずつセットにした「スーパーMIX」と命名されたスプレーの出荷形態やスタンダードのバラ品種を10本束でミックスした商品が出荷されていました。10本束のMIXバラは、カスミソウを加えればすぐにでも花束になりそうです。

 

 出荷するバラは、生花店で調整することなく、すぐに花束に加工できるくらいまで切花の基部がきれいに調整されています。単純なトゲ取りではなく、花束加工を想定した調整です。

 

 下の写真は、スプレー品種を中心にミックスした「病院お見舞い用花束」を想定した出荷とのことです。

 新品種を導入した時や、スタンダード品種をスプレー仕立てで試作した時などの新商品については、セリ落とした買参人にサンプルとして提供して、次の商品化の意見を収集しています。

 たなまち園芸場ではブライダルユースに力を入れています。市場に毎日出向いて、市場での購入者から直接使用用途を聞き取ることで需要開拓を行います。話の中で、例えばレストランウェディングを受注している生花店に新たな品種の提案を行ったり、生花店から新たに導入する品種のアドバイスを受けたりすることで、根強いファンを作っていきます。日比谷花壇とも協働してウェディングを企画提案し、どの品種がウェディングに適しているかの情報収集も行っています。
 ブライダルでのブーケ制作では必ずしも多くのバラを使用する訳ではないことを把握して、ブライダル専用品種のミックス出荷を行っていました。

 

 たなまち園芸場を私が知ったのは、福岡花市場で1本6,000円の日本一の価格を付けたことです。その状況を伺いました。品種はフェアビアンカです。フェアビアンカ自体は、生産量こそ少ないものの、それ程珍しい品種ではありません。フェアビアンカの最も大きな需要はブライダルですが、通常出荷されるフェアビアンカは蕾が少し開いた状態で収穫・出荷されます。しかし、本当のフェアビアンカの美しさを提案するために、たなまち園芸場ではフェアビアンカの一部を開き切った状態まで樹で咲かせて出荷していました。蕾が少し開いた時のフェアビアンカと咲き切った状態のフェアビアンカでは花の印象が大きく違います。
ちょうど咲き切ったフェアビアンカを結婚式のブーケで使いたいという要望を受けた花店が4軒あり、セリに出されたフェアビアンカの仕入れ競争が始まりました。いずれの花店も意地の張り合いの結果、歴史上あり得ないバラの価格がつくことになったとのことです。

 

 たなまち園芸場の特徴の一つとして「青いバラ」があります。青いバラは不可能の代名詞であり、中国を始めとして世界中で販売されています。中国では「藍色妖姫」という神秘的な名前まで付けられています。染色による青いバラの生産は、サントリーの青いバラの発表が大きな追い風となって、受注が増えているとのことでした。
 「青いバラ」専用品種としてベンデラ、ヤーナを使用しており、青いベンデラはベンデラブルーで流通しています。着色色素は独自のオリジナル色素を使用しています。たなまち園芸場が、着色された「青いバラ」の日本国内占有状態の原動力となっており、また日本有数の繁華街である博多・中州の特殊需要と相まって、青いバラの独占生産の様相を示しています。

 出荷している福岡花市場の買参人は博多の生花店です。
 博多といえば中州です。中州の生花店は、夜の繁華街の需要を満たす高い技術力を持つ生花店があります。中州の特殊需要を満たすために、品種も限定して出荷しています。中州専用のバラは「青いバラ」と赤い豪華な「ベルビータ」とのことです。
 また、中州の高い技術力を持った生花店はホテルのホール装飾需要も受注しています。大きなホテルのエントランス装飾には1mのバラも必要です。最近のバラの出荷規格は70〜80cmが最大となっているようですが、ホテルの装飾需要に的確に対応するために1mのバラも敢えて出荷しています。
 博多には夜の中州と共に、昼の天神という繁華街を持っています。天神はファッション性の高い若者の街です。天神の生花店向けの商品として、可愛くてちょっとボリュームがあり、色々な花との組み合わせが容易なスプレー品種を主体に生産を行っています。
 たなまち園芸場は、「博多の中州・天神」という特殊需要を持つ消費地に特異的に立脚した生産会社で、全国のバラ生産者すべてがたなまち園芸場と同じことができるかと言えば、それは無理かもしれません。特殊な消費地に立脚した生産供給という見方もありますが、それを見定めて生産を行っているたなまち園芸場の先見性をみた思いがしました。
 誰が買ってくれているのかを把握して、買ってくれている人に対して最も適したバラを提供することがたなまち園芸場の経営戦略です。
 棚町敏隆氏の言葉、「たとえその需要が不定期なニッチマーケットであっても、その需要を満たすのはバラ生産者の責務であると思います。これが満たせなかった場合には、バラから、それを満たせるユリに需要が移っていくことを意味します。需要者がいる限り、その需要に対応するのがバラ生産者としての義務であり、それがバラ業界の発展に繋がると思います。」

 マーケティングの究極である「欲しい人に、欲しいものを、欲しい時に提供する」ことを実践しているたなまち園芸場の素晴らしい経営方針に感服しました。

 そういえば、2005年にアメリカ・カリフォルニアで見た「パジャ・ローザ」を久々に思い出しました。まさに消費者本位の生産出荷体制です。

 経営者の棚町敏隆氏と後継者の満氏の明確な業務分担の結果、後継者満氏の積極的なマーケティングの導入は効果を現し始めています。例えば、毎回の出荷にあたって出荷品種、本数をお得意様(中州の花店など)に携帯メールで連絡しているとのことです。自分のバラを買ってくれている人が見定められているからこそできるマーケティング戦略といえます。
同様に、需用者への対応に充分な時間を使っており、例えば、切花生産ではなく選花に最も多くの時間を費やしているとのことです。7日間の労働の中で4日分に相当する時間を選花に費やしているそうです。
 たなまち園芸場ではオリジナル品種開発も行っています。登録されたオリジナル品種は多数あります。交配の他、積極的な花色変異個体の選抜も行っています。下の写真のバラは、イヴ・ピアッチェの花色変異個体で白花品種です。濃いピンクのイヴ・ピアッチェからこんな花色の個体が出てくることがあるのですねぇ。

 

オリジナル品種
 
シエナアップル        ランテルディ

 

 たなまち園芸場ではパッド&ファンを5年前に導入したそうですが、生産される品種は花弁が柔らかい品種が多く、湿度に弱いことから、パッド&ファンではボトリチス(灰色カビ病)の発生が増加し、失敗しました。
 今年中にはNEDOの助成を受けてヒートポンプを全生産施設に導入し、除湿と夜間冷房に全勢力をかけるとのことです。
 面白いバラを生産していました。グリーンローズはRosa chinensis viridifloraで、ガーデンローズとしても有名です。生産面積は小さく、ベンチ10mの生産量ですが、1本400円の価格を確保していました。まさに「欲しい人に、欲しい物を、欲しい時に」のマーケティングの基本戦略といえます。

 

面白い物を見ました。以前、神奈川県の生産者の所でも見た記憶がありますが、バラの花首吊り装置です。シュートが弱く、曲がりが多い品種に用いられていました。

 

 たなまち園芸場だからこそ言える花き市場への不満も聞くことができました。「花き流通業界の発展こそが花き産業の基盤だと思うからこそ、市場外流通を極力避けて花き市場を最優先に出荷しているのに、花き市場の営業は何をしているのか?2004年の市場法改正を受けて花き市場は淘汰の世界が目前となっているにも関わらず、旧態然とした経営をし続けている。ここに来て、花き市場だけではなく、買参人、生産者も淘汰の時代をむかえ始めた。せめて、これからの花き産業を担う能力を持つ買参人と出荷生産者を花き市場が選別して、重点的に営業する姿勢がなければ花き市場自体が生き残れないはず!共に花き産業の発展を分かち合えるパートナーとしての花き市場が欲しい!」
 花き市場の関係者の皆さん、いかがですか?

 たなまち園芸場では花店(フラワーデザイナー)と連携してバラを中心とした商品開発を行っています。
 「これからさらにバラの消費需要を伸ばすためには、もっとオリジナルの発想を活かした花店の努力が鍵になる。バラは物語を持った花であり、その物語を引き出して伝えることこそバラ生産者の責務です。バラの品種は日本中の生産者が同じように生産できるが、『たなまちのバラでないとダメ!』と評価される生産者になることが大切で、品種がすべてではない。出荷する開花ステージにも細心の配慮を払っています。」
 後継者の棚町満氏が自ら毎回運転して福岡花市場に出荷する有名な保冷車です。出荷するすべてのバラはバケット輸送を行っています。使用するバケットはすべてリサイクルシステムで回収していました。

 

 自家定植苗用の苗床を持っていました。苗生産業者から購入した苗は、苗床で大きく成長させて、折り曲げできる段階まで成長したものを定植し、すぐに採花を始めることができます。