野村幸弘 担当授業科目



美術史ー美術作品の見方ー(全学共通科目)

前期 火曜・1時限

大学に入る前の小・中・高校での図画・工作、美術と言えば、作品を作ったり、作らされたり、という授業がほとんどだったと思います。うまく描けなくて、うまく作れなくて、美術がきらいになった人もいるでしょう。でも美術っていうのは、なにも無理して作品を作ることなんかないのです。美術はべつにみんながみんな作れなくても、作らなくてもいいんです。作らずに見ればいいんです。(もちろん作ったっていいんですけど。)
でもどうやって見たらいいのか。それは小・中・高校では、ほとんど教えてくれなかったのではないでしょうか。そんなもん好き勝手に見ればいいんだよ、って言う人がけっこういて、それはそれで一理あるけど、ちょっと突き放しすぎのような気もします。そう言われて、途方に暮れてしまう人もいるにちがいありません。いやいや、美術作品というのは、こういうふうに見れば、なるほどと分かったり、面白さがましたりするんですよ。まあ、そんなふうなことを授業でやってます。


日本美術史(2年生向き)

後期 月曜・2時限

このテーマの授業を、1996年から10年間続けていて毎年驚くのは、学生たちの多くが、日本の美術を古臭くて、退屈で、つまらなくて、取るに足りないものだと思い込んで(思い込まされて)いることです。反対にヨーロッパの美術はすばらしい、スゴイ、と言うのです。これは何かの陰謀ではないのか?不思議なのは、学生たちが日本の美術をあまり知らず、じっさいに作品を見ていないのに、古臭くて、退屈で、つまらなくて、取るに足りない、と判断していることです。食わず嫌い、とでも言うのでしょうか。それでは、まず食べてみることにしましょう。そして食べてみてから、美味しいのか、まずいのか、あらためて判断する。この授業で、私は、さしずめ、日本美術というさまざまな料理皿の配膳係、といったところでしょうか。でも、ただたんに機械的だったり、ぞんざいに配ったりするわけではありません。そこには配膳の妙、とでも言うべきものがあるのです。どうかいちど賞味してみてください。


西洋美術史(2年生向き)

前期 月曜・1時限

私たちはなぜ西洋の美術を学ぶのでしょうか。いや、学ばなければならないのでしょうか?それは、美術史という学問が西洋で始まったこと、それを知ることで、あらためて日本の美術を見直せること、西洋の美術は、ほかの地域の美術と異なり、科学と深いつながりをもっていること、などがあげられると思います。19世紀の写真、20世紀の映画、テレビ、ビデオ、そしてヴァーチャル・リアリティの淵源を求めて行くと、それはルネサンスまで遡ることができるでしょう。この授業では、おもに13世紀後半から17世紀までの西洋美術をたどりながら、現代のヴィジュアル・アート、映像文化につながる流れを概観します。


芸術論
(3年生向き)

前期 月曜・4限

「芸術論」というタイトルではあるのですが、じつは毎年、どのような授業にしたら、学生にとっても、ぼくにとっても有益なものになるのかと思いながら、まだまだ試行錯誤している授業です。ただ、痛感するのは、学生たちの美術作品を見る頻度、量があまりに少ないことで、できるだけ、授業では、たくさんの図版を持ち寄って、作品について語ったり、じっさいに美術館や神社仏閣を訪ねて、その帰りの飲み会で自由に芸術について語り合うことにしています。あまり大きな声では言えないのですが、ぼくの授業は、飲食可、なのです。なので、飲んだり食べたりしながら、とにかく芸術について、なごやかに楽しく、真摯に語り合う、そんな授業となっています。

芸術論研究(3年生向き)

後期 火曜・3限

3年生の前期で、とにかくたくさんの美術作品に触れ、そこからそれぞれの興味にしたがって、芸術作品、芸術家を選んで、くわしく調べます。その調べ方を学び、その結果を発表するという、4年での卒業論文のための予行演習を行います。芸術や芸術家について、いかにそれらの情報にアクセスし、収集し、整理し、再構成して、発表するのかを実践的に学ぶのです。

美術教育論演習

前期 月曜・2限

これは卒業論文の指導です。