羊頭狗肉

 BSE問題以来、食肉の話題が盛んですね。

 羊頭狗肉… 最近も、安い外国産牛肉の国産肉へのすり替えで利ざやを稼ぐ卑怯な金儲けや、表示ラベルの改竄などがありましたが、言語道断の行為です。この業界の大手の一つが、流通システムの基本となっている表示の信頼性を根底から覆して見せたのですから。BSEによって牛肉が売れなくなった問題が発生してから、我々素人がスーパーなどの肉売り場で交わす会話、「素人には肉見ただけではどこの産か分からんよな…」という不安を見事に的中させてしまったのですから、抱いた感想は「素人が考えるようなやり方をしよって…」。しかし、ちょっと引いて考えてみますと、偽ブランド商品問題とか、「表示の信頼性」を悪用した詐欺は色んなところでおこっているわけですから、表示を基本にした流通システムの脆弱性をあらためて露呈した問題なのでしょう。即ち、拝金主義のもとの不況下では起こる事が予想される「 民間的手法」の一つじゃないか、という感想を持ってしまいそうです。流通業界のセキュリティ問題ですよ。

 もし、肉片を測定して、産地を判別できる簡便な科学的方法が開発されたら、このような姑息な手法は考えなくなるはずですが、遺伝子診断で産地まではわからないのかな?でも将来、マーカー遺伝子を組み込んだ肉牛が一般的になれば、診断も可能になると思いますね。(そこまでするか?)切り方で国産か、外国産かは分かるようですが、プラスチックトレイに載って出てきた肉(消費者に渡る段階)では、区別できないでしょうね。

 ま、それにしても、このような行為は、それだけ食肉業界の経済的逼迫さ、余裕の無さ、が現れたとも考えられます。元はといえば、、 (後略 )。似たようなことは官でも学(最近では某大学図書館課長のごまかし、等)でも起こりうることは、過去のニュースを見れば色々思い当たりますよね。

 もう一つの肉の話題は、豚の遺伝子組換えで植物由来の遺伝子を組み込んで リノール酸を合成できるようにした、という研究です。もちろんこれは、羊頭狗肉とは関係ないのですが、いくつか問題をはらんでいるように思います。基礎生物学研究所の村田先生たちが、だいぶ以前に、植物の脂肪酸不飽和化酵素(オレイン酸をリノール酸にするΔ12不飽和化酵素)を動物細胞で発現させることに成功したという研究を発表されて、そのときはもうすぐ遺伝子組換え動物もやられるな(自分としては研究したくないけど)、と予想はできました。この研究は、脂肪酸研究の歴史にとっては重要な意味をもっていますが、私個人にとってはあまり「好きではない」研究でした。こんどは、リノール酸を αリノレン酸に変えるΔ15 不飽和化酵素を組み込む仕事がおこなわれることでしょう。

 リノール酸やαリノレン酸は、植物でしか合成されないので、動物はそれらの脂肪酸は植物由来のものから摂るしか、仕方がないわけです。動物界と植物界との共存・相互依存関係を良く示す関係だったわけです。ところが豚がΔ12不飽和化酵素を持つように改変されて、豚肉に不飽和脂肪酸が20%多く含まれることが分かったらしい(ただし、まだ論文としては見ていないので、詳細は分かりませんが)。また、生殖や成長には問題なかったと報道されているようです。しかし、これら植物にしかない酵素は、地球での歴史上、動物界では持つ必要の無いもののはずでした。進化上、自分自身で持つ必要のなかったもの(いやむしろ捨て去ったもの、と言えるかも知れない)。だから植物に依存して生きる必要があったわけです。ベジタリアンが生きていけるように、植物だけ食べても人間は生きていけます。それがもし、豚などの食肉の改変によって植物でとる必要のあった栄養素もすべて、遺伝子組換え食肉によって賄えるようになったとしたら…? ただ便利じゃないか、というような発想でこの研究が行われたとしたら、あまり面白いものではないです。

 ただ、研究としては、その「リノール酸豚」の体内での脂質代謝が研究されることになるでしょう。アラキドン酸の合成はどうなっているか、 DHAの合成はどうなっているか?炎症は起こしやすくなっていないか?癌の発生率は増えないか?学習能は変化ないか?などなど。普通の豚肉には、8〜10%程度のリノール酸が全脂肪酸の中に既に含まれていますから(脂質栄養として取り入れられた結果;因みにαリノレン酸は0 .5%程度しか含まれていない)、その遺伝子組換え豚肉では20%程度多く不飽和脂肪酸が含まれるようになったといっても全体としては大して影響は無いのかもしれません。一方、ほうれん草には、15%程度のリノール酸が入っていますが(因みにαリノレン酸は53%ぐらい)、それほどリノール酸が多いわけではありません。同じ植物といっても、リノール酸とαリノレン酸の比率は様々で、それぞれの植物ごとにその比率は何らかの理由でうまく調節されているわけです。

 しかし、人間にとって、いまや脂質栄養としての リノール酸の過剰は(現状が既に過剰なのです!)様々な疾患を引き起こす原因の一つになっているのは分かってきているので、「リノール酸豚肉」は「売れない」でしょう。そんなことをしたら、「羊頭狗肉」ならぬ「葉頭苦肉」( !!)になってしまいます。

 そして、さらに、リノール酸に続いてαリノレン酸も作れるようにした「万能脂肪酸合成豚」が作り出されたら、どうなるか?また研究がすすめられ、その体内での脂質代謝調節はどうなっているか、明らかになるでしょう。動物細胞内でそれらの脂肪酸の合成調節はうまくいくのか?それらの遺伝子の発現は理想通りにいくのか?組換え導入した遺伝子は、やはり不要なものとして長い世代の間に廃棄されていくのか?これらには、純粋に研究的興味はあります。でもその程度のものです。実験的価値と技術的興味はあるが、食肉としての商品価値は期待薄。だから、世代交代の早いラットなどの他の一般的な実験動物でその遺伝子組換え実験をして、体内の脂質代謝調節を詳細に研究してから、様々な疾患との関係を探る実験が必要です。実際、新聞報道によると実験者達はマウスでもリノール酸生成系の発現に成功し、7世代の遺伝に成功したようです。しかし、一挙に食肉に付加価値を付けるんだ、ということで豚にまで行ってしまうのは如何なものか。なによりも、まだまだ公開されている実験データが足りません

 考えてみれば、人類にとって食肉の習慣というのは奇妙なものですね。豚を食べない宗教があったり、牛を食べない宗教もある。犬の肉を食べることで国際問題になる国もあるし、馬やネズミやウサギや生魚など、食習慣の違いで問題になることもある。これからも様々な食肉の話題はつづくでしょう。

(2002.01.30)