虚からの誘い

 
 先日、テレビで「博士の愛した数式」の映画を流していました。この映画は、2006年1月に公開されたものですが、映画では本でのストーリーとは少し 違って、準主役のルート君(吉岡秀隆演ずる)が解説を加えながら、思い出話的に博士とお手伝いさんの「私」とのストーリーが進行する、という筋でした。そ の本は、2005年の3月頃読んだので、その影響が私の授業にも出た、ということは以前にもここに 書きました(2005年4月)。映像の中ではルート君が、オイラーの公式を説明する時に、黒板に 虚数 imaginary number としての i のことを、「i = 愛」と表現していました。そこで私は、あれーっ、と唸ってしまいました。そのような表現は、本には無かったぞ。もう一度本を引っ張り出して、チェックして みましたが、「i = 愛」などと書いているところは見つかりませんでした。
 以前、ここに 書いた時は、「生命活動 は、増殖という指数関数関係の現象と、分化という周期関数関係の現象とが、i (イマジナリーな数;愛)を介して統合されたもの」と自分なりの解釈で書きましたが、同じような意識がその映画では表現されていたことに、驚いたわけで す。ま、日本人なら同じような考えを持っても当たり前といえば、当たり前なんですけどね。
今年の授業でも、このネタは使えています。

 この「虚」というのは、「実」の反対、ということで使われることが多いですね。実業と虚業、とか、実の世界と虚の世界(つまりバーチャルな世界)、とい うように。近頃は、インターネットの普及によって、「Second Life」 といった虚の世界に住みだした人々が増えてもいるそうで。要するに、頭の中だけの世界。脳だけが作り出せる世界。映画「マトリックス」は、虚の世界を描い て、実世界と虚の世界との あいまいな融合を見せてくれた物語でした。

 虚数である i は、Imaginaryな数ではあっても、実の世界に絶大なる影響をもっています。虚数なくして数学は無し、社会も無し、といってもいいくらいです。虚 は、あなどってはいけません。決して虚は虚しいものではないのです。ゼロは、無でありながら実に立派な存在感をもっているように。

 数日前から、「か ぐやひめの遺伝子」(海野真凛・著、新風舎)を読んでいました。著者は岐阜大学の農学部のご出身の方らしく、一部大学内の風景を描写し たところもあります。内容は、結構荒唐無稽な筋立てでありながら、農業問題を鋭く取り上げていまして、読み物としては面白い方だと思いました。その中に、 ある農林水産大臣が記者会見中に突然死するというところがありまして、そこを読んだすぐあとの5月28日(月)、実の世界の松岡農林水産大臣、現閣僚が自 殺する というニュースが飛び込んできましたから、驚きました。この本では、そのあと「かぐやひめ」米の開発者が自殺するという筋が続きます。小説の世界が実の世 界を先取りして、一種の預言的になっているというような小説もたまにありますし、虚の世界を造っている小説家が政治家になって実の世界をひっぱる、などと いうことも、よく見かけます。
 それにしても自殺者数は1998年か ら急激に増えていたのですね。虚である「思い」がうまくいかず、実の世界とのせめぎあいで切羽詰まる結果、虚が実を抹消しようとする行為、自殺。 その前に必ず抑うつがあるわけですが、そのような意識に気づいたら、ケ・セ・ラ・セラで行ったらいいんですよ。なるようになれ。その虚も実は、実の世界が 創り出したものなわけですからね。

 モノであっても、システムであっても、アイディアであっても、この実の世界にまだ無いものを創ろうとするのは、すごく重要なことではありますが、それら が出来上がるまではどうしてもイマジナリな世界でしかありません。それにうまくいかないことの方が多い。教育再生会議というところが、大学のシステム改変 についても、いろ いろ提言をしています。それに応じるようにして、財務省も大学の予算配分のあり方について提言をし始めました。文科省も、世 界トップの研究拠点形成プログラムを動かし始め、より集中した予算配分で(5カ所の拠点を作る?)トップの研究ができるようにするというアイディ アを示しています。財務省のシ ミュレーションなどでは、これまでも集中してきた予算をさらに集中させよう、ということを示しているのみで、ネットワーク理論からすればそのよう な集中はアウトプットはほとんど変化しないで(成果が上がらなくて)も続いていくことになってしまうのです。この理論から言えるのは、数少ないトップは圧 倒的多数の元気なロングテールによって支えられているんだ、ということで、そのロングテールが弱体化すればトップも一挙に崩れるということであります。集 中すればなんでもうまくいく、というのはイマジナリな世界のことであります。幻想、ともいう。
 
 バイオエネルギーの議論がにぎやかです。しかし、トップがバイオエネルギーを推進すれば、ロングテールの食糧事情を悪化させるという構図が見えてきてい ます。炭化水素をアルコールで置き換えようというのは、アルコールには酸素が入っているので無駄なコストがかかり余計にエネルギーを使わざるを得ない方法 ではないか、という指摘もあります。いくらカーボンニュートラルという、 頭で考えた方針に沿ったからと言って、実際の世界はもっと複雑にネットワーク化されているので、いろんなところに影響が出てしまいます。

たとえ虚の世界が魅力的であっても、その誘いに乗って実の世界にそのまま適用しようとすると、うまくいくことは少ないでしょう。動いているのは、生身の 「実」の人間たちですから。

(2007.05.29)