「偽」な年末
2007年の漢字は、「偽」に
なりました。それほど、うそいつわり が横行したの
でしょうか。というより、いつわり がそれほど衆人の目に見えるようになった、というべきか。確かに、偽装、偽証、など偽のつく言葉が新聞やテレビで目
立った一年でした。年末がいつわり ということではありませんが。
先日からNHKのBS2放送で、伊丹十三監督で宮本信子主演の映画が再放送されています。「スーパーの女」などの昔の映画は、まさに「偽装」や「裏社
会」を追い詰めていく痛快なストーリーでありますが、まあ、そのころ(以前)から産地偽装やラベル偽装などの行為はあったのでしょうから、今に始まった
こっちゃな
い。偽という漢字自体、「人の為すこと」ですからね。それが2007年は、いわゆる「老舗」がやっていることがばれてきた年であったということで、「スー
パーの女」に出てくるような地方のちっちゃな名も
ないスーパーの話では無くなった、ということなんでしょう。そういえば、昨年は県庁の裏金問題もありましたな。名古屋市では今頃出てきていますけど。
要するに、信用失墜、ということです。この資本主義社会の中でお金がうまく回って
いくためには、まずお金に対する「信用」が第一義的に重要なことであります。それが、偽装などで失墜していくと、老舗でも新興の企業でも、一挙に弾き飛ば
される。今、世界的な金融危機を引き起こしつつある例の「サブプライム
ローン」の問題も、銀行などに対する信用がなくなって、疑心が生じたためであるのでしょう。だから、赤福餅などでの日付偽装の問題も、それが原因
で誰かが下痢をしたとかという被害がまったくないのにマスコミは騒ぎ過ぎ、という意見はあったとしても、ひとえにこれは「信用」の問題だからなんですね、
こんなに騒がれるのは。この社会システムの根幹をなすことだから。
12月になって、偽 ということではないですが、医学部での学位授与にからむ「お礼」が贈収賄にあたるのでは、ということで名古屋市大医学部で元教授が
逮捕されるという報
道がありました。このこと以来、多くのところで、医学部ではなくても、学位審査のやり方の制度的な見直しが言われているようです。確かに多くの医
学部では、金額の多少はあるとしても、この「お礼」の習慣が常態化していたというのは事実でしょう。このことで、医学博士の学位授与システムへの「信
用」
がなくなるようなことがあれば、それは一大事です。そのために、学位授与規則を改定しようという動きも出てきました。
もともと、学位授与については、客観的な規定があり(ピアレビューのある英文ジャーナルに2報以上論文を出していること、といった基準)、贈収賄などの
付け入る隙のない制度です。問題になったのは、その論文ではなくて、口頭試問も審査制度の中にある場合です。口頭試問に出す問題を学位志願者に教えてしま
う、という贈収賄に当たる機会を作りうるようになるからです。論文はもう出しているのですから、あとは公聴会で発表論文に関して、公平に、いろんな人から
の質問に答えられれば(有名ジャーナルに載った論文にも「偽」がある時代ですからね)、それでいいんじゃな
いでしょうか。さらに口頭試問をする必要なん
て、ないんじゃないでしょうか、と思いますね、私は。あと、審査委員とくに主査名を非公開にすれば、もっと良いでしょう。これは、無理なことじゃない。
実際の研究の指導教員を審査委員には加えない、という制度を作ろうという提案もなされているようです。でも、これはあまり意味はないでしょうね。主査が
いてそ
の人が可否を決定する力を持っていて名前が公開されていれば、贈収賄のターゲットが別に生まれるにすぎないことですから。また、指導教員が審査委員になれ
ないとすると、審査委員制度自体がすぐ形骸化してしまうだけでしょうし。
医療崩壊と
いう言葉もよく聞かれるようになりました。産婦人科医が不足して、産科のない町が都会でも出てきているとか。患者のたらいまわし事件も、今年
は聞きました。医学博士の学位授与制度への不信がそのような医療崩壊に拍車をかけるようではいけませんな。中央公論誌の2008年1月号に、医療崩壊の特
集が
組まれています。その中に、「若手医師匿名座談会−現場からの提言」というところには、「患者のみなさん、まずあきらめてください」とあって、背筋の凍る
ような話が出てきています。簡単には医者にかかれない時代が、この日本でもきそうです。ならば、国民一人ひとりの、自分自身の「予防力」や「治癒力」を上
げるために知恵を
絞るしか、ないんじゃないかな。
しかし、一方で「健康増進法」な
る法律ができて、「健康であることは国民の責務」となってしまって、不健康なものは「非国民」といわんばかりの風潮になっています。成人男性の半分はメ
タボになるような基準を作ってみたり、高血圧の基準も拡張期血圧が95
から90に引き下げられた基準になったりして、いわゆる「患者」を多く作るような流れに
なっていますが、一方で「医療崩壊」「医師不足」「医療費抑制」・・・ですよ。こういう法律まで作って「健康を強制されて」しまうと、たとえは悪いがヒッ
トラーのやった「健
康増進・禁煙の強制」を思い浮かべてしまいます。医療を崩壊させておきながら、一方では健康を強制する法律まで作り、社会保障費を減らしていく、
という我が国の将来は・・・?
もう年末ですが、こんな楽しくない話題で2007年を締めくくるのは、とっても嫌なことです(捏造テレビ から始まって 偽造で終わる 2007、っていうのは都都逸。納豆
に関する捏造番組から2007年は始まりましたからね)。大晦日から正月にかけては
あまり寒くはないようですが、よ
い天気ではないようで、さらに良い話題ではないのは残念です。個人的には、良い話題というのは、地元のFC岐阜がJ2に上がれることが決まったこと、ぐらいか
な。あと、中国から昔の大分医大での仲間のQinさんが私の研究室にやってきて、半年ぐらい一緒に実験できるようになったこと。朋遠方より来る、また楽し
から
ずや。有朋自遠
方來 不亦樂乎。
生命科学領域では、良い話題はやはり、ヒトでiPS細胞が造られるようになったこと、でしょうね。しかし、これも実際にヒトへの細胞移植や臓器移植の基
本技術として使われるようになって初めて、その意義が社会に認められたことになるわけで、まだまだハードルは高いと思います。臓器細胞の中にどのようにし
て幹細胞ができてくるのか、という基礎研究の面では大層面白い
ことにはなるでしょうけど。
(2007.12.30)