人それぞれと基準


 今年度学科長としての仕事も始って、確かにいろんな仕事がやってきます。特に、最初の授業のときに、教養教育などのところでガイダンス用の授業もしなけ ればならず、5日間で6回の授業も担当するという週もありました。まあ、でもこれは学生の前でお話するだけですから大して苦痛ではありませんが、学部1年 生から修士1年生までざーっと見渡すと、確かに各学年の顔つきや雰囲気が違っているなぁ、と感じますし、こんな多様な感性や経歴を持っている学生たちに、 こちら の言いたいことが伝わっているんだろうか、解っているんだろうか、と多少気にはなります。 
 ただ、同じようなレベルの学生が集まっている大学の学生の多様性など、たかが知れていますので、さほど心配はしていません。

 地球上のホモ・サピエンスだけをみても、じつに様々な人たちがいて、じつに様々な生活をしています。
 生き方は、ヒトそれぞれであり、ある人の生き方が、別の人にとっても好い、とは限りません。健康のための指針や栄養摂取基準なるものもあって、何十種類 もの栄養素材を摂りなさいといったアドバイスがなされますが、地球上には数種類ぐらいの食糧素材だけでずーっと生活している人もいます(モンゴルなどでは ヤクの乳とコーンのスープだけで暮らしている人たちもいるらしいし、あのサッカーの元選手だった中田ヒデさんは野菜はあまり食べないそうですから、スポー ツ 選手にもさまざまいるようで)。
 裏返してみると、このような多様性こそが人類の強さの基本なのかもしれません。

 最近の新聞などの報道によると、動脈硬化学会などが以前から提唱してきた指針が変更 になったそうです。つまり、以前は「高脂血症」と呼ばれてい たものを、「脂質異常症」と呼ぼうということになったようで、批判の 強かった「総コレステロール値」の基準、220mg/dLというのは、基準からはずされたようです。これはこれでよかったのかもし れませんが、しかしです ねぇ、 これまでこの基準にしたがってコレステロール低下薬を使ってお金を払っていた方々は、いったいどうしてくれるんだ、となりませんかねぇ。LDL値は入って い るから同じことなのかもしれませんが。
ヒドイ医者に当たると、今でもお年寄りに「総コレステロール値」が180mg/dLぐらいでも「薬のおかげで下がっているのだから飲み続けなさい」といっ て、スタチン薬を出し続けるというのがいる、というのには、驚きあきれます。いつも見てもらっているお医者さんが最近の診断基準の動向を勉強しているかど うかは、ちょっと脂質異常症のことを質問したらいいでしょう。
 この「脂質異常症」というのは、アメリカの学会(AHA)で出され ている新指針で使われた「Abnormal Blood Lipid(ABL)」という言葉の日本語訳なのだと思いますが、次のような基準になるようです。
カテゴリー
危険因子の数
LDLコレステロール
HDLコレステロール
中性脂肪(トリグリセリド)
I
0
160<
40≧
150<
II
1-2
140<
III
3 or more
120<

危険因子の数

・年齢(男性≧45歳、女性≧55歳)、
・高血圧、
・糖尿病、
・喫煙、
・家族歴、
・低HDLコレステロール血症


 従来の基準の中にもこれらはありましたが、より分かりやすくなったのかもしれません。
 でも、前から言っていることですが、多様な個人に対して一つの基準だけで指針をつくり、それをあまねく誰にでも適用しようというようなことには、実は危 険 性もあるということを、意識していないといけないと思っています。ある人たちにとっては最適な指針でも、別の人たちにとっては過剰であるということもあ る、ということです。
 まずは自分の状態(健康の状態とそれらの数値との関係)を知らないとね。単純化してはいけませんぞ。

 最近、Science誌に、Macaqueサルのゲノムの解析結果が 載りました。そこでおもしろいのは、ヒトのある酵素でアミノ酸変異があるとフェニル ケトン尿症という病気をもたらすことが知られている蛋白質の変異が、そのサルには普通に起こっていたことでした。このような代謝も単純ではない、というこ とですね。ヒトもサルも、それぞれ、ということで・・・。



 それから、話はポーンと飛びますが、果汁100%のオレンジジュースが値上がりするんだそうですね。その理由は、ブラジルでバイオエタノールを作るため の原料となるサトウキビを増やすために、オレンジ畑を転作しているからなんだそうな。以前にも、食用油の菜 種油の値段が上がるらしいという話がありましたが、その裏に は、菜種油を食用ではなくディーゼルエンジンの車の燃料として使うから、なんだそうで。確かに、化石燃料を使うより、今の植物から作った燃料を使えば、長 い目で見れば炭素の循環になるから炭酸ガスのバランスはとれるのかもしれませんが、しかし、これもすごく単純化した議論じゃないかと思いますよ。
 そのために余計にエネルギーがかかるというようなことになれば、意味がないんですから、実験や研究は必要ですが、国際社会がすぐバイオマスやバイオ燃料 に飛 びつくのは、いかがなものかと思いますけど。
 「バイオ」の使い方も、まあ、それぞれで、ということですが、人々の経済活動がいびつになって生活や生命に変な影響が出るようでは、困りますがな。
 それにしても、いまや「バイ オ」といえば、医薬じゃなくてエネルギー、が流行なのかな?

(2007.04.30)