挿し木の基本

1.挿し木の定義
 挿し木とは、植物体から茎や根のそなわっていない一部分を取り、不定根や不定芽を発生させる栄養繁殖技術で、「茎挿し」「葉挿し」「根挿し」などを含む。英語ではCuttingという。

2.挿し木の短所
(1) 作物や品種によっては挿し木の難しいものがあり、また、親木の年齢が高まるにつれて発根能力が著しく低下する。
(2) 挿し穂を大量に準備することが難しい。
(3) 穂木の状態や挿し穂の条件によって活着率が変化する。
(4) 作物や品種によって側枝性が残り、心立ちが悪く、樹形が乱れる場合がある。
(5) 高齢木の挿し穂の場合や品種によっては初期生育が遅れる場合がある。
(6) 根が側根性となり、発根方向にムラができる場合がある。
(7) 開花が早くなる場合がある。

3.挿し木の生理
(1) カルス形成と発根
 挿し穂の切断面において、傷を受けた細胞は傷害ホルモンともいわれるオーキシンを分泌し、茎の上部から転流される生長ホルモンとしてのオーキシンの作用によって癒傷組織ともいわれるカルスを形成する。カルスは形成層や師部から発達し、これによって挿し穂の切り口は病菌からある程度保護されるとともに、切口からの有用物質の流失も防がれる。
 形成されたカルス内に通導組織(木部維管束)が分化し、茎の木部維管束と連絡すると同時に根原基(根の基)の分化が始まる。しかし、厳密にはカルス形成と根原基の形成とは無関係であり、カルスは切口の保護のためには必要であるが、発根過程においては必ずしも不可欠とはいえず、過度のカルス形成は発根を阻害することが多い。
 根原基の分化は、形成層の細胞分裂に伴って形成され、基本的にはカルス形成とは無関係な現象といえるが、挿し木当初はカルス形成に伴って根原基が分化し、切断部位からの発根がみられるが、その後茎から直接根原基が分化し始める。根原基の分化は生長ホルモンのオーキシンによって促進され、発根促進剤として使われるオキシベロンはオーキシンの一種のインドール酪酸の製剤であり、ルートンはナフタレン酢酸アミドである。

 @過度のカルス形成は禁物
 A発根促進剤を活用する


(2) 発根能力
 植物の発根能力は、植物体の齢(若さ)と密接な関係があり、齢が若いほど発根能力が高い。この植物体の齢は幼若性とも呼ばれ、若い齢ほど幼若性が高いと表現する。
◎幼若性
 幼若性はjuvenilityともいい、実生のものが最も幼若性が高く、樹齢を経るに従い幼若性が低くなる。幼若期の植物の特徴は、旺盛な栄養生長を行い、花芽分化などの生殖生長が抑えられる。果樹などの樹を対象とした場合には、先端の枝ほど花芽の形成が良く、栄養生長の度合いが低い。これに対して幹に近い部位から発生した枝では栄養生長が旺盛で、いわゆる徒長枝と呼ばれる新梢が発生し、その徒長枝では花芽分化が抑えられる。従って、樹全体の幼若性を分類すると、幹(根)に近い部分ほど幼若性が高く、先端に近いほど幼若性が低くなる。これらのことから、穂木の採取にあたっては、通常に生長した先端の枝を穂木として用いるより親木の幹から発生した枝や剪定後に発生した枝を穂木とした方が発根率が高い。また、親木の年齢と発根能力との間にも密接な関係があり、栽培年数を経るに従って発根率は低下する。従って親木は栽培年数の短いもの程良く、何年も栽培したものでは発根率が低くなる。同様に、花芽の着生した枝を穂木とすると、発根率が著しく低下する。

 @穂木の採取前に、親木を剪定(切り戻しやピンチ)し、そこから発生した徒長枝や切り戻し枝を用いる
 A親木は何年も栽培せず、更新する
 B花芽が分化した枝を穂木に用いない


4.挿し木の一般的留意点
 挿し穂は、根圧の強い力による水分の補給がないため、乾燥には著しく弱い。また、切り口は表皮で覆われておらず、内部組織が露出した状態であるため、病菌が進入しやすく、抵抗性も著しく低い。さらに、新たな養分(肥料成分に加えて光合成など)の補給がなく、挿し木と同時に発根、萌芽などの生存維持のための消耗がはじまるが、これらの生長のための養分は穂木に蓄えられている養分のみに依存している。特に、発根は新たな組織を形成するため、多大なエネルギーに加えて、新たな細胞を形成するための養分も必要となる。従って、挿し穂の中に含まれている養分の多少は挿し木の発根率に大きく影響を及ぼす。また、挿し床は切口の水分管理や病害の管理などの面から重要な要素である。

発根が困難である場合の理由
@乾燥に弱い、A挿し穂が腐りやすい、B生長ホルモン(オーキシン)の体内活性が低い、C発根阻害物質が体内に含まれる、D切り口から酸化しやすい(褐変しやすい)、などがある。

 以上のことから、挿し木にあたってはこれらの悪条件を極力少なくする必要がある。

●乾燥の防止
1)挿し穂の採取から挿し木まで
 挿し穂を親木から採取し、挿し木を行うまでの過程における乾燥の程度と枯死との関係をみると、穂木の水分率が20%程度の減少であった場合にはほとんど枯死はみられない。また、水分減少率が30〜40%(作物によっては50%程度まで)であった場合でも枯れることはなく、その後に水が補給されれば発根能力が大きく低下することはない。
 挿し穂の採取後の管理方法として、乾燥を防ぐ目的で水に浸漬することが奨励されている。しかし、軟弱な若葉を付けており蒸散が著しく高い場合や水揚げの特に悪い樹種、発根を阻害する有害物質を含んでいる場合、あるいは酸化酵素の活性が高く褐変が著しい場合には、穂木を採取後速やかに水に浸漬する必要があるが、それ以外では水に浸漬する処理は病害の蔓延を助長し、カルスの形成を阻害する場合があることから、水に浸漬しない方が良好な結果が得られる。また、過度の水の浸漬は有用物質の流失や樹皮の剥離が起こる場合がある。
 乾燥に気を付けるあまり、穂木をビニル袋で密閉したり、多量の穂木を束ねると、穂木の蒸れによる障害(高温による過度の呼吸促進や病害の発生)を受けるため、気を付けなければいけない。

 @直射日光には当てない。 【日向と日陰の水分蒸散量は大きく異なり、日向の蒸散量は日陰の4〜20倍となる。】
 A高温条件で放置しない。 【穂木の呼吸を促進し、穂木に含まれるエネルギーの損失を招き、発根が阻害される。】
 B水に浸漬しない。 【挿し穂の水への浸漬は、疫病やピシウム病などの病害の蔓延を助長し、カルス形成を阻害するため行わない。】
 C風を当てない。 【過度の風は過剰な蒸散を盛んにするため、風を当てない。】
 D湿度を保つ。 【蒸散を抑制するため、湿度を高くする。しかしビニルなどで密閉してはいけない。】
 E穂木を採取したらすぐに挿す。
 F低温に保つ。 【ある程度穂木を保存する場合には、葉での呼吸を抑え、湿度を高めるために、低温を保ち、できれば湿らせた紙シートと穂木を交互に層状に重ねる。】
 Gビニル袋などで密閉して保存しない


2)挿し木後の乾燥防止
 挿し穂の吸水は、主として切口から行われ、茎表面からもわずかながら吸収される。これに対して、葉からの蒸散は普通に行われるため、挿し木当初は蒸散を制限する処理を行う必要があり、挿し木における乾燥・枯死は、茎の切口からの吸水と蒸散とのアンバランスによって生じる。挿し木後の乾燥は、著しく発根率を低下させる。
  蒸散の促進要因   蒸散の制限方法
    @葉面積の増大 → 葉の切除
    A日射量 → 寒冷紗による遮光
    B高温 → 寒冷紗による遮光や冷房
    C低湿度 → 過湿
    D風速 → 密閉

 @通常は挿し穂の葉面積が大きい場合には、葉を切除する必要がある。
 A寒冷紗で遮光を行い、遮光率は季節によって変える。
   (強過ぎる遮光は、光合成を阻害し、発根後の生育を阻害する)
 B寒冷紗での遮光によって温度上昇が妨げられる。できればパット&ファンなどの装置による冷房を併用する。
 Cミスト装置や密閉などで湿度を高める。
 D過度の送風を行わない。


●挿し穂のステージの選択
 挿し穂は、母木から切り離されて養分や水分の補給がなくなったにもかかわらず、挿し付け当初は下からの充分な養分や水分の補給があることを前提としたような盛んな蒸散や勢いのよい新芽の生長を行おうとする。従って、挿し穂の芽の活性が高い部位を用いると、発根がみられないにも関わらず盛んな芽の伸長がはじまり、一見挿し木が成功したかにも見えるが、実際には好ましくない現象といえる。挿し穂の芽の動き始めたものは、芽の生長に多大なエネルギーを必要とするため、発根にエネルギーが回らなくなり、発根率が低下する。従って、挿し穂の芽は生長開始前の状態にあるものが良い。すなわち、このような芽の生長が盛んに行わないような芽をもつ挿し穂を選択する必要があり、挿し穂の採取時期や挿し穂の部位の選定などが必要となる。
 挿し穂の調整の際に、2節以上の挿し穂を用いる場合には、切口は節の少し下とすると発根率が高まる。

 @頂芽挿し(天挿し)を行う場合には、頂芽の生長期には実施しない。
 A側芽を挿す場合(一芽挿しあるいは管挿し)、腋芽が萌芽していないものを用いる。
 B2節以上の挿し穂では、2節目の少し下で切る。


●穂木の養分蓄積
 発根前の穂木は、切口からわずかに養分が吸収されるものの、基本的には茎内に含まれる養分でまかなわれる。また炭水化物についても、光合成は行われるものの、穂木採取前の葉に含まれている炭水化物に頼っている。従って、穂木採取前の親木の管理が極めて重要な要素となる。
 施肥との関係では、リン酸、カリの含量が高い親木から穂木を採取した場合には発根率が高くなることが知られている。

 @挿し穂を採取する場合には、晴天が続いた日を選ぶ。
 A親木の施肥は、窒素過多とせず、特にリン酸とカリウムを多めに与える。
 B充分な潅水を行い、水ストレス(過乾燥と過湿)を与えない。


●挿し床の管理
 挿し床の水分状態は、挿し穂の吸水能力と密接な関係がある。挿し穂の吸水能力は切口からの吸水に頼っているため、ある程度の加湿状態が必要となる。
 最も適した土壌水分状態は、総水分率(潅水直後の液相率)の50〜60%程度の水分状態がよいとされており、pF値では1.5程度がよいと考えられる。
 この状態は、水分の補給だけではなく、発根過程の挿し穂への酸素の補給にとっても好適条件となる。挿し床の三層分布の中で、液相と気相がともに高い素材で、無菌的なものが適している。

 @pF1.5程度の土壌水分(テンションメーターによる挿し床の管理)
 A加水状態にしない(酸素補給のため)
 B三相分布の液相と気相の割合が高い土壌の選択
 C無菌の用土の選択


●病害の防除
挿し木における病害は3種類に分けられる。
(1) ピシウム、疫病、フザリウム、リゾクトニアなどの直接的な病害
(2) 維管束が菌により塞がれて枯死する
(3) 線虫による食害
 病害の進入は細胞壁の厚さと密接な関係があり、細胞壁が厚いものほど進入しにくくなる。一般に窒素過多の条件で栽培したものや若い枝は細胞壁が肥厚しておらず、薄いため、病害の進入を受けやすい。

 @無菌の用土の選択
 A雑菌の混入していない用水の利用
 B未熟な穂木を用いない
 C窒素過多で親木を管理しない


●温度管理
 発根能力は25℃までは高まり、それ以上では低下する。これに対して病菌は30〜35℃まで増殖率が高まることから、地温を25℃以上の温度としない管理が必要となる。
 気温の上昇は蒸散を促進するため、気温を高めない。

 @地温を高く維持する(25℃以上とはしない)
 A気温を低く維持する(電熱温床の利用)


●発根阻害物質の除去
作物や品種によっては発根の困難なものがあるが、その原因の一つに発根阻害物質や褐変物質がある。これらの阻害物質の存在が認められる場合には、流水による浸漬処理が効果的である。

 @発根阻害物質の存在がみられる場合には、流水に浸漬処理する