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【オランダの切りバラ生産】
 イスラエル、ケニア、インドなどの輸出国を相手に、先進国としてヨーロッパでは唯一切りバラ生産が盛んなオランダを視察いたしました。オランダは今年から生産施設からの廃液の排出を規制する環境保護法を施行しており、環境汚染に及ぼす農業の影響を厳しく規制し始めました。この農業に関わる環境問題は、今後日本にも波及すると考えられ、注意深くみていく必要があると考えます。オランダは運河の国といわれ、低地には縦横無尽に運河が流れています。一見きれいな風景ですがオランダの低地の大半は海抜以下であるため、汚れた運河の水は海に流れることなく停滞し、気温が高くなるとメタンの発生もみられる程水質汚染が問題となっています。また生産サイドでは、地下水への塩水の混入や農業用水の汚染などから確保が難しく、用水のほとんどを雨水に頼っていることから、ふんだんに用水を使用することが困難な状況です。このような状況から、生産方式としても「かけ流し方式」による養液栽培から「循環式養液栽培」への変更が必要になっていました。
  
オランダの運河は都市にも農村にも広がっており、いずれにおいても水質汚染は重要な課題です。施設園芸では、温室に降った雨を貯水池に溜めて農業用水として活用しています。

 オランダの環境保護法制定は、1991年に訪問した際に話題として既に挙がっており、1992年の訪問時には2000年の施行が提示されていました。1992年の段階では、オランダのロックウールをはじめとするバラの養液栽培では、現在の日本のバラの養液栽培と同様に、いわゆる「かけ流し方式」を採用しており、循環式養液栽培(クローズドシステム)を導入している所はほとんどありませんでした。循環式養液栽培を導入するにあたって、いくつかの解決すべき課題があり、(1)バラに適した単肥での最適養液組成の確立、(2)廃液の定期的な分析方法の確立、(3)効率的な廃液の単肥調整法の確立、(4)廃液の殺菌方法の確立、などが当面の課題として挙がってきました。単肥での最適養液組成については、その当時、既にオランダの試験研究機関が検討を終えており速やかに対応がなされましたが、その他の課題については試験研究機関、業界を巻き込んだ対応が必要となり、1992年当時、私の所にもオランダの友人から日本の最新情報に関して相次いで問い合わせがありました。
 廃液の定期的な分析と単肥調整については、専門の分析会社が定期的に廃液を分析し、分析結果と単肥調整の処方箋を返送するシステムが完成していました。分析会社は肥料会社と提携しており、提携している肥料会社の原液濃度に従って処方箋を作成しているため、分析費は極めて安く抑えられているようです。廃液の分析間隔は、最も短い所で毎週、最長で3週間おき、平均2週間毎に分析をしてもらっていました。単肥は8液で構成されており、施設の外に配置された供給口(ガソリンスタンドにあるようなタンクローリーから直接供給できるシステム)から施設内の原液タンクに配管を通じて供給されるシステムがいずれの生産施設も完備していました。

   
施設の入り口には分析会社の看板が必ず掲示されており、通路には養液運搬タンクローリーから直接肥料原液が供給できる8本のバルブが設置されています(養液調整は8液を混合する方式で、日本では多くが2〜4液で調整されており、日本で循環式(クローズドシステム)を導入するにはシステムの変更が必要です)。施設内には同様に8個の大きな原液タンクがあり、調整バルブも8本あります。

 廃液の殺菌方法については、多くがサンドフィルターを導入しており、ほとんどの病原菌についてはこれで対応できるとのことです。ただし、いずれの施設でも熱殺菌装置や紫外線あるいはオゾン殺菌装置があり、これについては線虫対策であるとのことです。
 近年、バラの養液栽培で線虫の被害がみられ始めており、日本ではまだ報告例はありませんが、今後線虫対策も念頭に置く必要があると思います。
 サンドフィルターについては東京大学の峯先生が研究されておられますが、砂を入れたタンク内に繁殖させた原生動物に病原菌を捕食させて防除する生物防除法の一種で、単純に砂で濾過する方法ではありません。従って、サンドフィルターを通過する速度やサンドフィルター内の温度が重要で、施設面積が大きいと循環する養液量も多いため、かなり大きなサンドフィルター施設が必要となります。また、サンドフィルター内の温度を維持するために、いずれの生産施設でもサンドフィルターは施設内に設置されており、生産効率を低下させる原因になると感じました。サンドフィルターと類似した装置としては、瀑気槽に軽石状の資材を入れる方法を取り入れたところもありましたが、この場合には瀑気槽が温室の地下に設置されていました。

     
いずれの施設でも大きなサンドフィルターが設置されており、既設の施設を改造した場合には切花ベンチをはずして温室の一部にサンドフィルターが設置されていました。また、いずれの施設でも線虫対策用に、熱殺菌装置、オゾン殺菌装置、紫外線殺菌装置が付加的に使用できるようになっています。

 オランダの環境に対する規制は大変厳しく、バラではありませんが、アルストロメリアの育種と生産をしているVan Staaveren社では、土耕栽培でクローズドシステム(循環式栽培)を行っていました。すなわち、地中に50p間隔で暗渠パイプを埋設し、アルストロメリアの施与した肥料の廃液を暗渠パイプで回収し、これをサンドフィルターを通して殺菌し、廃液の分析の後、単肥調整し、液肥として再び施与する方式です。養液栽培ではクローズドシステムの導入は比較的容易であろうと考えていましたが、土耕栽培でも積極的に導入しようという試みが行われており、環境を考える意識の高さ(規制の強さ?)が感じられました。
 環境保護法は、生産施設からの廃液問題にとどまらず、農薬の使用についても1990年の使用量に対して65%の削減を目指しています。従って、農薬の使用についても大きく制限されており、天敵の導入や病害発生を防ぐ施設環境の改善が行われていました。
   
Van Staaveren社では暗渠管(左の写真の地上から立ち上がっている黒いパイプ)が設置され、一見普通の土耕栽培に見えるが、土耕の循環式栽培(クローズドシステム)であった。右の2枚の写真は天敵の導入状況で、スリップス(アザミウマ)の防除にククメリスカブリダニを使用し、青いプラスチック板は発生予察のための粘着シートです。

 オランダの切りバラ生産を取り巻く状況を見ると、切り花価格、人件費のいずれも日本と比べて極めて厳しい状況です。そのいくつかを紹介いたします。
 切りバラの店頭価格を調査するために、アムステルダムでの価格をみてみました。10本が10〜20ギルダー程度で、1ギルダー=45円と換算して、小売価格は1本45〜90円でした。アールスメールの花市場の仲卸(Cultura社)の価格は1本30円程度ですので、生産者価格はさらにこれより低いものと考えます。従って、バラの価格は安いので、消費量は多いものの、日本と比較して生産者価格は1/2程度と考えてよいかと思います。

 
アムステルダムの切りバラの価格。左の写真では20本で22.5ギルダー(約50円/本)、右の写真ではチョット高級なので10本で20ギルダー(約90円)です。

 一方人件費についてみると、パートタイマー労働者の時間給は1時間当たり2000〜2500円と日本の3倍程度でした。この高い人件費に対応するために、機械化・自動化を積極的に行っており、労働効率を低下させる作業については機械の導入を行っています。
 例えば採花する作業では、採花したものを運搬する装置(栽培ベッドの間を動く採花箱のようなもので、下には車輪がついており、採花労働者は採花したものを次々と採花箱に入れ、押して歩く。採花箱には200本程度を収納できる)を導入し、採花時間の短縮を図っています。採花したものは採花箱運搬ロボット(採花箱を5個収納でき、通路に設置したレールに従って走行する)が無人で冷蔵庫まで運搬します。これらの運搬装置や運搬ロボットの導入にはかなりの設備投資が必要であろうと考えますが、「毎年支払う人件費を考えると年々の減価償却費の方が明らかに安く、経営上当然のことである」と答えが返ってきました。また、自動選花機についてもいずれの生産施設も導入しており、人件費削減に対する配慮がなされていました。

    
採花箱運搬装置の全体像で、一緒に写っている女性の身長が155pですので大体の大きさが判ると思います。この装置はバラの畝間に入っていけるように台車の下に車輪が2つの方式で付いています。採花後は運搬ロボットに採花箱を移し替えます。このロボットは下の赤いボタンを足で押すと自動的にレール(溝)に沿って冷蔵庫まで動いていきます。

 オランダ(ヨーロッパ)はケニア、イスラエル、インドなどからの輸入が多く、オランダを訪問する前に行ったイスラエルの切りバラ生産農家では全量をヨーロッパに輸出しているとのことでした。これらの国々は人件費が安く、かつ環境がバラ生産に適しており、環境問題もほとんど提起されていないため簡単な施設でバラが生産されているため設備費も低く、通常では対抗できないような状況です。
 このような状況は先進各国いずれも共通しており、アメリカ、ドイツ、フランス、イギリスなどでは切りバラ生産がほとんど皆無の状況に陥り、オランダだけが先進国のなかでは健闘していると言っても過言ではないと思います。国際的にバラの生産と消費の構図を見ると、消費国アメリカに対してのコロンビア、ヨーロッパに対してケニアというように、熱帯高地で年中20〜25℃の地域が生産輸出国として位置付けられています。これに対して日本を取り巻く状況については、熱帯高地での生産輸出国が現在の所見あたらず、これらの地域に対応すると考えられるインドネシア高地、タイ・ミャンマー・ラオスの高地などは現在の段階では花き生産を行う政治・経済状況ではなく、中国雲南省についても国内消費が急速に高まっていることや輸送のインフラ整備が不充分であることもあり、これらの国からの日本への輸出が急速に増加することは考えられません。また、イスラエルのように技術水準が高いとは言えず、幸い日本の周辺にはヨーロッパに対する輸出国に相当する国は見あたらないと考えます。韓国については生産環境は日本と同様で、国内の価格低迷のなか、補助金と人件費の若干の安さから日本に輸出が行われているに過ぎなく、私見ですが、国内のバラ生産を脅かす強敵と考えるものではなく、むしろ日本のバラ生産者の努力が不充分であるため脅威となっているのではないかと考えます。
 これらの状況を踏まえて、今後の海外からの切りバラの輸入に対抗するオランダの国際戦略としては、(1)育種を積極的に進め、輸入相手国に対する規制を強化する、(2)アールスメール市場に代表されるように切りバラの流通を自らが掌握し、自らの手で価格形成を維持する、(3)積極的な経営の合理化を図り、生産コストを削減する、(4)環境問題を世界に提案し、オランダの国際ブランド化を図る、などが挙げられます。なかでも(4)の「環境問題を世界に提案する」ことは、日本国内の消費者団体が敏感に反応することが予想され、極めて近い将来、類似の環境保護法の規制が国内でも生じる恐れがあると考えます。オランダと異なり日本の切りバラ生産農家の生産面積は小さく、オランダと同じ方式のサンドフィルターによる殺菌や天敵の利用、採花運搬ロボットや自動選花機の導入など、種々問題があると思いますが、今後、日本の生産形態に合わせた機材の開発・普及、流通改革などを積極的に行わない限り、アメリカやドイツの二の舞になるかもしれません。イスラエルで開催された第3回バラ生産シンポジウムでも「バラ生産の経営と収量と品質との関係」に関する発表がありましたが、長い切りバラを生産する方式とある程度短くても本数を切る生産方式を人件費、設備の減価償却、品種の選択、価格などの面から再検討することがオランダでも真剣に行われ始めており、この点については日本も同様の現状であると考えています。